第50話 やるしかない
清美は思わず泣き出してしまった。
「もう死ぬんだ。私、死んじゃうんだ」
ごろんと転がるようにして物体が清美のすぐ近くにやってきた。
「やめろ!」と川田は叫ぶものの、彼もまた、動けなくなり膝をついてしまう。
「あ、本物だ」と清美は、自分のすぐ近くに転がっている希愛の顔を指先で触った。「温かい」
「信じちゃだめだ」と川田。
「清美」とその指を両手で握る希愛。その手は冷たい。
また雨が激しくなってきた。顔に雨粒が当たると痛いほどだ。
「消えろ、化け物」と川田は、希愛の手を掴んだ。そのため、清美の体は自由になって足元に転がってしまう。
「化け物じゃない!」と清美は川田の足を蹴った。
「痛てっ!」と叫ぶ川田。もちろん、骨折しているかもしれない傷ついた足を蹴られたので、頭まで痺れるほどの痛みに地面に転がった。
大男の川田、清美、希愛。三人がゴロゴロしている状況。そこに再び勢いを増した容赦のない雨が降り注いでいた。
晴れた土手の草むらなら青春の一ページと言えなくもない光景だが、そろそろ真夜中になろうかという時刻、真っ暗闇、山の斜面の道なき道で、いやというほどの雨が降っている。
「痛い!」
転がってきた川田の体が、清美にぶつかり、清美の体が、膝をやってしまった希愛にぶつかり……。
「痛い」
「痛っ!」
「いっつぅ!」
お互いに、どうやら生きていることを確認し合うのだった。
「川田です。崖崩れに巻き込まれて、腕と足をやられています」
「吉岡希愛です。清美たちのマネージャーで、膝と腰をやってしまいました」
倒れたままの自己紹介。
「それより、奇妙なものを見なかった? 大勢の兵隊とか?」と希愛。
「あー」と清美。「見てはいないけど、足音は聞いた。希愛さん、見たの?」
「見た」
「見ちゃったのか」と川田。「この山は普通じゃないんだ」
「それはもう十分にわかっていますけど、これからどうするんです。トンネルは?」
「ダメ、あそこに戻っちゃ」と清美。悲惨な光景を思い出す。
「なにがあったの? ほかの子たちは?」
「日奈子はトンネルで死んだ。美波と明日華はロケバスに乗ったまま道が崩れて落ちた」と清美。
「そんな……」と絶句してしまう。誰も助けられなかったというのか。
「ほかの人たちは?」
「みんなトンネルで……死んだ」
「全員? ホントに?」
「詳しいことはわからないけど、とにかくみんな……」
これまで必死に行動していた清美だが、いまは気力も失せてしまいすべてが面倒くさい。
「そうだ」と希愛は、また転がるように這うように、藪の中へ頭をつっこで「これこれ」となにかを引っ張りだした。
ガサガサするレジ袋。中に、コーヒーのボトルとチョコレートの包み。
「元気出すのよ」
「希愛さん、ありがとう!」
清美は力を振り絞り、希愛が渡してくれたボトルを口元に運び、少し上体を起こしながら中身を口に入れ、「うっ!」とうめき、ゴクリと一口飲んで「なにこれ!」と叫びます。
「ほら、元気、出てきた」と希愛。
「めちゃ、マズイ」
「しょうがないでしょ。コーヒー飲んだあとに雨水入れただけだから」
「うそっ!」
「貸せ」と川田がそのボトルを受け取ってゴクゴク飲んでしまう。
「少しコーヒーの香りはする」
「でしょ? まだ二回目だから……」
「二回目! ふざけないでよ」と息巻く清美。
「確かに元気が出てきた」と川田。「そっちは?」
「あ、これは、包み紙だけ」
「えー」
チョコレートは一個ずつ小さな包みになっていたのだが、すでに希愛さんがすべて食べてしまい、ただの紙。
「ゴミじゃない、ゴミ!」
「だけど、香りがいいの」と希愛は紙を鼻にあてて、チョコレートの香りを楽しむ。まるで魔法の薬でもあるかのように。
「信じられない。あんた、マネージャーでしょ!」
気付けば清美は立ち上がっていた。
「ほらね、元気、出たじゃない」
倒れている希愛と川田。どちらも負傷している。つまり、大したダメージがないのは清美だけなのだ。
「わかった。私がやるしかないのね」
思えば細い体と足りない知恵と歌唱力で、ネコノミニコンを引っ張ってきた清美。有り余るパワーこそが彼女の才能だ。彼女なりの考えで事務所社長のいいなりになって愛人っぽい関係にもなり、踊りは出来るけどがさつな子や、可愛いルックスなのに努力せず歌がうまくならない子や、歌も踊りもそこそこできるのに名前を誰にも覚えてもらえないぐらい平凡なルックスの子や、所属しているはずなのにレッスンにも顔を出さない幽霊メンバーなどを無理やりまとめてここまで来たのだ。
根性の点だけは、誰にも負けないつもりだ。
それは清美には、ネコノミニコンしかないからだった。気がつけば二十四時間、アイドル活動。そもそもへこたれない根性だけが武器だった。
「どうすればいい? 私、なにをすればみんなを助けられるの?」
スーパーヒーローのようなセリフが自然に出てきた。
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