第163話 ハロウィンパーティー ①


前回の更新から、だいぶ間があいてしまいました。

すみません。


― - - - - - - - - -






『自分の命が大切なら、隠しておいた方がいい』


薄暗い部屋で、大和は目の前の封筒を眺める。

そこには、大和が久遠家で採取した久遠一族の髪の毛と、大和の遺伝子関係について調べた結果が入っている。


清仁の駒として久遠家に出入りしている大和でも、久遠一族のDNAを集めるのはかなり時間がかかった。

万が一にも間違いがないように、本人の毛髪を大和自身が確認して集めた。


DNA鑑定をしている会社の人間の弱点を握って取り込み、秘密裏に検査させた。

検査結果は破棄させたし、検査をさせた人間に大和の素性はばらしていない。

DNA検査の結果は、この封筒1つしか存在していない。


自分の父親が分かれば、この家から出て行けると思った。

だから久遠の駒になった。

自分が久遠の血を引いていると思うと、封筒を開ける手に緊張が走る。


『それでも、今よりはいい』


大和は心を決めて、封筒から検査結果を取り出す。



「……うそだろ」


紙に書かれている事実に、大和は信じられなくて思わず声が出る。

大和の血縁上の父親は、確かに久遠の一族だった。

しかしそれは、一番可能性が低いと思いながらも提出した相手だった。


何度読んでも変わらない内容の検査結果に、大和は紙を取り落とす。

父親が分かれば、諏訪家から出て行けると思っていた。


『父親が誰か分かっても、今よりいい状況になるとは限らないけど』


「…その通りだったわけか」


大和は大きくため息をついて、頭を抱えた。

父親は久遠の一族だとしても、傍系だと思っていた。


「久遠の直系が父親だなんて、どうしろっていうんだ…」


それも、一番厄介な相手だった。

あなたの息子ですと会いにいったところで、話が通じる相手ではないだろう。

利用しようにも、見た感じ簡単に利用できるような人間ではない。


「そもそも、俺くらいの子供がいる年齢には…」


そこまで言って、大和は自分の容姿を思い出す。

大和は生まれつき童顔で、今も中学生に間違えられるほど幼い顔つきをしている。


「…遺伝だったわけか」


あまり知りたくなかった事実だ。


「…もう少し、久遠家について調べる必要があるな」


このまま久遠家に行っても、飛んで火に入る夏の虫だろう。

こちらがとって食われないように、準備が必要だ。



大和は検査結果の紙を灰皿に置くと、火を付ける。

ぼうっと火が燃え上がると、近くの窓に自分の姿が映る。


大和の容姿は母親似だ。

癖のない髪質も、笑えば人懐っこそうに見える目元も。

自分で見ても、父親であるあの男に似ているとは思えない。

だから、今まで誰も血縁関係に気付かなかったのだろう。


『不幸中の幸いだな』


久遠の血を引いていることを周りに気付かれれば、駒として利用されるのは目に見えている。

そうなれば、諏訪家にいるよりも厳しい環境になっていただろう。


『久遠家について詳しそうなのは、あいつか…』


感情の見えない薄茶色の瞳を思い浮かべた時、ふっと火が消えて再び闇に包まれた。




「みんな、この前はうちに来てくれてありがとう」

「おもてなしできなくてごめんね」


つぼみの部屋に入ってきた皐月と凪月を見て、翔平たちは驚きで固まった。


「髪色変えたの」


唯一動揺していない純が、2人の髪を見る。

今まで明るいオレンジ色の髪色だった2人は、それぞれ青色と赤紫色になっている。


2人はいたずらっ子のように笑うと、じゃーんと手を広げる。


「「どっちがどっちでしょー?」」


それは、2人が全てを同じにしていた時によくやっていたゲームだった。

純に見分けられるまで、このゲームで正解できる人はいなかった。


翔平と雫石、晴の3人は顔を見合わせると、息を合わせる。


「「青色が凪月で、赤紫色が皐月」」


揃った答えに、皐月と凪月は嬉しそうに笑う。


「「正解!」」


「やっぱり、みんなには分かっちゃうね」

「不正解だったら、毎日髪色変えるのも面白いかと思ってたんだけどねー」


そう言いつつも、2人が一番嬉しそうにしている。


「オレンジ色も似合っていたけれど、青色だと凪月くんはクールに見えるわね」

