第三王子の「運命の相手」は、かつて追放された王太子の元婚約者に瓜二つでした

冬野月子

第一章 瓜二つの少女

01

「僕は運命の相手に出会いました!」

 末息子の突然の言葉に、その場にいた全員が固まった。


 それは新年の行事もひととおり終わり、ようやく落ち着きを取り戻した中で開かれた家族だけのお茶会での、互いの近況を話す中でのことだった。

「まあ……それは本当なの? エリオット」

 長い沈黙のあと、最初に口を開いたのはこのラザフォード王国の王妃である母親だった。


「はい。入学式で一目見た瞬間に分かったんです」

 淡く頬を染めて第三王子エリオットは答えた。彼は十六歳。四ヶ月前から王侯貴族のための学園に通っている。

「入学式……同級生かね」

 父親の国王が尋ねた。

「どこの令嬢だ?」

「ルーシー・アングラード嬢です」

「アングラード辺境伯? あの家に娘がおったのか」

 国王は王妃と顔を見合わせた。

 辺境伯はその名の通り、国境に位置する領地を治めている。社交よりも国境の防御を優先するため伯爵が王都に出向くことも少なく、また王都からは遠く離れているためその近況も伝わりにくい。

 だが子供は今年爵位を継ぐ予定の、もうすぐで三十歳になる息子が一人だけだったはずだ。


「去年養子になったそうです。分家筋で、両親が事故で亡くなられたために引き取ったとか」

「まあ、ご両親が……」

「とても綺麗で凛としていて、でもどこか寂しそうで……。彼女を見ていると僕が護りたいと、そう強く思うんです」

「まあ。そうなの」

 息子の言葉に王妃は感慨深げに目を細めた。

 歳の離れた末っ子ということで、兄たちに比べてどうしても甘やかしてしまったことを気にしていたのだが。護られる存在だったエリオットが誰かを護りたいと思うようになった、その成長は母親として嬉しいものだし、心なしか息子の顔も凛々しくなったように思えた。


「そうか……だが」

 けれど国王は眉を寄せた。

「エリオット。お前には婚約者がいるだろう」

 エリオットにはブリトニー・オールストンという婚約者がいる。

 一つ歳上で、代々優秀な騎士を輩出する名家の娘であり、父親のオールストン伯爵は近衛騎士団長を務めている。

婚約者がいるのに他の令嬢を好きになるというのは大きな問題だ。

「ブリトニー嬢もルーシーのことは知っています」

 エリオットは父親へ向いて答えた。

「二人は仲がいいですし、それにルーシーに告白する前にブリトニー嬢には話をして彼女の許しをもらいました」

 そう言って、エリオットは視線を移した。

「――僕は兄上のように不誠実なことはしたくありませんから」


 視線の先で、エリオットとよく似た顔立ちの銀髪碧眼の男性がぎくりと肩を震わせた。十歳上の長兄で王太子のメイナードだ。

「エリオット……それは」

「学園で聞くんです、兄上と義姉上のことを」

 視線をゆっくりと、兄の隣に座る王太子妃へと移す。

「弟として恥ずかしくて」


「ああ、まだ言われるのか」

 エリオットの隣に座る、やはり似た顔立ちの青年が口を開いた。

「僕は兄上が卒業した直後に入ったからね、あの居心地の悪さったらなかったよ。おまけに僕も兄上を同じことをするんじゃないかと疑われて婚約を解消されそうになったし」

「あの時は本当に大変だったわ」

 ほう、と王妃はため息をついた。

「姫君がアーノルドのことを信じてくれなかったら今頃どうなっていたかしら」


 王太子の二つ下、二十四歳の第二王子アーノルドは近く隣国へ婿入りし、王配となることが決まっている。

 二国の同盟関係を強化するための政略結婚だったが、アーノルドと婚約者の王女は毎年互いの国を訪れ合うほど仲が良く、良い夫婦になると思われている。

 けれど一度、その婚約が解消されそうな事態が起きたのだ。


「それに関しては……本当にすまなかった」

 王太子は頭を下げた。

「だからエリオット、お前は婚約者を裏切るようなことはするなよ」

「分かっています」

 次兄の言葉にエリオットは大きく頷くと父親を見た。

「なので、ブリトニー嬢との婚約を解消したいんです」

「いや、それは……」

「今頃ブリトニー嬢も家族に伝えているはずです」

「オールストン伯爵にか」

「はい。それともう一つ」

「何だ」

「ルーシーは婿取りをしないとならないそうです」

「婿を? 実の家を継ぐのか」

「いいえ、アングラード伯爵家のためです」


「どういうことだ」

「ルーシーの義兄セドリック殿は今年結婚したのですが、お相手が子供を産めない身体だそうで。それでアングラード家の血が入っているルーシーが産んだ子を後継にしたいそうです」

「まあ……子供を産めない方と結婚したの」

 王妃が眉をひそめ、その言葉に王太子妃の肩がピクリと揺れた。

「それは後継としてどうなのかしら」

「その辺りの事情は聞いていませんが、ともかくルーシーは婿を取らないとならないことは決まっていているんです」

 そう言うとエリオットは家族を見渡した。

「僕はルーシーと生涯を共にしたいんです。どうか彼女との結婚を認めてください」


「エリオット。お前の気持ちは分かった」

 国王が言った。

「だが王侯貴族の婚約はそう簡単に解消できるものではないし、お前を外に婿入りさせるのも難しい」

「……はい」

「そもそも王子であるお前の結婚相手には相当の品格が求められるものだ」

「父上たちもルーシーに会えば彼女の素晴らしさが分かります」

「では、まずはそのルーシー嬢に会いましょう」

 王妃はそう言って国王を見た。

「どんな子なのかこの目で確認してから、その先のことを考えましょう」

「……ああ、そうだな」

「はい!」

 エリオットは嬉しそうに笑顔を浮かべた。




「しかし、まさかエリオットまであんなことを言い出すとは……」

 子供たちを先に下がらせると国王はため息をついた。

「ですがメイナードの二の舞にはならないよう、ちゃんと考えているようですわ」

 王妃はそう答えて口元を緩めた。

「いつまでも子供のように思っていたけれど、あんなしっかりしていたなんて」

「それはそうだが……」

「ブリトニー嬢は王子妃として申し分のない子ですけれど。それよりもいいというルーシー嬢……どんな子かしら」

 笑みを浮かべていた王妃の顔にふと影が差した。

「メイナードが選んだあの者よりも良い子だったらよいのですが」

「……そうだな」

 不穏な感情を含んだ王妃の言葉に、国王は小さく頷いた。

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