第21話 無数の足が蠢く

 巨大うさぎばかりを狙って狩りをした。安定して数を相手できたからだ。血の匂いは既に覚えたので簡単に探し出せる。そこからは時間を忘れての乱獲だった。


 やはりレベル1からの成長は早い。10か20匹ほど倒したころには、巨大うさぎの突進を、避けるでなく正面から受け止めても痛みすら感じなくなっていた。

 俺に突進が効かない時点で、もはやうさぎに打つ手はない。それでも果敢に攻めてくるから恐れ入る。


 それからもずっと巨大うさぎを狙い続けた。より効率的に狩る方法を考えて実行に移す。

 出血量を抑えるために、与える傷は小さくしたい。爪で切り裂くのではなく、指を突き刺すようにした。どんな傷が致命傷に至るのかを試し続けた。


 巨大うさぎの首を掻っ切る。口いっぱいに血を頬張った。


 多くの血を取り込むことで、血の魔法が活性しているのがわかる。左腕の再生は、思っていたよりも順調だ。いびつだった傷跡が、滑らかに変わってきている。


 今のレベルはどれくらいだろうか。推定では5から10くらいだと思う。鑑定系のスキルがあれば確認できたのだが、今の俺にその手のスキルはない。残念だ。


 巨大うさぎの血を飲み終える。残ったうさぎの体は、毛皮にも肉にも手を付けずに、洞窟の端に置いた。


 吸血鬼の体は便利だ。敵を倒して血を吸えば、体力を回復できる。おかげで休みが必要ない。睡眠も必要ないから、一日中ずっと戦い続けられる。


 巨大うさぎの肉体を迂回して、更に洞窟の奥へと進んでいく。


 歩きながら血の魔法の練習を続けた。手についた血を一箇所に集めようとする試みだ。

 もはや地上からの光が届かないほど置くまで入ったが、まだまだ視界は良好だ。手元に目を落としながら進む。


「よしよしよし」


 血を手の中心に集めることに成功した。操作できる量は少なく、またのろまではあるが、間違いなく血液を意のままに操れている。ここに上達を祝福してくれる人が居ないのが残念だ。


 血の雫を、今度は指先に移動させてみようと考えたときだった。パキリと音がする。音に驚き目を上げた。操作していた血が、手のひらに落ちて広がった。


 床から天井にかけて、へばりつくように巨大な生き物がいる。それは岩と同じ色。僅かに人の血を匂わせる。


 なんだこれは? 蛇か? それともミミズ? どちらも違う。


「ムカデか?」


 それが体を動かすと、同時に無数の足が蠢く。甲殻が擦れた石が削られている。

 胴回りは俺より太く、長さは測りきれずわからない。毒牙は俺の頭と同じくらいの大きさがある。

 もしこの牙に頭を挟まれてしまったら、頭骨ごと潰されてしまうかもしれない。それほど酷く凶悪だ。


「あれには注意しないとな」


 そう口にして自分で気がつく。どうやら俺は戦うつもりのようだ。

 しっかり勝てたら経験値が美味しいに違いない。絶望的な力の差も感じないので、おそらくやってやれないことはないだろう。

 とはいえ格上に違いない。油断したらやられる。


 ムカデの側には、巨大うさぎの頭部が転がっている。おそらく食事をしたばかりなのだ。

 また毒牙には血が染みた赤い布が引っかかっている。獣たちが布を纏うわけがないので、布の切れ端は人の証だ。おそらくだが誰かが食べられた。こいつは人を襲っている。


 このムカデが洞窟から出たとは思えない。周囲に人里もない。とすると、俺以外にもこの洞窟に来た人がいるようだ。


「ここに来る用事といえば、まあ戦うとかだよな?」


 つまり誰かの装備が、どこかに落ちているかもしれない。できれば武器がほしい。片手で扱えるものなら尚良し。


「先に探しに行くのもありか」


 本当に荷物があるかもわからない。それでも探すだけの価値はあるだろう。もし武器を得られたら、これからの狩りが効率的にできる。


 まあ荷物は、今はどうでもいいや。それよりも目の前のこいつだ。

 俺はムカデから目を離さずに、指の運動を済ませる。


 凶暴性が見える毒牙を広げている。光栄にも吸血鬼である俺はムカデの餌、足り得るようだ。こちらも遠慮なくやれるというもの。


 ムカデの味なんか知らないし食べる気もないが、俺は舌舐めずりをする。

 楽しみだ。実に楽しみだ。こいつは何をしてくれるのだろう。俺はしっかり対処できるのだろうか。


 ムカデの体にはいくつもの節がある。そこに爪を差し込めば、内部を切断できるかな?

 絶対に避ける必要があるのは、毒がある牙だ。その毒牙が絶対に届かない場所、頭のすぐ後ろに貼り付けば、戦いを有利に進められる。しかし頭の後ろに回り込む方法が浮かばない。とはいえ、やってみれば意外と簡単にできるかも。


 動きはおそらく重鈍だ。体が大きくなれば、それだけ重力からの影響も大きくなる。庭で見る小さなムカデほどの素早さはないはず。

 特異性もなければレベルが高いわけでもなさそうだ。つまり勝てる相手。


 やっぱり俺は戦うのが好きなのかな? ムカデの凶悪な相貌を見ていると、不気味さと気持ち悪さと同時に、愛おしさを感じる。もっと敵意がほしい。本気でなければ、こちらも面白くない。


 ムカデは長い胴を蛇行させる。無数の足がカサカサと動いて止まる。それがこいつの構えなのだろう。俺にはそう感じた。

 俺は腰を落とす。


「いいぜ。来いよ」


 言葉が通じたのか動き出す。全ての節が真っ直ぐ伸びて、一瞬のうちに距離を縮めると、俺の眼前で毒牙が開いた。


 ギリギリと殻が軋む音がした。

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