第26話 古都
彼女が歩いて前に出る。
「ここのこと、知ってるのか?」
「多分。でもわからない」
俺はこんな町、知らない。トリプレッツガーデンに出てくる町は、どこも栄えていた。魔物の住処になった人里はあったが、高度な建築物が並ぶ廃都なんて存在しなかった。
滅びた町。そこには虫や動物が暮らすだけで、人型の生物は影も形もない。俺と彼女のふたりだけだった。
比較的、草が薄いところを足場にして進んでいく。右を見上げ左を見上げと、彼女はあちらこちらに目移りしていた。俺はそんな彼女の背中ばかりを見る。
すれ違う石像には蔦が巻き付き、腕や首、体中を締め付けている。もやは元の色がわからないほど、石材は黒ずんでいる。
街中には何かが暴れたような爪痕。そして崩れた階段がある。
「戦争でもあったのかな」
「戦争とは違うと思う。きっとここは、魔物に襲われた町。はるか昔に栄えていた。六王国ユーラ」
「六王国? 他にも同じような町が5つくらいあるの?」
「違う。6人の王がふたりずつ、交代で国を治めていたの。実際には2人か3人くらいしか政に関わってなかったみたいだけど」
「よくわからん」
ここには王国があり、それが魔物に滅ぼされたということか?
そう聞いてから町を見てみると、ここで起こったことが目に浮かぶ。像や噴水など、町の装飾は無傷で残っているが、建物には壊れているところが多い。魔物が人を狙うから、こうなったのだろう。
「それで、ここには何があるんだ?」
「えっ?」
彼女は驚いた顔で振り向く。俺は何かおかしなことを言っただろうか。
「ここって、帰り道じゃないでしょ? それなのに進むってことは、何かしらの目的を得たからであって……。例えば、放置された宝物とか、君の寝床とか」
襲ったのが魔物であれば、何かしら残っているのではないだろうか。盗賊もあまり入っていないように思える。
ちょっと家の中を覗いてみたが、家財はそのままで荒らされた形跡はなかった。机も椅子も風化していたが、時間に耐えうるものなら残っている可能性がある。宝飾品は厳重に保管されているはずなので、探せば出てくるかもしれない。
「馬鹿言わないで。そんな盗賊の真似事するわけない」
「なんか、ごめん」
「ただ見たくなっただけ。この辺りにあるらしいって話は聞いていたんだけど、誰も探さなかったし、私もあまり興味がなかった。でも話の中に出てきた町を実際に目にするとね、物語の世界に入ったみたいで少し嬉しくなっちゃったの」
「それはわかる気がする」
俺もこの世界にきた瞬間は荒れていた。まるで危ない薬でぶっ飛んだかのようにハイになっていた。今思い出すと恥ずかしいが、そんな状態になってしまうほど高揚感で溢れたのだ。
あの俺と比べたら、彼女はなんて静かなこと。
「俺にもその話、聞かせてくれない?」
「その話?」
「この町のだよ」
彼女は眉をすくめると、ゆっくりとした足取りで町を楽しみながら始めた。
「その昔、ここ周辺で最も栄えていた都市だよ。最も人が多くて、技術力があって、よくわからないけど凄かったらしいよ。元は宗教施設があるだけの場所だったんだけど、そこに多くの人が集まって、できていったんだって」
「へぇ。宗教か」
「昔の時代で生き残るための術だね」
ではさっきの像は、その宗教に関するものなのだろうか。蔦に巻き付かれて、なんとも皮肉が効いている。
「ある日までは、この国はうまくいっていたらしいよ。でもそのある日がやってきた」
「魔物か?」
彼女は否定する。
「魔王の活発化。遥か昔に誕生して、現在も人を脅かし続ける魔法使い。その人が世界に魔物を解き放つようになった」
つまり魔物を意識する必要性が生まれた時期。想像しかできないが、大変な時期だったのだろう。
対応しなければ魔物に町を滅ぼされ、対応すれば人々の不満が溜まる。そちらに経費が割かれ今まで通りに国の運営ができないからだ。生活水準は落ちるだろうし、法的制約も増える。
「平野の魔獣『
「
俺は知らない名前に首をかしげる。
「知らないか。
「なるほど。街道を通すためにも、狙い撃ちにされたわけだ」
「
きっと何が何でも倒そうと、意思を固くして挑んだに違いない。もしその場に居られたらと考える。
「その戦いに参加してみたかった」
「邪魔になるだけでしょ」
「今のままならね。すぐに強くなるさ」
「そう言った次の日に傷だらけで再起不能になった人、知ってる」
俺と彼女は笑った。
よく考えれば、俺は人であれば再起不能になるほどの怪我を負っている。左腕と右足を失った時期がそれだ。日常生活ならともかく、野を駆け戦える体ではなかった。
