第5話 放電
よしよし、武器がうまく髭に絡まった。これで次へ進めるというものだ。飛び跳ねて喜びたい。それをやると海に落ちかねないので我慢する。
いつまでも笑ってはいられなかった。すぐそこまで迫った
大きな波が起こった。船は押されて揺れる。
足元が揺れる中、踏ん張りながら見上げた。船員全員もそうしていた。俺たちの視線の先には
水面から垂直に頭を上げて、つぶらな瞳が船を見下ろす。子どもが玩具へ向けるような目に近い。無邪気であると同時に、一切の加減がなく残酷なのだ。
俺は
「あいつ水を吐くつもりだ!」
ゾッとした表情とはまさにこれか。スーデスは息をつまらせる。
「噂で聞いたことがある。凄まじい水弾を吐き出し、あらゆる船団を粉微塵にしてきたという、あれか?」
「噂は知らないけど、多分そうだよ。一発でも当たったら負けだ」
しかし同時に好機でもある。とにかく大ぶりで、これ以上にない隙を見せてくれるからだ。これをしてくれなければ、討伐難易度が上昇することだろう。
「当たったらってことは、避ける方法もあるんだな?」
俺は「ああ」と頷く。
「それを伝えるために、俺がここに居る」
「もったいぶるな。死ぬより先に対処法を知りたい」
「あいつは吐くとき、必ず頭を後ろにやる。勢いをつけてるんだ。そのときに
「つまりあいつが頭を上げた瞬間に逆方向に進めばいいってことか」
「理解が早くて助かる」
スーデスは震える手で舵を握る。
「奴が頭を上げたとき、進路を反転させる! 大砲の装填も忘れるなよ。やつの顎下を撃ち抜くために、すぐ必要になる」
スーデスから飛んだ指示はそれだけだった。
船員たちは
スーデスは細い息を吐きながら、
ぽかぽかのお日様。穏やかな風。今この場はしんと静まり返っている。どんなに些細な動きも見逃すまいと、その気迫が満ちていた。
舵が切られ船体が軋む。乗員に対し、船に捕まる指示はなかったが、誰もが足を踏ん張り船にしがみついた。
ゆっくりと弧を描きながら船首が方角を変える。
周囲に大きな波が立つ。水面は陥没。まるで隕石が落ちたかのように凹んでいた。
何名かの船員は風圧で転がせられ体を打った。水面ではじけた飛沫が弾丸のように船体に突き刺さる。
大きな波でひっくり返りそうなほど船が傾くと、武器を詰めていた木箱が甲板を滑り海に落ちた。
なんとか直撃は避けられた。スーデスがうまく舵を切ってくれたおかげだ。被害ナシとはいかなかったが、現状はかなり理想的と言える。
俺は尋常ならざる海を見つめていた。もし水弾が当たっていたら、そう思うと笑顔がひきつる。
超局所的な海水の雨が降り注ぐ。
スーデスは濡れて目元に貼り付いた髪を、強引に掻いて退けた。
「被害報告!」
俺が見回してみると、ところどころで血の赤色が目に入る。まさかと思ったが、暗い表情はどこにもない。
「怪我人はいるが、死者はいないぜ! 俺はこのまま船倉を見てくる」
ひとりの船員が言い切ると、答えを待たずに走っていった。残った船員のひとりが、傾いた船で這いながら、大砲へと手をのばす。
「ぶっとばしてやらぁ」
今、大砲で狙うのは至難だ。海は傾き、船は揺れている。
それでも構わず、船員は1発放った。スーデスの指示を待たない独断での砲撃。まるで今しかなかったと言うように、あっさりと躊躇なく放った。
俺はその船員の情報を、スキル【臨摸】で確認する。【命中精度上昇・大砲特化】のスキルを確認した。
「直撃したってのにまるで効いてねぇ」
砲弾は武器からは外れた。顎に当たりそのまま髭の中に姿を隠す。髭は揺れたが、抜け落ちてはいない。
「あの武器を! 引っ掛けた武器を狙って!」
「狙ったが当たらなかったんだ」
この状況で本体に当てられるだけでも相当の腕前だ。
この揺れの中だと、砲弾を全て撃ち尽くしても一発当たればいい方に思える。それを一発目から当ててみせた。
俺の肩が揺れる。スーデスが手を置いたのだ。
「心配はいらない。あいつの腕は本物だ」
あいつとは先程、砲撃をした船員だった。今は別の大砲に取り付いている。
砲弾はまだある。しかし撃てる回数は少ない。もし海に隠れてしまったら、再び水弾を避けなければいけなくなる。そんなことをしていたら命がいくつあっても足りない。船だっていつまで保つかわからない。波に飲まれる可能性だってある。
俺には見ていることしかできない。照準をあわせる船員の横顔に祈るだけで精一杯だ。もっと俺のレベルが高ければ協力できたかもしれない。そんな風に考えてしまう。
大砲の角度が定まる。船員がほくそ笑むと、爆発音とともに金属の球が射出された。
砲弾の行方に全員の命が掛かっていると言っても過言ではない状況だ。皆が注目する。
砲弾は見事斧に命中し、鐘のように甲高い音を響かせた。
斧は砲弾に耐えられず、いくつかに割れた。その破片が髭の中で暴れまわり、数本の毛が落ちる。
「「おぉおお」」
船員たちが堪えきれずに感嘆の声を漏らす。
俺はというと、絶句していた。まさかこんなに早く砲弾を命中させるとは思わなかった。ありえない。自慢気になった船員を見つめる。こいつは本当に人間なのだろうか。
