第9話 霊能者・細野屋籐七朗
何度かの打ち合わせを経て、希愛は半地下アイドル四人を引きつれてマイクロバスに乗り、林道を上っていく。
最初は潤沢に思えた予算もいざ撮影となると、かなり底が見えて、スタッフはカメラマン、ディレクター、音声と照明担当を兼任のわずか三人。朝まで酒を飲んでいたような中年男たちばかりだ。そしてやたらに声が大きい。羽織袴に黒マント、ひときわ背の高い霊能者・細野屋籐七朗は、年齢不詳ながら六十歳以下ということはなく、六十代か七十代か。スタッフとしては若手に入る運転手兼AD。この二人は例外的に小声というか寡黙。合計、十人で蛇角山トンネルへ向かうのだった。
折しも、天気予報では付近に雨雲が厚く流れ込み、いわゆる線状降水帯の発生もあるかもしれぬ状況であるにもかかわらず、「スケジュールがないので、とにかくトンネル付近で撮影しちゃおっか」ぐらいのノリでロケを決行している。
スタッフたちは前泊していた。半地下アイドルたちは、敏腕マネージャーになりつつある希愛の奮闘で、いくつかの小規模イベント、スーパーの駐車場での営業などをやりながら現地へ移動。現地前乗りの予定だったが、低気圧の影響で鉄道や道路の状況が乱されて仕方なく別の場所で宿泊。やっとの思いで最寄り駅に到着したのがすでに午後となっていた。六時間押し。いわゆるリスケ、スケジュールを作り直そうとしたものの、スタッフの日程、編集のためのスタジオの日程などもあり、そして予算の壁にぶつかって「やるしかない」となったのだった。
遅れて到着した一行は、無人の駅から麓にある蛇角病院へ。手配していたタクシーで移動。そこがいわば前線基地。町の役場に頼んだところ、比較的最近できた三階建ての鉄筋コンクリート造りの蛇角病院内に設置されている集会場を借りることができたのだった。
五十代の院長、鴻ノ巣岳男氏や中年の看護師らが迎えてくれ、そこで簡単なリハーサルと打ち合わせをし遅い昼食を取った。
「ぶっちゃけ、現地の雰囲気だけは昨日収録しているんだけど、色気がないからさ。なんてったって恐怖と色気は絶対だから」とディレクターの失礼な、そして大声で告げられる言葉は、希愛だけの胸の内にしまい、「みんなが必要なんだって」と帰りたがるメンバーをなだめてロケバスに乗せたはいいが、モチベーションはダダ下がり。
「現場にはトイレないから、気をつけて」と希愛は一応は注意する。年上でしかもこの仕事で長くやってきた清美にはなぜか彼女の言葉は通じない。
「平気よ、平気」と女子たち、和気あいあいと病院で貰った焼き芋やお菓子を食べながらペットボトルのお茶を飲み、遠足気分。
「一発かまして帰ろうぜ!」といった妙な勢い。
プロ意識の欠けらもない、と言うべきかもしれない。そもそものプランで「普通の女の子として登場してほしい」と言われ、巫女の衣装のシーンだけではなく、自前の普段着で、化粧も地味目のシーンがあると言われているので気が抜けてしまったのだろう。
いよいよ蛇角山トンネルへ向かう林道に入ると、雰囲気もしだいに変わっていった。坂はときおり急角度になる。厳しいカーブもある。砂利道で雨に濡れてスベりやすい。薄暗く昼間でもヘッドライトで照らしながら慎重な運転になっていく。タイヤはときどき大きな轍に落ちたり、石を弾き飛ばしたりいたして、大きく揺れたり激しい音が足元でボコボコとしたり。そのたびに彼女たちは「キャーキャー」と騒ぎ、そのせいか徐々にテンションだけは高くなっていく。
慣れっこなはずの希愛も、いささかうんざりしてきた。
「いいですね、元気で」とディレクターに嫌味を言われる。
「すみません。設定は永遠の十代なので」と言いつつ、声がでかいんだよ、とヒヤヒヤする。
「あなたは落ち着いてますね。助かります」
「いえ、そんな……。それより、あの方、大丈夫なんでしょうか?」
希愛は、メンバーのことよりも気になるのは、一番前の席、運転席の真後ろにいる霊能者・細野屋籐七朗である。
羽織袴と黒いマントの出で立ちは、帽子をかぶれば金田一耕助のコスプレとして通用しそうだ。頭はツルツルに剃り上げ、無防備極まりない。せめてなにかを被ればいいのに、と希愛も思う。そのツルツル頭がクルマの動きに応じて揺れる。背が高い上に背筋をピンと座っているので余計に目立つ。
「どういう意味です?」とディレクター。
「なにか、その……。言葉では表せないものが」漂っているような気がしてならないのだ。希愛は仕事の勘は大したことは無いのだが、妙なところで悪い予感を発揮する。柔道を諦めたケガの日もそうだった。悪い予感だけは、彼女にとって自慢できない特技なのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます