第4話 後日談

 古い話には後日談がつきもの。古い話に新しい話が、そしてそれも古くなると、また新しい話が重なっていくのでございます。


 昭和に入って、すっかり近代化した日本。「これからは世界が相手だ、工業だ、化学だ」と、化け物の話よりは化け学へ。この地方でもトンネルにまつわる話をマジメにする者はいなくなった。もしそんなことを言えば、頭がおかしいと思われるだけ。なにより働くことで精一杯で、一銭にもならない研究に携わろうという者はいなくなってしまった。

 日本は大きな戦争に突入する。日中戦争から太平洋戦争へ。世界を相手に戦うといっても、この時代は経済力やサッカーで勝負するわけではない。軍事力で戦う。人と人が殺し合う。いかにも残酷な話を、国の誉れと美談にすり替える時代。

 地元の政治家が、ふと幼い頃に耳にした蛇角山トンネルを思い出したのは、戦況も激しくなった頃のこと。敗色が濃厚となり、本土決戦といった言葉が巷間に流れ出す。軍事力だけではなく国家総動員、国民全員で戦う話は勇ましくも悲壮だ。お国のためになにかをしなければならない、市民も最後には国のために命を投げ打つのだと状況は悪化する一方。

 軍人から「このあたりは、なにか役に立つものはないのか」と問われ、すでに兵士として人は多数、戦地へ送っていたものの、これといった産業もない地域だけに政治家は悔しくてならない。

 そんなときに誰かが「実は山に隠れたトンネルがあるのです」と蛇角山トンネルの話を持ち出したからそれに飛びつく者もいた。

「防衛上、有用なのではありませんか?」

「トンネル? なぜそれを誰も言わなかったのか」と軍人は驚く。

「使えないため、捨てられておりました」

 まさか恐ろしい祟りがあるのだ、などとは言えず、当の政治家もそのような怪談話は信じていない。作り話、妄言、迷信と一笑に付している。

「帝国軍人たるもの、そのような人心を惑わす妄言は一切、取り合わない」と軍人たちも無視した。

 さっそく工兵たちを派遣し、調査を始めることになった。

 かつて地図づくりのために送られてきた者たちが、どこかへ消えてしまったこともあり、詳しい資料が残されていない。

「これは発見だ。使えるかもしれん」と軍人たちは、そこを秘密の基地にし、本土防衛戦となったときに役立てようと、麓からの道路整備をはじめる。

 山はかなり荒れており、名が示す通りに蛇が這うように複雑な谷が入り組み、低い山ながらも中腹まで辿り着くのにかなりの時間を要する。夜明けと共に麓を出発し、道なき道を歩み、トンネル入り口に到達するのは昼過ぎ。作業をすると、あたりは真っ暗。山に囲まれているので日が陰るのも早い。

 このとき、麓の村からジグザグでトンネルまで直登する作業用の仮設の道が作られ、二時間ほどでトンネルまで歩けるようになった。さらに麓から蛇角山を巻くように自動車が通行できる林道も整備された。

 残念ながら、この時の資料は終戦時にすべて廃棄され、こうした工事で、どれほどの犠牲者が出たのか正確なことは不明である。


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