02

「来てくれて嬉しいわ」

 部屋に入ってきたルーシーへ駆け寄ると、アメーリアはその手を取った。

「とても楽しみにしていたの」

「ありがとうございます」

目を細めたアメーリアにルーシーも笑顔を返した。


「お身体はいかがですか」

 ソファに並んで腰を下ろして、ルーシーは尋ねた。

「ええ、この子も元気だし」

 大きなお腹を撫でながらアメーリアは答えた。

「……分かるのですか?」

「よく動くの。この動きは多分男の子ね」

「そういうのも分かるのですね……」


「ルーシーさんは寮に入っているの?」

 不思議そうにお腹を見つめるルーシーにアメーリアは尋ねた。

「はい」

 学園には国中から貴族の子息たちが集まってくる。

 王都に屋敷がある者はそこから通うが、持たない者は学園に隣接する寮に入ることができる。

 アングラード辺境伯は滅多に王都に来ることがないため屋敷を持たず、そのためルーシーは寮に入っていた。


「ご家族と別れて寂しくはない?」

「はい。学園には友人たちがいますから」

「そう、それは良かったわ。学園生活は楽しい?」

「はい」

「友人と毎日会えるのは学生の時だけよ。だからこの時間を大切にしてね」

「……はい」

 アメーリアの言葉にルーシーは神妙に頷いた。


「私もね、学生の時にパトリシアと沢山話をしたけれど……もっともっと話をしたり、遊びに行ったり、一緒に過ごせば良かったと後悔しているの」

 アメーリアは目を伏せた。

「アメーリア様……」

「パトリシアの話は面白かったわ。彼女、想像力が豊かで不思議な物語を作るのが上手だったの」

「不思議な物語ですか?」

「空を飛ぶ馬車や、離れた相手と会話できたり、人や景色が動く様子や音が写せる道具……そんなものがある世界の話とか」

 言葉を区切ると、アメーリアはルーシーを見た。

「あなたは、お姉様からそういう話を聞かなかった?」


「え……」

 一瞬顔を強張らせたルーシーから視線を逸らすと、アメーリアは手を上げ、部屋の隅に控えていた侍女たちに合図を送った。


 侍女たちが下がり、二人きりになるとアメーリアは視線をルーシーへと戻した。

「パトリシアから聞いていたの。幼い時に他国の親戚に養子に出された、ルーシーという名前の同じ赤い髪の妹がいるって」

「……それは」

「アングラード伯爵家はお母様のご親戚なのでしょう。お祖母様が駆け落ち同然で家を出たから世間的には知られていないけどとパトリシアが言っていたわ」



「――はい」

 しばらくアメーリアを見つめて、やがて観念したようにルーシーは頷いた。


「まあ、やっぱり」

 アメーリアはルーシーの手を握りしめた。

「パトリシアの家族はバラバラになってしまったから……あなたがこうして元気でいることが分かってとても嬉しいわ」

「……ありがとうございます」

 そう答えてルーシーは目を伏せた。

「でも私は最初の家族のことはほとんど覚えていなくて……姉との思い出もないんです」

「……パトリシアの事故のことを聞いたのは?」

「養父母から少し聞かされていましたが、詳しく知ったのはアングラード家に来てからです」

「そう……。あなたは姉のことを知っていて、それでもエリオット殿下を受け入れたのね」

 ルーシーはアメーリアを見た。


「……最初はお断りしました。姉のこともありましたし、それにエリオット様には素敵な婚約者がいらっしゃいましたから。でも……エリオット様は優しくて、何度も私のことを……好きだと言ってくれて、ブリトニー様も優しくて……それで……」

「殿下のことが好きになったのね」

 頬を赤く染めてルーシーは頷いた。


「確かに、エリオット殿下は正義感があって心も真っ直ぐで、お兄様とは全然違うし、ずっといい方よね」

「……アメーリア様は王太子殿下のお妃なんですよね」

 自分の夫を下げて言うアメーリアに思わずルーシーは尋ねた。

「私はね、父に頼み込まれたから」

 アメーリアは口端を歪めた。

「出戻りなの。前の夫は病気で三年前に死んで、義母と折り合いが悪くて家に帰されたの。……息子がいたけれど、取り上げられてしまったわ」

「……そうだったのですか」

「父は宰相でね、王太子夫妻に子供が生まれなくて側妃が必要だから、子供を産んだ実績のある私になって欲しいって。確かにこのまま家に残るわけにもいかないし、それに、あの女に復讐したい気持ちもあったから受け入れたのよ」

「復讐……」

「パトリシアを追い出して死なせたあの女の代わりに私が王太子の子供を産んで立場をなくしてやろうって。ふふ、悪い性格でしょう」

「……いえ、そんなことは」

 ルーシーは首を横に振った。

「先に側妃に子供ができて、さらに自分が追放したパトリシアとそっくりな子を義弟が連れてきて」

 その瞳に暗い感情を浮かべてアメーリアは言った。

「あなたの顔を見るたびに、あの女と王太子は自分たちがしたことを思い出すの。それをいい気味だと思ってしまうの」


「……アメーリア様は、本当に姉のことを大事に思っていてくださったんですね」

 ルーシーは頭を下げた。

「ありがとうございます」

「――ルーシーさんは優しいのね。そういうところもパトリシアにそっくりだわ」

 そう言って、アメーリアはルーシーを抱きしめた。


「ごめんなさい」

「アメーリア様?」

「私、パトリシアを守れなかった……あの子は優しくて、虐めなんかするような子じゃなかったのに。修道院へ送られるのを止められなかった……」

「――謝らないでください」

 そっとルーシーはアメーリアの背中へ手を回した。

「アメーリア様のせいではありません」

「でも……」

「そうやっていつまでもお姉様のことを覚えていてくれているだけでいいと、お姉様はそう思っているはずですから」


「……ありがとう」

 アメーリアはぎゅっと腕に力を込めた。

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