第4話 最初の一手

 ひび割れた水宝石クィヴェリアが水面に落ちる。今までと比べ物にならない大波が、船を壊さんばかりの勢いで揺らした。

 転覆はしなかった。しかし次があれば、どうなるかわからない。


「誰も振り落とされてはいないだろうな!」


 スーデス船長の怒声に各々船員が答える。どうやら全員無事らしい。ならば次の行動にも移りやすいというもの。


「スーデス船長、腕掴んでくれて助かったよ。おかげで落ちなかった」

「軽いガキを支えただけだ。この程度じゃ労力にもならん」

ひび割れた水宝石クィヴェリアを止めるために、俺は君たちに労を強いるけど」


 君たちと言ったところで、スーデスの眉間に僅かにシワが寄る。何やら思うところがあるようだが、俺は無視をした。スーデスも深追いはしてこない。

 それよりも船の進路変更を先に済ませる。ひび割れた水宝石クィヴェリアは旋回が苦手。その特徴を利用するため、しっかりと斜めに進むよう進路を取っていた。


 船首の向きに関しての口出しはしなくていい。俺が求められているのはその先の助言だ。

 スーデスは忙しそうだが気にせず、汗をかく横顔に要求をぶつける。


「とりあえず武器を上まで運んでもらえます? 積んである分を全部。でもさっきみたいな波で投げ出されてはたまらないから、しっかり固定するか、すぐに甲板まで上げられる位置に移動させるように」

「それが必要なことなのか? わかった」


 スーデスは船員の安否を確認したように、再び声を張り上げる。


「おまえら! 積んでいる武器、商品も全部、甲板まで上げろ! 縄での固定を忘れるな! 手が空いているやつは大砲をいつでも撃てるよう用意しろ!」

「「ヘィ!」」


 船員たちはスーデスの指令に従い動き出す。ひとりひとりが自分の役割を即座に理解し、滑らかな協力作業が行われていく。


「連携が取れてる。すごい、芸術的だ」


 ふと漏れた言葉は俺の本心だった。

 気を良くしたか、スーデスは自慢げに頬を緩める。


「当然だ。あいつらを誰だと思っている? 俺の部下だぞ」

「これは頭が上がらないや」

「それで武器をどうするつもりだ? 剣槍斧、あとは盾もいくらかあるが」

ひび割れた水宝石クィヴェリアの髭を使うために必要なんだ」


 ひび割れた水宝石クィヴェリアの金色の髭には電気が貯められている。それを利用するしかこの窮地を脱する術はない。


「だがひび割れた水宝石クィヴェリアには電気に耐性を持ってるんじゃなかったか?」

「やり方があるんだよ。あの髭、意外と抜けやすいだよね」


 トリプレッツガーデンでのひび割れた水宝石クィヴェリアへの正攻法。それは髭の電気を暴発させるところから始まる。


「確かに電気じゃ大してダメージは与えられない。でも効かないわけじゃないんだ」

「足止めにすらならないはずだ。ひび割れた水宝石クィヴェリアは、狩りに自分の電気を使う。毎日のように自分の電気を放出してるんだぞ」

「その認識は少し違う」

「なんだと?」

「狩りに使うのはそのとおり。毎日電気を流しているのも間違いない。でもひび割れた水宝石クィヴェリアが、電気への圧倒的な耐性をもっているわけじゃないんだ」

「話が見えん。答えを言え。余裕がないと言ったはずだ」

「簡単に言うと、ひび割れた水宝石クィヴェリアは電気を操るのが得意なんだよ。髭に溜まった電気は、やつの手足と同じだ。捉えた獲物だけを失神させるなんてお手の物」

「つまり毎日狩りをする度、自分も少しは痺れてるってわけか?」


 その可能性もある。想像してみると可愛く思えてきた。


「あいつはね自分が行動不能になるほどの電気を、普段は決して流さない。つまりそれ以上の電気を流すしか無い状況を作るか、暴発させてやれば、ひび割れた水宝石クィヴェリアは自分の電気で痺れるよ」


 今回目指すのは暴発だ。髭を何本か、抜くか切り落とす。すると水面に電気が溜まった髭が浮くわけだ。体から離れた髭は、ひび割れた水宝石クィヴェリアでも制御できない。それに衝撃を与えてやれば、海が天然のイルミネーションになるわけだ。


