第23話 高森翔大

 お話変わって……。

 何度も何度もお話が変わって申しわけありませんが、なにせ、いろいろなことが一度に起きておりまして。

 こういうとき「お話変わって」とたったひと言で場面をチェンジできるのはとても便利ではございますけれど、どうかみなさん、必死についてきてください。

 ではここで、これまでのダイジェストをギュッと縮めてご覧にいれますと……。

 江戸時代に銀鉱山に目のくらんだ代官のせいでトンネル工事の人柱となった村娘トキの伝説。第二次大戦の終戦間近というときに蛇角山トンネルを本土決戦に使えると思った旧日本軍たちが不思議な現象に巻き込まれた話。それを記した郷土史家の本を手に入れ、1990年代にテレビで荒っぽく紹介した番組があり、それがネット上に記録として残っていたこと。21世紀になった今日、オカルトや心霊現象を取り上げるネット配信番組の製作者がそれに目をつけました。経験したことのないような大雨になると警報が出ているというのに、ロケを敢行。ふとどきにも立ち入り禁止の柵を壊してトンネル内に入ったりもしおりますと、警告にやってきたパトカーと二人の警官。なんとか撮影を切り上げて下山しようとしたものの、バチが当たったのかがけ崩れが起こって道がなくなってしまいます。雨がますます激しくなっていく中で、下山できない、ロケバスも動かせない、歩いてトンネルまで戻らなければならないといった事態。おまけにスマホも警察の無線もなぜか通じません。

 一方、道路を削り取ったがけ崩れに巻き込まれたのが、美桜でした。やはり郷土史を研究していた父、二人の兄ともに、正体不明の大男に惨殺されて誘拐されていたのでございます。

 ここまで大丈夫でしょうか?

 話はまだまだややこしくなってまいります。

 ここからしばらくは、高森翔大たかもりしょうたにお付き合いください。二十八歳。大阪で生まれ、東京、新潟、名古屋で育ち、いまこうして蛇角山の見える町に警察官として赴任してきたばかりでございます。この地域の県警で何ヵ所か派出所勤務などをしておりましたが、縁もゆかりもない地域で生きることには慣れております。父親は通信関係の技師として転勤が多かったこともあり、クセのある地域で生き抜くための知恵も豊富になっております。

 今度は小さな地元警察署勤務。この地域、派出所はあまりなく、パトカーでの見回りが主でありました。

 ドラマならバディなどとカッコいい呼ばれ方をする相方は、長年この署に勤務している岡崎守、四十二歳の厄年、本厄のど真ん中。市長選を巡ってどうやらやってはいけないことに手を出したらしく、信頼厚い警官でしたが出世の道は閉ざされ、地域の警らに当たっています。

「このあたりはね、選挙が最大のお祭りなんだ。実弾、いや、みんなそう呼ぶけど、現金のことだな、お金。それが飛び交う。接待なんて当たり前。飲ませて食わせて抱かせてってやつ……。高齢化で抱かせる需要は減ってるからか、その代わりがお金ってことなんだろうね。先の短い年寄りだって欲はなかなかのものですよ」

 問いもしないのに、ポロッとそんなことを高森君に言うほどですから、署内でも岡崎って男のことは知れ渡っております。

「この年で辞めてもねえ」としがみついている。「議員の中に、いい仕事を世話するなんて言うヤツもいるけど、そもそも次の選挙でどうなるかわからないやつの世話になんてなれねえよな」

 岡崎の言葉はこのあと内心ではございますが「ヤクザの世話になった方がよっぽどいい」と続くのでございます。

 この地方の権力構造は、法と正義の警察、検察、裁判所に、政治家とヤクザが切り込んでいき、なんとか自分たちの思うようにしようとしてきた戦後の長い歴史が色濃く残っております。政治家とヤクザは反目したりくっついたり互いに利用したりを繰り返しております。その結果、司法の内部にはいくつかの派閥が生まれ、今回の岡崎のしたことがバレたように、お互いに監視し合うような状態なのでございますが、このあたりのお話は、むしろ『孤狼の血』みたいなことになりますので、別の話といたしましょう。

 とはいえ、どんなことでも中身の質は全体の構造によって規定されてしまう部分がございます。あ、ちょっと難しい言い方をしてしまいましたが、要するに器の形が中身のありようを決めてしまうわけで、歪な容れ物に入った物は、歪にならざるを得ないのでございます。

 江戸時代の悪代官しかり、旧日本軍しかり、その中であくせくする人たちは、器の形によって知らず知らず、考えや行動にあるクセがつくようにと強いられております。それが嫌なら器を壊すか、器の外へ出ていくしかないわけで……。


「蛇角病院の院長な、あれ、いい人そうに見えるけど、相当だから気をつけろよ」

 この日もパトロールで必ず立ち寄る病院に、雨の中、二人が到着すると、岡崎はニヤニヤしながらそんな余計な話を、若い高森翔大にする。

「こんなところに病院作りやがって」

 便利のいい町中ではなく、そこから車で十分ほどの蛇角山が間近に迫るほどの場所に、病院をわざわざ作ったのにはなにか裏があるかのよう。

「いずれ市長か県知事か、てな」

 病院は三階建ての鉄筋鉄骨コンクリート造り。真っ白な外壁。道路から見えるところに黒く「蛇角病院」と大きく書かれているだけではなく、その下に「院長 医学博士 鴻ノ巣岳男」と名まで記されている。さすがに顔写真まではないのだが、見事なまでの自己顕示欲。あるいは承認欲求。

