第8話 ネコノミニコン

 企画というものは、作られてはボツになり消えていくかと思えば浮かび上がり、焼き直され盗まれ改竄され、とにかくいいように扱われてその多くが日の目を見ない。企画の霊に祟られてもおかしくないと思うわけでございますが、たまたまどうしたわけか、なにかに取り憑かれたようにどんどん進む企画もあるのでございます。なにかとなにかが偶然に重なって、そして魔が差すのでございましょう。


 スポンサーがつき、制作費のメドが立ち、スタッフのスケジュールが空き、なおかつ関係者の知り合いを通して、うさんくさい芸能事務所がなぜか参加を表明。急に企画は華やかになっていった。

 ネクロノミコン (Necronomicon)ならぬ「ネコノミニコン」なるアイドルグループもそこに巻き込まれた人たちだ。ネコ耳をつけた巫女さんスタイルで歌い踊る。代表曲(彼女たちは「神楽」と称している)は「アマテラス・アホテラス」、「天地が裂けても愛がある」、「ハヤトの明日」などなど。知っている人は日本広しといえど、五十人、いや百人いるかどうか。ライブを「祈祷」と呼び、少数ながら例によって熱狂的なファンがいた時期もあったことはあった。

 地下アイドル風ながらも、芸能事務所にはそこそこカネと力とコネがあり、かといって地上波の番組に堂々と出られるほどではなく、誰が言ったか「半地下アイドル」であった。

 それでも援交がバレた、親兄弟がなにかやらかした、ヤバイ写真が流出などなど、ゴタゴタだけは一流で、相次ぐメンバーの交代もありながら「このコンセプトは支持されている」と思い込みつつ猛進ならぬ盲信し、解散の「か」の字もない。

 もう一つブレイクしない。その理由は明らかなようで明らかではない。いつか出たかった「有吉反省会」も番組そのものが終わってしまい、終わり方もわからない。

 どうしたものかと思っていたところに、このプロジェクトが舞い込んで、社長即決でGOサイン。いや飛びついた。猫まっしぐら。

「というわけだ。吉岡君、きっちりやってくれよ、チャンスだよ」

 社長に言われて驚いたのは、吉岡希愛(きあい)。若いマネージャー。希望と愛で「きあい」などというキラキラでもない名をつけられたのだが、県大会で優勝したこともある柔道の選手で、身長こそ百六十にわずかに足りないものの横幅はがっちりとして、「やわらちゃん」と呼ばれたことは一度もなく「ミニ・ゴリラーマン」あるいは「ミニラ」と影で呼ばれるぐらいの迫力の持ち主。

 彼女は柔道で大学へ進学したもののケガに悩まされて選手を諦め、トレーナーの道へ進もうとしていたところ地元の有力者の口利きで「東京へ行って来い」とある人を紹介された。

 それが地下アイドルもやっている事務所の社長だった。この社長、もともと一等地にいくつかのビルを持つ地主の家系で不動産からはじめてバー、スナック、たこ焼き、唐揚げとさまざまな店舗も展開。口八丁手八丁。嘘も方便。恥知らず。細かい稼ぎに目がない。コロナ禍では、マスク販売、キッチンカーのレンタルなど地道に稼いで売上を確保するやり手だ。

 希愛は、もしかすると、いずれジムあるいは柔道教室が持てるかもしれないと気合いを入れて飛び込んだ結果、「ちょうどよかった!」とばかりに、不祥事の相次ぐ「ネコノミニコン」のマネージャーに抜擢されたのだった。

「芸能界なんて知らないです、マネージャーなんてできません」と突っぱねる彼女に、さすが口八丁手八丁の社長、「君ならできる」「こういうのを経験しておけば、絶対に将来、役に立つ」と言いくるめ「とにかく一年、いや二年、できれば三年やってくれ」と強引に引き受けさせられたのだった。

 このときの「ネコノミニコン」のメンバーはわずか四人。アメノ凜こと大橋清美、カゼノ麗こと柏木美波、ツチノ純こと滝川日奈子、アメノ景こと福原明日華。実は五人目と六人目もメンバーとしては存在しているものの、無期限活動休止中。メンタルとか経済事情などもろもろの事情で在籍こそすれ、レッスンにも来ない。

 本来、第一期は五人いて全員「アメノ」からはじまる名をつけられていた。アメノ凜が唯一の生き残り。もう一人のアメノ景は最近入ったばかり。アメノ一族復活のために凜と景の二人組のユニット「あめりんけん」としても活動を開始している。

 以下、芸名はややこしいので本名で記述する。

 年齢もまちまちで、リーダーの大橋清美は二十九歳。柏木美波は二十五歳。滝川日奈子と福原明日華は二十三歳。

 ユニットにして活動しようというぐらいなので、清美と明日華は歌がそこそこ歌える。美波は一番、かわいいと評判ながら歌も踊りもいま一つ。努力が苦手な子なのだった。日奈子は踊りが大好き。声はガラガラ。男の子のような性格で、ファンが望むような女の子らしさが苦手。

 清美と明日華はその点で演技もある程度勉強し、平気でウソもつけて、笑顔もキュート。地下アイドルらしいといえばらしくもあり、アイドルとしては平凡といえば平凡。まさに半地下アイドルにふさわしいキャラだ。

 社長やファンは「いつ売れてもおかしくない」と期待している。ただ「いつ」はいつまでも来ない。芸能界を俯瞰で見れば底辺も底辺に属する女子たち。

 中の上と中の下、下の上らによるアイドルグループに果たして明日はあるのか。まさに神のみぞ知る。

 任されてすぐにマネージャーの希愛は悩んでしまった。売れるまでがんばろう、という気概だけでは乗り越えられないものを察してしまった。

 それでも悩んでもしょうがないと割り切って、とにかく一年、やってみよう、きっとそれほど先の話ではなく、メンバーは引退し、解散するだろうぐらいの気持ちで取り組むことにした。そう割り切れば、そこそこ楽しい仕事であった。少なくとも、自分の周囲にこうした仕事をしている者はいない。東京広しと言えど、そうそうできる経験ではない、と楽しむことにしたのだった。

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