第2話 山師

 最新のお話に入る前に、まずは、蛇角山トンネルをめぐるもっとも古い話からはじめることといたしましょう。


 この蛇角山は、標高は八百メートルほどで、周囲に連なる山も低山ながら深く険しい。太古の昔、海底だったところが隆起して山になった、といった地帯。とくに観光地でもなければ登山の対象となるほどの面白味のある山でもなかった。戦国武将が城をつくったような話もなく、古墳もなければ遺跡もない。

 むしろ、屏風のように連なる山々のせいで、長い間、山の向こう側といまは鉄道の通っている町とを結ぶ近道はなく、不便極まりない。

 江戸時代の中頃、かの有名な平賀源内らが活躍していた頃のこと。享保、元文、寛保、延享などといった西暦で言うところの1700年代前半あたりだろうか。

 この地域で銀が採れると山師が代官や商人に持ちかけた。実際にいくばくかの銀が出ることは出たのだ。その場所が山の向こう側。険しい谷の中であり、その地形は日本でよく見受けられるものだった。低山でも森が濃く谷も複雑で深い。獣道しかないのでは不便とされ、中腹にある古い洞穴をぶち抜いてトンネルを作る計画が持ち上がった。

 洞穴は、天然なのか、それともいつ誰が掘ったかもわからない洞窟なのか。由来も定かではなく、入ってすぐ塞がっている状態。そこを掘り進む。当時は大した道具もなく、人間の力だけで掘り進む。最初は順調だった工事も、その奥は固い岩や、崩れやすい土が混じり、難航した。

 代官は地元の村から男たちを強制的にかり集めて掘らせたのだが、彼らがサボっているのではないかと疑い、「こんな状態が続くようなら、おまえたちの誰かを打ち首にしなければならぬぞ」と脅す始末。

「そんなことをしたら、働き手がいなくなる」と村の長たちがおそるおそる訴えたところで耳を貸さない。代官は脅しのつもりでも口は災いの元と言う。傍らにいた山師が「だったらほかの村から穴掘りの上手い連中を連れてこよう。ただし、そうなったら、このあたりはよそ者でいっぱいになるぞ。おまえたちの住むところもなくなるぞ」と村人たちを脅す。

 外の世界をほとんど知らない村人にとって、山師のような男が大勢来たら、それだけで恐ろしい。せっかく静かに暮らしていたのに、自分たちの生活が脅かされる事態となる。山師は言葉遣いも荒く、見た目も鬼のようで、酒は飲むは暴れるわ臭いは汚いわだらしないわ……。典型的な嫌われ者だった。

 山師も嫌われているのはわかっている。だから余計に村に意地悪をしたのだろう。

 純朴な村人たちは村を守らなければならないと必死だったから、そんな冗談は通じない。その日からいままで以上にがんばって掘ろうとしたものの、ある時、固い岩盤に阻まれてピタッと進まなくなる。

「なにをしているんだ、ちっとも進んでいないじゃないか」と代官は激怒。山師との取り引きもあり、この道ができないと大損になりそうだった。それ以上に村人たちからもバカにされそうだ。こうしている間にも噂を聞き付けて、別の領地から入ってきた者たちに銀鉱山を横取りされてしまう可能性も出てきた。

 藩としては銀が採れればいいのであって、その代官の手柄などどうでもいい。まして彼らが私服を肥やすだけなら、むしろいない方がいい。悪いことを考える者は、言い知れぬ不安を勝手に増幅させていく。

 村人がいくら工事が難しいのだと説明しても、欲に目のくらんだ代官には通じない。

「おまえたちがサボっているからだ。約束通り、ひとりを打ち首にする。誰がいいのか、おまえたちで選べ」

 最初は脅し文句だったはずなのに、いつしか代官も本気になっている。村の者たちは代官には逆らえない。村の外に助けを呼ぶことも、村の恥になりそうで出来ない。

 村人たちはどうするべきか悩むばかり。

「どうするべー、どうするべー」

「代官と山師をブチ殺すべし」といきまく若者も出てくる。穴掘りばかりさせられて、肝心の農作業ができない。山にも入れない。このままでは飢え死にだ。

「そんなことをすれば重い罪となるぞ。それこそ山師たちの思う壷だ。わしらの村が潰されてしまう」と言う者もいる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る