 その壁面を眺めながら緩いスロープを上がったところが病院の正面で、屋根の突き出た車寄せとなっている。パトカーはそこを素通りして関係者用の駐車場につける。

 雨の中、ずぶ濡れになって、雨用のカバーをつけた制帽、雨用の白いコートを着て玄関から二人は入る。

 地元の病院とあって、外来受付の時間は四時までなのに、患者が来ればいつでも対応してくれる気安さもある。救急外来もあり、入院施設もある。MRIといった最新設備も一通りあり、人間ドックもやっている。地元政治家などは、足繁く世話になっている。

 一方で、ホスピス、介護といった面でも対応しており、町中ではなく、環境のいいこの場所を選んだ理由について、入り口近くのプレートにくだくだと書かれており、そこには院長の顔写真もニッコリと微笑んでいる。鼻の下にヒゲがあり、全体に丸い顔で壮年をいい意味で表現している。太り過ぎながらも健康そうに見える。意欲というか圧がみなぎっている。

 誰もいない待合室。雨が激しくなりそうなので、地元の人たちも暇だからと立ち寄ることもない。天井の蛍光灯は半分に減らされている。

 受け付けも真っ暗で誰もいない。

 しかし、おそらくセンサーが感知したのだろう、奥からスタスタと軽い足音とともに、白衣に青いカーデガンを羽織った中年の女性がやってくる。

「川田さんだよ。ここを仕切っている人。婦長さん」

「あら、岡崎さん。仕切ってるなんて……。そんなことはないんですよ。婦長でもないですし。ただちょっと長くいるだけの看護師です」

「いえいえ、院長からうかがっていますよ。川田さんがいなくちゃここは回らないって」

「ホホホ」と上品そうに笑いながら、否定はしない。小肥りなのかと見ていたら、近づいてくると高森より背が高いぐらいの大柄な女性だった。それが薄いピンクがかった白衣を着ているので、なかなかの迫力だ。

「弟さんはどうしてます?」

「その節はお世話になりました」と川田が軽く頭を下げる。「まだ仕事がなくてブラブラしているんですよ、困ったものです」

「なにがあったんです?」と高森もつい会話に入る。

「彼、ここ初めてだよね。高森君。よろしく」と紹介。「いやあ、不審者に間違えられたことがあったんだよね。町から少しはずれたところに五軒ほど固まった古い集落があって、そこのお年寄りから怪しい人影があるって通報があったんだ。行って見ると川田さんの弟さん。なんせけっこう体格がいいものだから、びっくりされたんだろうね。あれで郷土史の研究とかしているんだものね」

「困ったものです、働きもせず」

 看護師の川田はちっとも困ったような表情ではない。

 岡崎先輩は高森に、地元の人たちと親しげに話す姿を見せつけている。これでは「そうですか」とわけがわからないなりに、相づちをするしかない。

「なにか変わったことない? これから雨、もっと酷くなるらしいから気をつけてほしいんだけど」と岡崎。

「そうそう、実は……」

 東京からネット配信の番組スタッフや、知らないながらもそれなりに可愛いアイドルグループらが到着して、いまトンネルへ向かっていると聞かされた。

「トンネル? 林道で? 車ですよね」

「マイクロバスみたいな、なんて言うんでしたっけ、そうそうロケバス」

「それは……」と思わず高森も声をあげた。「もうこの時間ですからね。いま戻って来ているならいいですけど」

「だな。ちょっとマズイかもしれない。ありがとう。探してみよう。早く引き上げてもらわないと」

「ええ。蛇角山が暴れたら大変ですからね」と川田。相変わらずの笑顔で、まるで暴れることを期待しているかのよう。

「暴れる?」と高森。ですが、岡崎先輩はそのまま彼を引きずるようにしてパトカーへ戻るのだった。

「えー、本部どうぞ」と岡崎が無線でいま聞いた情報を報告し「これから引き返すように促します」と許可を求める。もちろん本部も了承し「状況を逐一、報告してください」と言われた。

「あのな」とパトカーのハンドルを握った岡崎が、いくぶん緊張している。

「蛇角山はいろいろ因縁があるんだ。定期的に土石流も発生している。十二年前だから、さすがにおれもここにはいなかったけど、三人ぐらい巻き込まれて一人は行方不明でいまだに遺体は出ていない」

「そうなんですか」

「かわいそうにな、女の子を産んで間もないお母さんだって話だ。携帯電話だけ発見されたらしい。そのとき、さっきの川田さんも一緒にいたんだ」

「えっ?」

「あの病院で出産したんだ。それで仲良くなって、院長や看護師さんたちと健康のための山歩きをするようになっていたんだよ。それで……」

「でも、雨の日にわざわざ?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る