しかしそれは些細な問題。俺は吸血鬼で、人間より回復能力が優れている。今は右足が戻っているし、左手もすぐに……。
俺は左手を空にかざした。
「治ってる」
そこには5本指の手が綺麗に戻っていた。しっかり動くし違和感もない。戻っていたことに気づけなかったくらいだ。
「怪我でもしていたの?」
「怪我というか……怪我でいいや。とにかく完治」
なんともない手を見せびらかす。俺はただ嬉しかったが、彼女は怪訝に眉間を寄せた。
左手の爪の先が、星明かりで輝いた。
「さて、話を戻そう」
俺は彼女に促した。この滅んだ町の話。ユーラ国だっけ。まだ話の途中だったはずだ。魔王が動き出して、魔物が世界に溢れたんだったかな。
「ほら続けて」
強引に促すと、彼女は呆れて首を振った。
「ユーラ国は魔物への対策をしっかりと採れた国のひとつなの。そうできたのは、宗教的に国民がまとまっていたのが大きいんじゃないかな。その結果、ここは世界有数の都市になる。近隣の魔物に襲われた村々からも、多くの人が集まった」
「あー移民か。ここって宗教色強かったんだろう? 問題が起きそうだな」
「それは大丈夫だったみたい。個々の信条よりも、なにより魔物への恐怖が勝っていた。魔物への対策と教義がうまく交わっていて、外から来た人も、その教義に違和感は持たなかったみたい」
「しかし魔物の脅威が収まる前に、町は滅んでしまったと」
「そういうわけでもないんだけど」
「ありゃ、違うんだ」
「アカドウェルの今の首都、あるでしょう? あれって元は、対魔物の最前線基地なんだよね。種族問わず、実力で選別した人が集められた。アカドウェルって今、世界で一番多くの種族が暮らす国だけど、そうなった理由がこれなわけ」
魔物との戦いとなると、種族でこだわっている余裕はなかったというわけか。様々な種が寝食を共にし、魔物との戦いで絆を深めた結果、アカドウェル国ができあがったと。
「その現アカドウェルが、優秀すぎたんだよね」
「優秀じゃ駄目なのか?」
「成果を出しすぎて周辺が安全になっちゃったのよ」
「聞く限り悪くなさそうだけどな」
「まあね。でもそれだけじゃない。ユーラ国の防衛力が暇になった。今までは人々を守っていた武力は、タダ飯喰らいに早変わり。国は疲弊していたし、移民で人口も増えていたからそれをよしとしない人がいたんだよね」
「それで、軍備縮小をしたのか?」
「しなかったよ。一度したら戻すのに時間が掛かるから。そこで傭兵業を始めた。暇だった戦力を外に貸したわけだ」
なるほど。傭兵をすればこちらにはお金が入るし、貸した先は安心を得られる。
「まだ魔物に脅かされている土地は多かったから、それなりに儲かったみたい。収入が増えて、国も町も発展した。けど、ここは戦力を貸した分だけ手薄になった」
「そこを襲われたのか?」
「そういうこと。一番の原因は、魔王が居所を移したこと。それによって、魔物たちの広がり方に変化が出た。結果、最前線基地たるアカドウェルが気づく前に、この町に魔物が到着。戦力がないこの町は為す術なく、この有様ってわけ」
俺は周囲を見回した。魔物が残した傷跡、それをひとつずつ舐めるように見ていく。
ここで起こったことは知らないが、予想するくらいならできる。
魔物の爪痕、これは逃げ遅れた人がいたという証明なのだろう。攻撃したということは、攻撃された対象もいたはずだ。
ここで人が亡くなったのかはわからない。襲われたが逃げ延びた可能性もある。
それに亡くなった人がいたとしても、俺とは一切関係ない遥か昔の人間だ。俺とは糸埃程度の関係もない。
でもなんとなく祈りたくなった。
この祈りはきっと格好だけなのだ。人の前で良い格好をしたかっただけ。そんな邪な思いの発露なのだろう。
俺は目を閉じる。もしここで亡くなった人がいるなら、その人に安らかな眠りを。
いいや、もう長い時が経っているし『安らかに眠れましたか?』かな。わからないけど、まあいいや。
雑な祈りを切り上げて、俺は両目を開けた。
最弱から始まる吸血鬼。ゲームのような異世界に転生(?)したので、魔法と冒険を楽しみたい。 羊の毛玉 @sheeppillow
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。最弱から始まる吸血鬼。ゲームのような異世界に転生(?)したので、魔法と冒険を楽しみたい。の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます