マルちゃん、緑のたぬき派赤いきつね派。

判家悠久

extra. Someone's knocking on your door.

 2019年2月厳冬。青森県八戸市やや郊外の私立高校南部サジタリアス学院はゆっくり上がった丘台にある。俺西條宜正は、隣の席大迷惑友人辰巳真樹に生徒会室へとここの所連れ込まれては、ただ虚ろに、雪また降るかもな。八戸は内陸日本海と違って降雪は滅多にあるかだ。俺は去年トレッキングブーツ無しで通学した事から、往復都合3回滑り転がった。やはり安全を期してトレッキングブーツかなが、誰も、いや真樹を巻き込まないからそうするか。


 不意に生徒会室の会議机にノックする音が響いた。ああ、察するさ真樹。そのずらり並んだセントバレンタインミーティングの全校生徒リストにはもう目が疲れた。

 南部サジタリアス学院の元は女子校の名残りから、先輩後輩の親密さで、過去夏迄消費されるかのチョコレート過多になり、訓則として、メッセージお渡し会と集合写真に忙しいセントバレンタインミーティングに発展的成長を遂げ、毎年俺達やや前のめりじゃない勢力を尻目に、何か微笑ましいの一言だった。

 そして俺が何故真樹に連れ込まれたかは、2年生になって真樹との距離が近くなり、何かと会合にも連れ回される事から、当日にどの男子いやほぼ女子にメッセージがどれだけ集まるかの票読みの、対面ミーティングに入っている。ここが常に肝で有り、短ければ短い方が良い。ここを読み間違えると先生方から18時強制解散になり、生徒会の権威は軽く地に落ちる。やがてほぼ無い月次リコールが巻き起こり生徒会総退陣が確かな流れらしい。 


 そんな重要な事ならも、生徒会室には都合9人が詰めている。事前公選を通過して、会長1名副会長2名が最終公選で選出される。もっとも会長は3年が通例で選挙になる事はほぼ無い。ただ真樹は何を奮起したか2年生で立候補して断トツ当選した。ここで何と無く軋轢が生まれそうだが、そのバイタリティーこそが当校の率先垂範のかくあるべきと、至って穏便なヒエラルキーを生み出している。その各年長推薦枠から、書記と祝祭係が引き込まれより強固な連携を捗らせる。


 それならば9人で回せるだろうも。そもそも俺も巻き込まれて10人なのに、1号棟1階生徒会室は周到な準備に大混雑を極まり、機材のメンテナンスに書き割り作りで忙しい。本当無駄にでかくてすいません。

 と言うべきも、生徒会室の半分は世紀末に備えてかの尋常ならざる備蓄物資なので、とことん肩身が狭い。

 備蓄物資は既に学校予算で出て厳重に保管されるも、何分にも近隣の避難場所はここ南部サジタリアス学院なので、とことん買い込むかは東日本大震災から生徒会ならではの教訓の引き継ぎだ。

 その実質歳費も生徒会予算の幾許かではなく。生徒会全員総出で県内大手スーパー:マナカユナイト魚菜市場店の正月のアルバイトをして特売日に買い込んだ。何故か俺も含まれていた。マナカユナイトの特売日はダイナマイトだから、マルちゃん赤いきつね10箱緑のたぬき10箱、水25箱、お菓子かなり多数も買っては配達して貰った。多いに越した事はないはいざの不安払拭だからだ。とここに、勿論先輩諸氏からの差し入れは折々あっては生徒会室を半分埋めて、今や天井の何処迄に届こうかだ。そしてふと。


「と言うかさ真樹、いざは分かるけど、ここ迄積むか。賞味期限はあるんだろう」

「そこね、生徒会って激務だし、日付近いのは啄ばんでるしお茶菓子として食してるよ。まあ何となくお腹空かせにやってくるし諸氏はいるし、大丈夫日々管理は行き届いているから」

「そのお馴染みさん、断れよ。ってあいつだろう、弱小野球部の荒川龍彦、あいつ球だけ早くて調子に乗ってるのが気に食わん、」

「まあ私を好きみたいだし」


 直ちに固まり緊迫する生徒会室。


「もう、そうやってうっかり受け取らないの。嫌われないだけいいじゃない。そう言う事で、皆手がお留守は駄目ですよ、集中しましょう」

「真樹、ふざけるな、皆を揺さぶるところじゃないだろう」

「それだったら、負けじと宜正も通いなよ、マルちゃん食べ放題だよ」

「もういい、」


 真樹は兎に角心を読む。多分俺の中の純粋な感情を探したいのだろうが、俺の中の真樹はただ有能で、南部美人で、且つ繊細だから、17歳の俺には日々付いて行くのがやっとだ。

 ここで真樹が破顔に満ちて、繰り出す


「もう15時か、と言う区切りで、私達は体温めましょうよ」

「全く、お茶菓子でなくがっつりカップヌードルで攻めて下さるのかよ」

「勿論、18時完全下校迄頑張らないと終わらないでしょう。全校生徒リストアップしても、セントバレンタインミーティングのスケージュールを的確に組まないとね」

「それ、いつの間に大仕事増えてないか、」

「大丈夫、宜正、君は優秀だから、本当頼りになるよ」


 不意に生徒会室が拍手に包まれた。俺の扱いを既に知ってるのが、ただ気恥ずかしいものだ。

 この間、真樹はマルちゃんの給仕に入り、足運びが和服の歩幅の名残りを感じる。その和服正装姿を見たのは、正月7日目に辰巳家の学友お呼ばれ会で結構な数が呼ばれたからだ。