「不安要素もあるけどね」


 船の後に現れた影が、肥大を始めた。深くまで潜ったひび割れた水宝石クィヴェリアが、水面に向かっているようである。


「それで武器を用意してもらった理由なんだけど」


 船員が次々と武器を上げていた。木箱に詰まったそれが、順次増えていく。


「武器をやつの髭に絡ませる」

「なにっ?」


 スーデスは大きな衝撃を受けたらしい。驚いた顔を隠そうともしなかった。

 まあそうなるよな。


「不安要素ってのはそこでさ、剣って水に沈むじゃん。投げて外したら終わりなんだよね。理想としては投げて絡ませたいけど、最悪は泳いで近づいて直接結ぶって形になる」

「そもそもひび割れた水宝石クィヴェリアの髭には、そこまで物が絡まりやすいものなのか?」

「基本的には捕らえたものは出さないよ。髭に舌を突っ込んで獲物を食べることもあるみたいだし。武器を獲物だと誤認させられればいい。ひび割れた水宝石クィヴェリアはそう賢くないからこれは大丈夫」

「わかった。じゃあうまく髭に武器が絡まったとする。次は?」

「大砲を髭に向ける。できれば絡まった武器に当てたい。それで武器が折れれば、衝撃で周囲の数本は落ちるはず。落ちるようにできてる。当たらなくても髭を大きく揺らせたら、武器が振り子みたいになって抜ける」

「髭は顎下にあるんだぞ。そこを大砲で狙う? 潜られたらできないぞ」

「それは大丈夫だよ。ひび割れた水宝石クィヴェリアは海面に顔を出すのが好きだから」


 ひび割れた水宝石クィヴェリアにはエラがない。つまり肺呼吸であるはずだ。ずっと潜ってはいられない。まあ一度顔を出せば、数時間くらい平気で潜れそうだけど。

 それを抜きにしても大丈夫だ。ひび割れた水宝石クィヴェリアには、水上から水面への攻撃手段を備えている。そのときに顎を大きく晒す。


 ずいと巨影が接近してくる。波の隙間から、背中が浮き上がり始めた。背中に日が当たり照り返す。その輝きは見ている分には綺麗だ。凶暴性がなければ海の美として数えられていただろう。


 スーデスが船員に呼びかける。


「野郎ども! 運んだ武器を、軽いものから順に奴に投げつけてやれ! 保険のために一部にはロープでも括り付けて、回収できるようにな」


 船員は一斉に答えると、疑うことなく指令を実行する。次々と鉄の塊が海に放り込まれた。


「これで船が軽くなるってことですかい? ついでに奴に引っ掛けてやれば、多少は泳ぎにくくなる」


 一部の船員はそういった勘違いをしているようだった。認識がどうであれ、うまくやってくれるなら問題はない。


 武器は次々と投げ込まれ、水底に沈んでいく。ひび割れた水宝石クィヴェリアに当たるものもあれば、届きすらせず落ちていくものもあった。

 金属製の武器は重いだろうに、船員たちはよく投げ飛ばせるものだ。かなりの身体能力がある。


 俺が関心した武器投擲だが、ひび割れた水宝石クィヴェリアにはまるで効いていなかった。頭に当たろうが進路上にあろうが、無視して突き進んでくる。


 船の手すりに体を預け、じっとひび割れた水宝石クィヴェリアを見つめる。武器はしっかりと髭に絡まっているだろうか。まだ顎は海の中にある。水面がキラキラ輝いて見えない。


 投げ込まれた武器は数十にものぼった。

 もし髭にひとつも絡まっていなければ、早急に別の策を考えなければいけない。今も考えているが、その策がまるで思い浮かんでいない。だからこそ、武器の投擲に掛ける思いが強くなっていく。そんなときだった。


「船長! 奴が釣れましたぜ」


 ひとりの船員が、ピンと張ったロープを手にしていた。そのロープはひび割れた水宝石クィヴェリアへと伸びている。

 外して沈んだときに再利用できるよう、武器に括られたロープだった。それがひび割れた水宝石クィヴェリアへと向かっているということは――。


「よくやった。それで次は大砲だったな?」


 俺は何度も強く頷いた。

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