第20話 大きくて凶暴なうさぎ

 街道は俺が知っているとおりに曲がりくねっていた。青々と茂る植物も風景も見覚えがある。この先に目的地があるはずだ。空に雲はない。雨の心配がない道中は楽なものだった。


 月が真上を通り過ぎた頃、俺は目的の洞窟へとたどり着いた。真っ黒な口が音を反響し唸っている。


「さあ行くか」


 真夜中の洞窟は、どこまでも不気味だ。足を踏み入れると二度と出てこられないような錯覚をしてしまう。

 ただしそれは人間であればの話。俺は吸血鬼で、暗い洞窟の奥もよく見えていた。


 俺は躊躇せずに足を踏み入れる。洞窟は地中に向かうように、下り坂になっていた。


 入口付近には何もいない。しかし奥は違うだろう。

 獲物の匂いを探す。息を吸うとすぐに見つけられた。入って10メートルの角から、そう大きくない生き物が現れる。高さは俺の腰くらい。


 見た目はうさぎに近い。耳が長く後ろ足が発達している。

 うさぎと明確に違うところは、肉食だということ。ゴツゴツした筋肉が浮いていること。そして可愛くない。茶色の体毛に鮫のような牙を蓄えながら、到底うさぎとは思えない声で唸った。

 正式名称はわからない。とりあえず巨大うさぎとしておこう。


「ガグググググゥ」


 向こうも俺の存在に気づいていた。眼を俺から離さない。よく見てみると、牙の隙間からよだれが漏れていた。


「そんなに俺ってうまそうに見える?」


 吸血鬼はあまりいい食料になるとは思えない。まあそれは俺が心配するところじゃないけど。


 巨大うさぎの血の匂いはというと人間に近い。少なくともドラゴンよりは。


 俺はやつの血を求め、やつは俺の肉を求める。

 勝ったほうが相手を食す。そんな約束が無言で交わされた。


 先に動いたのは巨大うさぎだった。後ろ足で跳ねて迫ってくる。立派な顎は閉じっぱなしで、頭から突っ込んできた。


 それはきっと素早い動物なのだろう。しかし強者ばかりと対してきた俺にとっては、鈍く思えてならない。どうしてもドラゴンの突進と比べてしまう。比べると動きが遅くてよく見える。その上、巨大うさぎの装甲は薄い。

 動きに合わせて右手の爪を突き刺した。


「ギュアアアエ!」


 巨大うさぎは空中でバランスを崩し落ちていく。血が飛び散った。

 爪はしっかり刺さったが殺しきれていない。出血量はまあまあだが、致命傷にはまだ遠い。すぐに立ち上がられてしまった。再び後ろ足に力を溜めている。


 俺は爪の間に入った血を舐め取りながら待つ。


 巨大うさぎが走り出した。真っ直ぐ最短距離を突っ走ってくる。

 やはり頭を打ち付けるつもりか。先程と大して変わりがない。そろどころか、怪我で動きに陰りが出た。


 俺はしっかりと頭を避けてから、首元を狙って爪を突き立てた。二度目は一度目よりはうまくいく。想定よりも指先は深く入り込む。血が噴水のように湧き上がった。


 大きく暴れる巨大うさぎ。爪は首の中心まで入っていたようで、気道に入った血で溺れていた。しばらく待つと、巨大うさぎも落ち着いてくる。


 広がる血を勿体ないなんて思いながら、横たわる巨大うさぎを見下ろす。それはもうただの肉塊だった。


 この世界に来て初めて生き物を殺したが感情が動かない。それよりも血だ。血がほしい。


 巨大うさぎのそばで屈み込む。ずっしりと重たい肉の塊を膝に乗せ、傷に唇を近づけた。少し酸味を感じた。




 俺には左腕がない。スライムに食われたからだ。

 牙で無理やり噛み千切った傷跡は、かなりいびつな形だ。骨が僅かに飛び出し、肉はギザギザ、皮の一部分は伸びて揺れている。


 この腕は戻る可能性が高い。ナバトさんによると血の魔法で再生できるとのことだ。

 そのためにも俺は血を求める。血を舐めれば舐めるほど、徐々に力が増していく感覚があるのだ。龍の血で満腹にしてからは、その感覚をより強く感じている。

 レベリングの他にも目標を得る。この洞窟にいる内に左腕を取り戻そう。


 巨大うさぎの心臓は止まった。血の流れはない。俺はそれを抱きしめながらしゃぶりつく。安心感に唇を震わせながら、一滴も逃すものかと吸い付いた。


 次第に巨大うさぎは軽くなっていく。最後には枯れた。もはや何も吸い出せないそれを投げ捨てた。

 一匹分の血を吸い尽くしたというのにまだ足りない。これが吸血鬼の性なのかな。人の食欲とは違う、飲めば飲むほど乾きが増していくようだ。


 俺の口は血に染まり、目は狂気に染まっている。さあ次を探しに行こう。この洞窟にはまだまだ多く居る。この種の匂いは覚えた。匂いをかぐと、ほら見つけた。


 奥へと進むと、影の中から2体の巨大うさぎが飛び出す。どちらも飢えているように前かがみだった。何の脈絡もなく体当たりで襲われる。

 俺はそれを躱すと、細く鋭い爪を突き立てた。

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