なんであれ、全てうまくいった。後は逃げるだけ。
「船長! 逃げる用意を」
俺が舵をペシペシ叩いていると、スーデスに止められた。
「まさかおまえには、この船が奴に向かっていっているように見えるのか?」
「見えない」
「逃げる用意なんて、あいつを見つけたときから済んでるよ」
顎が波を立てたときだった。着水の衝撃が抜けた髭に伝わり、溜まっていた電気が放出される。目を塞ぎたくなる閃光が満ちた。
海に大量の電気が流れ出し、一帯が光り輝く。
あまりにも眩しくて、目を開けているだけでやっとな具合だった。目の代わりに口を開け、大きな笑い声を上げる。
「知ってるかい? 今落ちたら感電して死ぬんだぜ」
「言われなくてもわかる」
トリプレッツガーデンではこうして痺れさせてから、背中に登って攻撃をする。もしくは海を凍らせたり、衝角がついた船で体当たりしてもいい。
今の我々では攻撃力が足りなさすぎるので逃げるのみだ。
「相当効いたようですね。やっこさん、沈んでいきます」
船員が誇らしげにそう言った。他の船員も楽しげに相槌をする。
まるで打ち上げムードだった。ここはまだ海。
「油断はするべきじゃない。動きを止めはしたけど、生命活動には影響がないはずだから、運が悪ければまた襲ってくる」
俺が声を上げると船員の注目を集める。
ひとりの船員が酔ったかのように肩を揺らしながら近づいてきた。
「心配しすぎだぜ坊主。おまえの助言に助けられたみたいだが、俺たちは勝ったんだ」
「勝っちゃいない。ひるませただけだ」
「なんだと? 勝ってないとはどういう意味だ。どうしてそうケチつけたがる?」
「あいつは痺れが取れたら、今までと同じように動き出すんだよ。だから今こうして逃げている」
「だが確実に弱ってる。今なら俺たちでも戦ってやれるかもしれないぞ」
「舐めすぎだ。たとえあいつが死にかけでも、今の俺たちじゃ絶対に勝てない」
「おまえこそ、俺たちを馬鹿にしすぎだろ」
こいつはレベル差というものを知らんのか。
軽く言い合っていると、スーデスが船員の方に拳骨を落とした。落としたと言うには威力があって、船員は転ばないまでも押し飛ばされたけど。
「はしゃぐのは陸に着いてからにしろ」
「でも船長、このガキは役に立ったかもしれないが奴隷なんだぞ」
「役に立つなら、それで十分じゃないか。しかし言いたいことがあるなら俺は止めねぇよ。ただし、やるなら陸についてからやれ。今は他にやることがあるはずだ」
船員は渋々だが頷いて消えた。
「でだ」
スーデスが俺を見下ろす。
「これでどれくらいの間、足止めができるんだ?」
「そう長くは保たないよ。でも視界から外れるくらいならできるはず。あとは
船は旋回をしながら進んでいく。
慣れとは恐ろしいものだ。かなり大きな波がぶつかってきても、俺は気にならなくなっていた。
手すりに頬杖をついて、船員と海を交互にみやる。
ふと思い出したことをスーデスに投げかけた。
「そうえばグラスコが言ってたけど、急いでいたんだろ? 大丈夫なのか?」
「その話か。今は考えたくないな。アレと出会ってしまった時点で破綻している。積荷もいくつか海に放り込んでしまったしな。これはどうしようもない」
「弁償か」
「もしくは逃げる」
「俺が積荷を捨てさせちゃったわけだからな。もっと安く付く撃退案を出せればよかったんだけど。なんか申し訳ない」
「気にするな。おまえのおかげでまだ生きているんだ。上々上々。俺にとって俺たちの命より高いものはない」
「それならいいけどさ」
緊張の糸が解けている。油断するなと言った俺ですら、あくびが出そうなほどだった。
まだ危険性がなくなったわけではないが、ここまでくればほぼ逃げ切れる。これはトリプレッツガーデンでの経験則だった。
海が穏やかになっていく。気持ち良い日差しに、ささやかな風。呼吸をするだけでも気分がいい。
この船は沈む運命にあった。トリプレッツガーデンのプロローグの通りならそうなっていただろう。
俺はそんな未来を捻じ曲げて、この船に乗る全員を助けた。船は無事。死者はなし。怪我人はいるけど、これくらいは大目にみてほしい。
これからどうなるのだろう。悩みを思うとため息が漏れる。
俺は奴隷として売られてしまうのだろうか。そんなことを考え始める。未来について考えるなんて、余裕が出てきたものだ。これじゃあ船員に、油断するななんて言えないじゃないか。
せめて格好だけでもと、船尾から顔を出す。
「あれ?」
「どうした?」
船の後ろにぴったりとくっつく影があった。とても小さな影だが、徐々に近づいてくる。その影が僅かに大きくなった瞬間、確信した。
「スーデス! 逃げろ!」
叫びながら船首へ向かって走る。
俺が帆を潜ったあたりで、船全体に衝撃が広がった。今までの波がかわいいと思える衝撃だった。
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