04

「それで、昨日はどうだったの?」

 ルーシーとエリオットにブリトニーが尋ねた。


 三人は学園の食堂にある一角で昼食を取っていた。一つ歳上のブリトニーは学年が違うので、三人で会えるのは昼食時か放課後だけだ。

「父上たちからの印象は悪くなかったと思うけど」

「けど?」

「……ルーシーは、兄上の元婚約者にそっくりらしい」


「まあ。王太子殿下の元婚約者って……あの亡くなられた?」

 ブリトニーは目を丸くした。

「アメーリアから聞いた」

「そうだったの……あ、だから前に先生が驚いた顔でルーシーを見ていたのかしら」

「先生が?」

「ええ。あの先生ずっと勤めているって聞いたから」

「そうか」

「そんなに似ているの? 肖像画とかないのかしら」

「……レンフィールド侯爵は屋敷を人に譲ったというし、ないだろうな」


 王太子の婚約者は、もともと『パトリシア・レンフィールド』という侯爵令嬢だった。

 だが学園で今の王太子妃シャーロットと出会い、恋に落ちた王太子は卒業式の日、シャーロットに嫌がらせをしたというパトリシアに婚約破棄を言い渡し修道院へ追放したのだ。

 そしてパトリシアは修道院へ送られる途中、馬車が事故を起こし崖から馬車ごと落ちてしまった。

 ――その遺体は見つかっていないが、おびただしい量の血痕が残されていたことからおそらく獣に襲われ死んだのだろうと現場を捜索、調査した騎士団は結論付けた。


 この王太子の対応に周囲から不満の声が上がった。

 パトリシアは評判も良く、シャーロットを虐めていたという事実はなかったと学友たちは口を揃えて言った。むしろ婚約者がありながら別の女生徒と親しくなっていた王太子に非があったのではないかと。

 だかいくら責めたところでパトリシアが生き返るはずもなく、そのまま王太子はシャーロットと結婚した。


 パトリシアの母親である侯爵夫人はショックで倒れ、やがて病気になり帰らぬ人となってしまった。

 娘と妻を失ったレンフィールド侯爵は屋敷や爵位までも譲り、今は地方で孤児院や養護院などを経営し、慈善活動に取り組んでいるという。


 エリオットは当時八歳にも満たなかったため、事件のことはよく知らなかったし覚えていないが、普段優しい母親の王妃が王太子妃にだけキツい態度を取っていたり、次兄や周囲から断片的に話が聞こえるなかで何となく事情を察していた。

 そして学園に入ると他の生徒などから、学園での兄たちの振る舞いについて――例えば人目もはばからずイチャついていたらしいなど、聞かされるようになったのだ。


 入学当初、エリオットは初恋に舞い上がっていた。

 けれどすぐに兄のことを聞かされ――このままでは自分も兄と同じことをするかもしれない、とすぐに気付いたのだ。


「そういうブリトニーはどうだった?」

 エリオットは尋ねた。

「お父様とお母様に言ったわ。すごく驚かれて、怒られたの」

「怒られた……」

 ルーシーが顔を青ざめさせた。

「大丈夫だったのですか……?」

「ええ、ごちゃごちゃうるさくて、挙句エリオット殿下は不実だって言い出すから。私だって他に好きな人がいるって言ったら黙り込んでしまって」

 ブリトニーは笑みを浮かべた。

「ふふ、あの時のお父様の顔ったら」

「それで?」

「誰だって問い詰めようとするから、『相手にも告白していないのに言えるわけない』って返したらまた黙り込んだわ」

 ブリトニーの想い人は、父親の部下でもある近衛騎士だそうだ。彼は下級貴族の三男で身分差から結ばれる可能性は低いという。

 それでも『たまに見かけるだけでも幸せ』なのだとブリトニーは笑顔で言った。


「お母様は私の味方だから。こちらは気にしなくていいわ」

 昼休みの終わりを告げる鐘が響くとブリトニーは立ち上がった。

「お互い頑張りましょうね」

 長い黒髪をなびかせて教室へと去っていくブリトニーの後ろ姿を見届けて、エリオットは立ち上がった。

「僕たちも戻ろうか」

「はい」


「ルーシー」

 差し出された手を取ったルーシーをエリオットは見つめた。

「僕は絶対、兄上のようなことはしない。ルーシーが一番大事だけど、ブリトニーにも幸せになってもらいたいから」

「はい」

 笑顔で頷くと、ルーシーも立ち上がった。



第一章 終わり

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