第24話 迷子と迷子。他に共通点はない。

 女の子は杖を下ろしてはくれなかった。ずっと両手で握りしめ、先端の黒い石を俺に向ける。

 ようやく明りが俺を照らす。彼女は首を傾げた。


「子ども? なんで?」

「敵対するつもりはないんだけど」


 顔を隠したままじゃ、友好的に笑いかけることすらできやしない。手以外を隠した怪しい格好で進む。

 彼女の目が俺の腹部、服についた赤いシミを一瞬見た。


「駄目。それ以上は近寄らないで」


 目が血走るほどに真剣だった。従わなければマナ結晶を打ち込まれそうだ。仕方がなく言われた通りにする。姿を見せたのはミスだったかな?


「あなた何者?」


 答えようがない質問だ。人間だと嘘をついても、吸血鬼だと正直に言っても利がない。その上、沈黙が答えになる。この質問に答えられないのは、整合性がとれた嘘が難しい場合くらいだ。


「答えて!」


 だから質問には答えず、会話を続けるしかない。


「まず、さっきも言ったけど敵対するつもりはない。近づいた理由はここの地形を知りたかったから。地図持ってない? 作成中でもいいんだけど」


 にこやかに笑いかける。その顔はフードで隠れているが、朗らかな雰囲気は伝わったはず――。マナ結晶が俺の心臓を狙う。


「ぁっぶなっ。ちょっといきなり何するの!」


 杖の瞬きに気づいて避けたが危なかった。今のは本当に殺すつもりだった。油断も隙もない。


「理由を聞きたがっていると思った?」

「いいや。でも君が聞きたがっている話は難しいと思うぞ」


 俺は吸血鬼だと言っても喜んではくれないだろうし、人間だと嘘をついても同じだ。証拠を見せろと言われるだけで詰む。


「顔を見せて」

「後悔するよ?」

「いいから早く」


 そう言われても。見せたくないから隠しているのだ。


「このまま回れ右して二度とここに近づかないと誓うから、見逃してくれたりはしない?」


 杖の先が瞬く。マナ結晶がふたつ。俺は右に左にと避けた。


「危ないなぁ。当たったらどうするつもりだよ」

「心配事が減って万々歳」

「そりゃあそうか」


 彼女はそう言っているが、俺と言葉を交わしている。マナ結晶も最小限しか放っていない。僅かでも俺が人間の子どもだという可能性を考えているのだろうか。

 いいや、それはないな。俺が人間の子供だという可能性は、彼女目線でもありえない。だからこそ攻撃をしてきた。


 小さな子どもがひとりで、危険な獣が住まう洞窟にいるわけがない。しかも俺は人間らしい物を全く持っていないのだ。人ならば暗い洞窟では明りのひとつは持ち歩く。



 彼女はおそらく混乱している。子どもへの擬態にしては、俺の振る舞いがあまりにもお粗末だからだ。泣いて助けを求めるならともかく、余裕を見せた俺は異常な存在でしかない。水鳥の姿を真似て、穴を掘るようなものだ。理屈が合わない。

 そのおかげで命をつないでいるのなら、無策も大したものだ。


「とりあえず話し合いを――」


 杖の先が光る。俺の口は、おとなしく閉まった。


「顔を見せて。これ以上無駄な話を続けるなら、もう容赦しない」


 そうだったな。そんな話だった。

 もう観念して顔を見せてしまおうか。どうせ向こうも、俺を人間だとは思っていない。吸血鬼だと知られても驚きは小さい可能性がある。


 どうせこのまま意地を張っていても平行線だ。ならばこちらが折れるとしよう。彼女を困らせるためにここへ来たわけではない。


 俺はフードに手をかける。彼女はそんな俺をまばたきすら惜しんで警戒していた。首の後ろに武器を隠しているとでも思っているのだろうか。


「今からこれを脱ぐ。きっと驚くと思うけど、驚かないでくれ。君の要求に応えるのは、仲良くしたいからだよ」


 彼女は早くやれと顎をしゃくる。

 俺は従い顔を晒した。洞窟の冷たい空気が耳に触れる。

 彼女の反応は、俺が予想していた通りだった。


「吸血鬼っ!」


 距離を作られ杖が輝く。マナ結晶が放たれたので、俺はステップを踏むしかなかった。


「だから仲良くしようって。俺は本当に道が知りたいだけなんだよ」


 と言いながら、彼女の攻撃に期待する俺がいる。今の所は杖からマナの結晶を射出するのみだが、他に術はないのだろうか。あるなら見たい。魔術を見られるという意味で、攻撃されるのも悪くない。


