第9話 迷子(不審者要注意)

あんな勇者のことなど知らぬ!!

我を子ども扱いしおって・・・バカにしおって・・・。

魔王だぞ!!

それでも・・・まぁ、この指輪は悪くないけどな?・・・。


見知らぬ路地に迷い込みんだが、不安はなく、その指輪を空にかざすように見上げる魔王ちゃん。

だが、屋根の上に人影を見つける。

しかもその人影は魔王ちゃんのほうを向いて動かない。

ボロボロのマントとフードを被ってはいるが、明らかにこっちを向いているのが分かる。


この我が気配を察知できなかっただと?

動悸がする。

気配を察知できなかったなど初めてのことだった。


瞬きをした瞬間、その人影が消えていた。


「君、可愛いねぇ~。」


真後ろからの声。

甘ったるくて、誘惑するような、そして確実に何かを企んでいる声。

勇者の興奮するときの声に似ているが、それ以上に気味の悪さがゆえに、振り返るのさえ怖い。

だが、相手を確認しないと、逃げられるものも逃げられない。


「いきなり相手の背後に立つなど失礼だぞ!!」


威嚇も込めて大きな声で振り返る。


長い耳に褐色の肌に、銀色の髪に赤目。

ダークエルフと呼ばれる種族。


「あは!!ごめんねぇ。でもぉ、こんなところで子供が1人ってのも危ないよぉ?

 しかも、こんなに可愛くて食べごろの女の子なんてぇ。」


背筋が凍る。

体をくねらせながら喋るその姿に、異様な眼差しに。


勇者よ・・・頼む・・・我を見つけてくれ。

ただそれだけが心に広がる。



「んでどうすんだよ。」


食事を食べ終わり、飛び出した魔王ちゃんをどうするかの議論が始まる。


「ふっふっふ・・・。それなら心配ご無用・・・。」


勇者が自身に震に満ち溢れた表情になる。


「魔王ちゃんの匂いは覚えた。さぁ行くぞ!!!!!!!」


それだけ言うと立ち上がり、机に多めの代金を置き、

 魔王ちゃんの匂いを嗅ぎ始める。


「・・・はぁ、ウルフ族でもあるまいし・・・。

 でも勇者ならできてしまうのでしょうね・・・。」


聖女があきれ顔で仕方なく立ち上がり、ついていく。


「今に始まったことじゃねぇだろ。

 あたしらだって最初は追い掛け回されたじゃねぇか。」


追加で頼んだ、食べきれなかった骨付き肉を手に持ち、聖女に続く。



状況は一向に好転しない。

明らかに我より腕が立つダークエルフの女性。

しかも薄気味悪い笑みを浮かべながら近づいてくる。

それにつられて後ずさってしまう。


「あと何歩後ろに下がれるかなぁ?」


目を離したら殺られる。

もしくはそれに準ずる何かをされる、ということだけ本能が察知している。

お願いだから早く来てくれ、勇者よ。



「こっち!!!!」


勇者一行は走る。

勇者の鼻を頼りに。


「あのさぁ、なんかもう少しましな方法ねぇのかよ。なんかスキルとかでさぁ。」


「スキルとか魔法に頼ってどうすんだよ。

 自分で覚えるほど嗅いで追うのが楽しんだろうが。」


走りながら真顔で返す勇者。


「ダーメダ、こいつ、救いがねぇ。」


闘士と勇者ならまだ走れるが、聖女がさすがにきつそうだ。


「先に・・・行って・・・ください・・・。」


ぺたりと座り込んでしまう。

聖女という役職は肉体的強化のボーナスを受けにくいからこそだ。


「無理させて悪かった・・・。あとはアタシたちに任せな。」


勇者と闘士がアイコンタクトを交わし、今までよりもさらに早いペースでその場を後にする。


「頼みましたよ・・・二人とも・・・。」



ついに追い込まれた。

分かれ道のない路地に誘導されていた。


「あーあ、後ろなくなっちゃったねぇ?」


どんどん近づいてくる。

怖い。

動悸も高鳴る。


だが突然、我とそいつを阻むように2人組が上から降ってきた。

いや、正確に言うと、後ろの路地から跳躍で飛び越えてきた。


「お待たせ!!魔王ちゃん!!」


「遅くなっちまったな。」


「ゆ、ゆ、勇者ぁぁぁぁ!!!!!」


魔王ちゃんが珍しく勇者に抱き着く。


「あひゅー・・・幸せ・・・。」


「おい、立ったまま死んでんじゃねぇぞ。

 やばい奴がいるじゃねぇか。」


闘士はこちらを見ずにダークエルフを警戒する。


「あれぇ~?その声って・・・。」


ダークエルフがキョトンとした顔になる。

その声を聴いた勇者が固まり、静かに振り返る。


「・・・久しぶりね、破綻者。」


ダークエルフがにたぁと笑う。


「お久しぶりねぇ・・・ゆ、う、しゃ、さ、ま♡」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る