03
「疲れていない?」
「はい、大丈夫です」
長い廊下を歩きながら、エリオットの気遣いにルーシーは微笑んで答えた。
「じゃあ温室に寄って行こう。この間言ったバラが咲いているんだ」
「はい」
さらに笑顔になったルーシーは、けれどふとその顔を曇らせた。
「あの……ごめんなさい」
「何が?」
「陛下のお言葉に……身を引くと、勝手に言ってしまって」
「ああ、大丈夫」
不安そうな表情になったルーシーに、今度はエリオットが笑顔を向けた。
「ルーシーが家族を一番大事にしているのは分かっているし。あとは僕が両親たちに認めてもらえるよう頑張るから」
「……はい」
「温室は向こうだよ」
ほっとしたようにルーシーも再び笑顔になると、差し出された手を取った。
手を繋いだまま、二人は温室の中を歩いていた。
まだ寒い外と異なり一年中快適な温度を保っている温室には彩りどりの花が咲いている。
「このバラだ。ルーシーの髪色と同じだろう」
立ち止まったエリオットが指し示した先に咲いているのは、深紅のバラだった。
他のバラよりも多く花弁が重なり合った、大ぶりで華やかなその色は確かにルーシーの髪色によく似ていた。
「このバラは希少だから今はまだあげられないけど、いつか抱えきれないくらいの花束を作ってルーシーにあげるね」
「……ありがとうございます」
エリオットを見上げて、ルーシーは満面の笑みを浮かべた。
「私、バラが大好きなんです」
「僕も好きだよ。前は花なんて興味なかったけど、ルーシーみたいだと思ったら大好きになった」
エリオットの言葉にルーシーの顔が赤く染まった。
「ルーシーの頬は向こうに咲いているバラみたいだね」
淡い紅色のバラに視線を送り、エリオットは再びルーシーを見るとその染まった頬に手を添えた、その時。
「パトリシア……!」
女性の声が響き渡った。
振り返ると、ゆったりとしたドレスを着た金髪の女性が目を見開き立ち尽くしていた。
「パトリシア?」
エリオットの声に、女性は我に返ったようにその瞳を瞬かせた。
「あ……エリオット殿下……あの」
困惑したようにエリオットとルーシーを交互にみやる。
「その、お隣の……」
「彼女は僕の恋人だ」
「――ルーシー・アングラードと申します」
「ルーシー……アングラード……恋人?」
「ルーシー、こちらは兄上の側妃でアメーリアだ」
「初めてお目にかかります」
自分を凝視するアメーリアに、ルーシーは笑顔で再び挨拶をした。
「あ……初めまして」
アメーリアはほうと大きく息を吐くと、ようやくその表情を緩めた。
「ごめんなさいね、あまりにも似ていたものだから」
「パトリシアという人?」
エリオットは小首を傾げた。
「そんなに似ている人がいるの?」
「――殿下は覚えていないかしら。もう八年前になるものね……」
「そういえばさっき父上たちもとても驚いていたけど。もしかして皆が知っている人なの?」
「陛下たちにもお会いしたの?」
「ルーシーを紹介したんだ、彼女と結婚したいと」
「まあ。……侍女たちが言っていた殿下の『運命の人』はルーシーさんのことだったの」
アメーリアは納得したように頷いて、それから視線を傍の深紅のバラへと移した。
「それは、とても驚くでしょうね」
「そのパトリシアという人は一体……」
「――王太子殿下の元婚約者の方よ」
「兄上の? まさかあの……」
「そう、追放されて亡くなられてしまった」
そう言ってアメーリアは二人を見た。
「パトリシアは私の親友だったの」
エリオットは目を見開いて、ルーシーを見た。
「……そんなに似ているの?」
「ええ、瞳の色は違うけれど。パトリシアもこのバラの同じ髪色で、もっと長くて……」
「あ」
エリオットは小さく声を上げた。
「思い出した……小さい頃、赤い髪の女性が兄上と一緒に遊んでくれた……」
顔は思い出せないけれど、優しい笑顔だったように思う。
「パトリシアは、殿下のことをとても可愛くて良い子だったと言っていたわ。弟ができるのが嬉しいって……」
寂しげな顔でアメーリアは言った。
「――だから皆あんなに驚いていたのか」
「ねえ、ルーシーさん」
アメーリアはルーシーの手を取った。
「今度お茶に招いて良いかしら」
「お茶ですか」
「こんな身体で何もさせてもらえなくて退屈なの。話し相手になってくれると嬉しいわ」
アメーリアは自分の腹部へと視線を落とした。
「……赤ちゃん、ですか」
ふっくらとしたお腹を見てルーシーは言った。
「ええ、再来月産まれる予定なの」
「おめでとうございます」
「ありがとう。ね、どうか遊びにきてね」
「はい」
ルーシーが笑顔で頷くと、アメーリアも笑みを返した。
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