「敵を穿て! マナショット!」


 マナ結晶が放たれた。毎度同じ速度、同じ形状なので苦労なく避けられる。次から次へと飛んでくるが、どれも同じで芸がなかった。


 さて、どうしよう。このまま避け続けてもいい。そうするだけの体力は十分ある。向こうのマナが先に尽きるはずだ。


 おそらくだが、この女の子は純粋な魔術師ではない。見習いとみた。杖の先にある黒い石、それに込められたマナが尽きれば術を使えなくなる。


 彼女がそれを予感したとき、何かしらの動きを見せるはずだ。武器を持ち替えたり、逃げる準備を進めたりと。そこを狩る。

 というのはあまり面白くない。どうせ手を出すなら、危険性が高いほうがスリルがある。こちらが攻勢に転じよう。その方が楽しめるはずだ。


 俺に遠距離攻撃はない。何をするにも近づくところからだ。

 目標は杖を奪うこと。怪我をさせずに、負けを認めさせてやる。


 彼女に向かって走る。俺の動きを追って、杖が左右に揺れた。

 フェイントを入れると明後日の方向にマナ結晶が飛んでいく。首ひとつ分のところで避けると、杖に手が届くほどの距離まで近づいていた。


 まっすぐ手を伸ばすが、杖が逃げていく。そこからは肉弾戦だった。


 俺は吸血鬼の身体能力で掴みかかる。はっきり言って俺のやり方は素人そのものだった。

 対する女の子は武術の覚えがあったのだろう。あっさりと腕が掴み返される。肘を入れられ、拳を食らい、杖で殴られた。

 滑らかな動きだと関心しながら、一方的に殴られ続けた。


 足蹴にされ距離を作られたところで、彼女は再び杖を構える。よろけた俺にマナ結晶を打ち込むつもりらしい。


 拳で受けたダメージは些細なものだった。まだまだ耐えられる。

 しかしマナ結晶はマズい。洞窟の硬い岩肌をくぼませたのだ。頭を吹き飛ばすくらいの威力はある。


 俺はよろけながら、無理やり右手を伸ばした。体が傾いているにも関わらず、腕だけがまっすぐと伸びていく。その手は杖の先へ届く。杖の先端にある黒い石を掴んだ。


 この石は銃口のようなものだ。マナ結晶はここに溜め込まれたマナを凝縮して生成する。つまりこのままではマナ結晶が放たれたとき、手が吹き飛ばされてしまう。それは避けなければいけない。


 俺は強引に杖を引っ張った。


「きゃっ」


 杖を引っ張られ、彼女は前かがみによろける。その隙きに、俺は杖の石から柄に持ち直す。


 俺も彼女も杖を離さない。体勢が崩れていた俺はそのまま倒れ、彼女も杖を追うように地面に飛び込む。

 立ち上がると、杖は俺の手にあった。


 地面に突いた杖は、俺の肩を超えるほど長かった。そして粗雑な作りだ。先端の石はともかく、木でできた柄部分が酷い。

 全体的に歪みが多く持ちにくい。真っ直ぐ構えてみても、先端が上向いていた。設計された歪みというより、素材そのものの味という印象だ。ありあわせの木材で作られたのだろう。安物だ。


「返して!」


 彼女は腰からナイフを引き抜く。ついさっき一方的に殴られ蹴られ、やられっぱなしだった俺からすると、杖よりもナイフが怖い。マナ結晶は避けられるが、ナイフは避けられない気がする。


「杖がないと術が使えないのか?」

「関係ないでしょう」

「わかった。返すよ」


 俺はすぐに杖を投げ渡す。彼女は両手で抱きしめるように受け取った。


「……どういうつもり?」

「どうって? なにが?」

「なんで杖を返してくれるの?」

「さっきから言ってるけど、敵対するつもりはないんだよ。君に近づいたのは、本当に道に迷ったから! まあ吸血鬼に対して過敏になるのはわかるけどさ」


 彼女は信じられないと口元を歪める。しかし俺の言葉に嘘はない。

 本来の吸血鬼は人を襲うものだし、警戒されるのは仕方がないこと。彼女の反応は、吸血鬼と出会った際のものとしては一般的なのだろう。おかしいのは俺だ。

 人の血に興味がわかないのは、先に龍の血を飲んでしまったからだろうか。でも巨大うさぎの血は美味しく頂けたしなぁ。


「今回は大目に見てくれないかな?」

「わかった」


 小さな声だったが、俺は確かに聞いた。


「本当か?」


 彼女はこくりと頷く。


 よしよし、これで地上への道がわかる。道がわかれば動きやすくなるというもの。ムカデを探しに戻ってもいいし、さらに深くへ進んでみてもいい。

 まずは上へ戻ろうと思う。こういうい洞窟は奥に行けば行くほど強い敵がいるものだ。上でもっとレベルを上げてから奥に進むのが正道だろう。


「でも」


 消え入りそうな声だったが聞き逃さない。

 俺は顔を上げる。『でも』……なんだ?


「でも道は教えられない」


 突然の宣言に、目を見開いた。跳びついて肩を揺らしたい思いを堪える。


「どうして? 地図に見せられない情報が書き込まれてるってこと?」

「そうじゃないけど」

「けど?」


 彼女は口をモゴモゴとさせる。敵視していた俺を視界から外して足元を見る。


「私も迷ってて途方に暮れているところなの!」


 つまり俺と彼女は似た状態にあるというわけだ。

 彼女は恥ずかしげに頬を赤らめた。さっきより愛嬌がある顔になったが、鋭く睨む目はずっと変わらない。


 なんだろうな。俺も大概だが、彼女も緊張感が欠けている。


「……お互い迷子だなんて、奇遇だね」


 それ以外の言葉が思い浮かばなかった。次があればもっとマシな言葉を選びたい。


 気に触ったのか、彼女が再び敵意を燃やそうとした。そのとき、鈴の音が鳴った。

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