「皐月も、大人っぽく見えるよ」

「そうかな」

「やったー」


凪月は少し照れ臭そうに笑い、皐月は素直に喜ぶ。


「試しに、自分の好きな髪色にしてみたんだよね」

「お互いに何色にするかは内緒でね」

「そうしたら、こうなったんだ」


自分の好きな色で、見た目を変えてみた。

そうしたら、それぞれ別の色になった。

それは2人にとって、嬉しいことだった。


「これで、他の人も見分けやすくなるしね」

「皐月くんと凪月くんに話しかける人も増えそうね」

「そうなったら嬉しいな」


今まではどっちがどっちか分からず、声をかけられなかった人もいただろう。

目に見えて分かる違いがあれば、見分けやすい。


「僕らも、ずっと同じままじゃいられないから」

「成長しないと、つぼみの花は咲かせられないからね」

「そうだな」


つぼみは、大輪の花を咲かせることを求められている。

つまり、変化し、成長しなければいけないのだ。


少しずつ、つぼみは花開いてきていた。




「学園祭前というのもあって、投書が多いな…」


翔平は、机の上に積まれた投書の多さにため息をつく。


学園祭まで1か月をきり、生徒たちも学園祭に向かって準備を進めている。

展示発表や研究発表など準備に時間を要するものもあり、放課後に学園に残る生徒も多い。

そのため学園内での問題事も増えているらしく、最近の投書量は増えている。


「ちょっと気になる投書もあるよ」


投書の内容を選別していた凪月が、翔平にその投書を渡す。

翔平はその内容を見て眉間にシワを寄せる。


「同じような内容が他にもあるね」


皐月は他の投書に目を通しながら、同じ内容のものを翔平に渡す。


「これはすぐに対処した方が良さそうだな」


翔平がそう呟いた時、チリンと聞きなれた鈴の音が鳴る。


「理事長から指令ね」


雫石が指令箱に指令書を取りに行くと、それを読み上げる。


「つぼみの皆さんこんばんは。今回は、女学院と合同のハロウィンパーティーを開いてください。お願いしますね。理事長より」

「…ハロウィンパーティー?」


翔平の眉間に、さらに力が入る。


「学園祭まで1か月を切った、この忙しい時期に?」

「そのようね」


静華学園の学園祭は1年で一番大きな行事のため、実行委員であるつぼみは1年の中で一番忙しい。

夏休み中から準備を重ねているとはいえ、直近ではなければできない仕事も多い。

10月というのは、つぼみにとってかなり忙しい時期なのだ。

それに加え、今は投書の対処にも時間を割かれている。


「…ハロウィンって、学園祭の1週間前だけど」

「しかも、女学院と合同?」


学内だけならまだ準備が少ないというのに、何故ここで他の学校と合同なのか。


「そこに理由があるんだろうね」


晴も少し疲れたように肩をほぐしながら、もう受け入れモードに入っている。


「…駄々をこねたい」

「分かるよ。皐月」


死んだような目をしながら、凪月は頷く。

忙しさのあまり、駄々をこねながら床にゴロゴロと転がりたい気分である。


「その鬱憤は、パーティーで晴らすしかないな」


翔平も諦めて、現実を受け入れる。


「ハロウィンパーティーとしか言われていないから、好きにできるだろ」

「そっか!それいいね」

「ハロウィンなら、仮装パーティーにしたいよね」

「いや、仕事を増やすのは…」


「女学院って、どこのこと?」

「静華学園と交流のある、ミシェーレ女学院のことだと思うわ」

「それなら、華やかにしたいね」

「女の子の目は鋭いから、特に装飾は力を入れたいわ」

「ダンスパーティーにする?」

「それもいいわね」


次々と出てくるアイデアに、翔平は自分の言葉を少し後悔する。

10月はつぼみとして忙しい時期なのだが、翔平は龍谷グループ後継者として任されている大きな仕事があり、元々の予定でもかなりハードなのだ。

純の父親のことで調べたいこともあるし、やることは気が遠くなるほど積み重なっている。


『…まぁ、何とかするか』


睡眠時間を削れば、何とかなるだろう。

翔平は一つため息をつくと、ハロウィンパーティーの話し合いに参加した。


純が自分を見ていたことには、気付かなかった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る