 母親辰巳弥生さんは訪問すると何かとお茶と菓子をただ興味深く持って来てすっかり馴染みも、父親辰巳慶一さんはたまに顔を合わす程度で、実に良い大学進路だ共に頑張りなさいと微笑まれる。

 そして大広間に学友お呼ばれ会の一派がお呼ばれし、慶一さんによる八戸の良さから始まり、やはりヤング良いねと。そして困難さでは漸く辰巳水産の大加工場の1つが完全に東日本大震災の津波に浸かったけど、何事も根気次第だよと壮大な話は締められる。詰まる主旨は八戸に貢献してくれれば何処でも良いの盛大なUターンリクルート親睦会であるが毎回の着地らしい。そして帰りしなに高級蒲鉾折詰の包みを貰って恐縮しては帰宅した。それから夜食の鍋焼きは飽きる事なく完食してるから、有り難いものだ。

 そして真樹がお盆にマルちゃんの器二つ抱えては席に戻ってきた。


「どうぞ。宜正は赤いきつねね、私はおきまりの緑のたぬきです」


 真樹は着席と同時に、驚愕の行動に出た。


“バリッツ、バリッ、バリ”


「真樹は、何で緑の天ぷら食べるんだよ、お前の大好きなせんべいじゃないぞ」

「そうかな、良い天ぷらだよ、通しとして十分な食感だけど」

「全く、何かせんべい汁と勘違いしてないか。とは言ってもそれも特別仕様のせんべいを浸してこそだ」

「何かいいね。それせんべい汁そばとして料理部からレシピあげて貰って、マルちゃんのお客様窓口に送ろうかな、どうかな」

「それさ、青森県と岩手県のごく一部でしか売れないだろう」

「ふむ、ごもっとも」 


 またも生徒会室のあの優しく砕く音が響き、そして終わると、二人でいよいよ器の蓋を上げて、箸で掬っては口元に運び、やたら臓腑の深い所まで届き、体の芯が温まって行く。改めて青森の冬は凍れるものと切実に思った。

 そしてお互い抜群の箸運びのままに、器を持ってはすすり完食した。不意に互いに視線が合い、真樹が微笑む。まあ、あいつ龍彦が通う理由もよく分かる。


 真樹は後片付けの給仕で席を外してる間に、すっかり麗人が板についた2年祝祭係の安倍芽衣が寄ってきた。


「さてお取り込み中の合間にと。デジタル一眼のキャリブレーションかけて微調整してるけど、やっとかな。ねえ宜正、真樹戻ってきたら、きつねとたぬき持ってモデルになって貰えるかな、多分それで色彩の最終チェック出来そうだから」


 芽衣は真樹の幼馴染で演劇部から祝祭係に要請され気持ち良く承諾した。そして新聞部の極秘トレーディングカードランキングで言うと、新1位に芽衣と降下2位の真樹を大いに突き放し話題の中心にいる。

 もっともその真樹の降下理由は、巷で囁かれる俺と真樹のやや公然カップルかのそれだからではなく、芽衣のクリスマスミュージカル:ダイジェスト・ウエスト・サイド・ストーリーのトニー役を麗人として一気に火が着いて、女子いやOBいや保護者で大爆発したからだ。


 そう芽衣は今や人気沸騰中、そのサジタリアスチャリティーミサから健気に振る舞う姿が、俺としては同情を禁じ得ない。そんな抜群のタイミングで真樹が戻ってきては、芽衣ときゃっきゃっと戯れ合う。まあ芽衣の言う事なら10回中9回はハイは言うさ。

 そして芽衣は、生徒会室の簡易スタジオブースに俺達を誘導しては。


「そうもっと近く、そうそう、集合写真はぎゅう詰めだからそんな距離かな。それと真樹、宜正の右隣私だから戯れ合うバランスは適度にね。ほら宜正は全国高校サッカー青森予選で株が上がりまくりだから、脇は生徒会で固めないとセントバレンタインミーティング当日はど酷い事になるからね。うん、やっとフレームに収まってるし、エッジもある、映えてるわよ」

「ねえ、ここだけなら、腕にしがみついていいかな」

「神聖な生徒会室でアフェアは一切禁止。見過ごしてもフェアじゃないから駄目でしょう」

「俺が謹んで断る」 

「宜正ったら、こう言うところがね」

「はい、そこから自然なスマイルお願いね」


 神経の鋭敏さが欠けた時にシャッターが下りた。

 そして仕上がった写真を俺と真樹でモニターを見た。自然な笑顔になったのは時間の経過故か。それとも。


「緑のたぬきと赤いきつねで、満腹になったからかな、と、取り敢えず言っておく」

「ふーん、この未満感はそのまま収まちゃったかな。ああでも何か良い感じだから、マナカユナイトのマルちゃんの販促写真にして貰おうかな」


 そこはきつくごめん被る、如何にも認定カップルでは、俺達は食事一つさえ取れない不自由になる。まあその時は生徒会室で緑のたぬきと赤いきつねをこっそり仲良く食べるか。仲良くはまあ弾みだ。


(それ、ここで言っちゃえ、ねえ言っちゃいないなよ、)


 真樹の不意のテレパシーは俺の心のドアを叩く。それはいつかの機会にする。心できつく結ぶと、真樹が背中を優しくバンバンと叩く。いちいちな女子だよ真樹はさ。

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マルちゃん、緑のたぬき派赤いきつね派。 判家悠久 @hanke-yuukyu

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