02

「ルーシー・アングラードと申します」

 ドレスの裾をつまみ膝を折って礼を取ると、少女はその顔を上げた。


 ウェーブのかかった深みを帯びた赤い髪は幾重にも花びらが重なったバラの花を思わせた。

 やはり深みのある、サファイアのような輝きを宿した青い瞳。キュッと引き締められた小さな赤い唇は緊張を隠せないでいる。

 十六歳にしては大人びた、整った顔立ちの少女のその顔を見て一同は息を飲んだ。


 衝撃の告白から五日後、早速面会の場が設けられた。

 エリオットのエスコートでティーサロンに現れたルーシーは、その華やかな容姿や気品のある佇まい、申し分のない所作など、まるでどこかの国の王女のように思わせた。


「父上?  母上?」

 ルーシーを見るなり固まったままの家族に、エリオットは訝しげに首を傾げた。

「……あ、ああ。よく来てくれた」

「お招きありがとうございます」

 非の打ち所がない綺麗な所作でルーシーはもう一度礼をとった。

「まあ……本当に綺麗なお嬢さんね」

 目を見開いていた王妃は我に返り、そう言うと笑顔を向けた。

「お座りなさい」

「ありがとうございます」

 すかさずエリオットが椅子を引く。腰を下ろすと、ルーシーはエリオットを見上げ、二人は笑みを交わした。


 ガタン、と大きな音が響いた。


「義姉上?」

「何です、行儀の悪い」

 王妃が音のした方を見て眉をひそめた。

「あ、あの……私、気分が悪くて」

 顔を青ざめさせた王太子妃シャーロットが立ち尽くしていた。

「――メイナード。連れていきなさい」

 ため息をつくと、王妃はやはり顔色の悪い王太子にそう告げた。

「は、はい……失礼します」

 頷くと王太子は立ち上がり、妃へと近づきその背中をさすりながら、寄り添うように夫婦はサロンから出て行った。


「――まったく。いつまで経っても落ち着きがないのね」

「まあ、仕方ないと思うけど」

 ため息をついた王妃の隣で第二王子アーノルドが呟くと、困惑した表情のルーシーを見た。

「ルーシー嬢。あの二人は気にしなくていいから」

「……はい……」

「そうね、お茶が冷めてしまうからお飲みなさいな」

「……はい、頂きます」

 王妃の言葉にそう答えて、ルーシーはティーカップに手を伸ばした。



「ルーシーさんは作法が完璧なのね」

 お茶を飲み、並べられたケーキを口にしたルーシーを見て王妃は言った。

 現れた時の挨拶といい、お茶の作法といい、十六歳の少女とは思えないほどその所作は洗練されていた。

「ありがとうございます。……外交官の娘として公の場に出ることもあるからと、母に厳しく躾けられました」

「まあ、お父様は外交官だったの」

「はい。サンフォーシュ皇国の外交官でした」

「皇国の。ではお母様が辺境伯のご親戚?」

「はい」

 頷くと、ルーシーは目を伏せた。

「外交の仕事は危険が多いからと、万が一の時は私のことを義父に頼んでいたそうです。……おかげで私は孤児になることもなく、今の家族にも親切にしていただいています」

「そう、立派なご両親だったのね。――ところでルーシーさん、辺境伯以外にこの国に親戚はいるのかしら」

「親戚ですか?」

「ええ。例えば侯爵家とか」


「……すみません、分かりません」

 ルーシーは首を横に振った。

「母上?  どうしてそんなことを聞くのです」

「少し気になったのよ」

 エリオットの問いに王妃はルーシーを見つめたまま答えた。

「それでルーシー嬢。辺境伯は君とエリオットのことを知っているのかね」

 国王の問いに、ルーシーははっとしたように顔を上げた。


「――はい、手紙で伝えました」

「辺境伯は何と?」

「……義父も義兄も、私の望むようにすればいいと」

「それは、例えば君が王家に入ることも認めるということか」

「はい……ですが私は、結婚するならば婿として来てくれる方と決めています」

 国王と視線を合わせてルーシーは言った。

「それが、私が今の家族にできる唯一の恩返しですから」

「では、エリオットは婿には出せないと言ったら?」


「その時は身を引きます」

 青い瞳に強い光を宿してルーシーはそう言った。




「しっかりしたお嬢さんだったわね」

 エリオットとルーシーを下がらせると王妃が口を開いた。

「ああ」

「相手が君主でも物おじしない強さといい……本当に、そっくりだわ」

「――ああ」


「本当に驚いたよ」

 お茶を飲んでいたアーノルドが言った。

「目の色は違うけど、それ以外は記憶にある顔そのままだった」

「ええ、本当に……」

 王妃の瞳にじわりと涙が浮かんだ。

「あの子が生き返ったのかと……」

「全くだ。他人の空似にしてもよく似ている」

「エリオットは分かっていないようだったけど、会ったことないの?」

「あるはずよ。でも幼かったもの、覚えていないんじゃないかしら」

「八年前か……」


「兄上たち、真っ青な顔してたね」

 そう言ってアーノルドは口端を歪めた。

「自分たちが殺した相手とそっくりな子を弟が『運命の相手』だって連れてくるなんて。どんな心境だろうな」

「――殺したわけではないだろう」

「同じだよ。追放なんかしなければ死ぬこともなかった」

 その声に怒りを滲ませてアーノルドは言った。

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