第162話 違い ⑤


「なんか、みんなに申し訳なかったね」

「結局、試作品見てもらえなかったしね」


4人が帰った後、皐月と凪月はお互いに反省した。

せっかく家に来てもらったのにロボットの騒動に巻き込み、あげく4人の存在を忘れて夢中になってしまった。

それでも翔平たちは、「楽しかった」と言って帰っていった。

試作品は見られなかったが、本番を楽しみにしていると言ってくれた。


「…嬉しいね」

「うん」


皐月と凪月は、お互いの顔を見合う。

自分たちで見ても、鏡合わせをしたようにそっくりで見分けがつかない。

それなのに、今日は雫石と翔平が2人を見分けてくれた。

2人は別々の存在だと、認めて褒めてくれた。


「嬉しいね」

「うん」

「友達って、優しいね」

「仲間って、あったかいね」


それは、つぼみになる以前の2人は知らなかったことだった。

つぼみになるまで、皐月と凪月は2人だけの世界で生きていた。


皐月は凪月であり、凪月は皐月だった。

でも、もう違う。

こんなにも、自分たちを見分けてくれる人がいる。


皐月は、よく似た姿の弟を見つめる。


「…凪月」

「なに?皐月」

「…ごめんね」

「急にどうしたの?」

「凪月が誘拐されたのは、僕のせいなんだ」


皐月の言葉に、凪月は少し目を見開く。


「僕が、喋ったんだ。よく知らない人に、凪月はどんな設計図からでも作れるって。そのせいで凪月は狙われたんだ」


自分のせいで弟が誘拐されたことが恐ろしかった。

罪悪感と後悔がまぜこぜになって、幼い皐月は凪月に提案した。


「どっちがどっちか分からないようにしようって言ったのは、僕だった」


もう凪月が誘拐されないように。

いつまでもずっと一緒にいられるように。

そっくりの双子を無理やり作り上げたのは、皐月だった。


「僕のせいで、今まで無理させてごめん」


凪月は、謝る兄の隣に座る。


「知ってたよ」

「…え?」

「誘拐された後、お母さんから聞いたんだ。皐月が、『ぼくのせいだ』って言ってたって」


母親がそんなことを言っていたとは知らず、皐月は驚く。


「誘拐された時、僕はあんまり怖くなかった。知らない人ばっかりだったけど、お菓子とかくれたし」


凪月を誘拐したのは、AOBAのライバル会社の人間だった。

どうしてもAOBAに勝ちたくて、どんな設計図からでも何でも作れるという凪月を誘拐した。

どうやら、どうしても作りたい発明品があったらしい。


「でもその人が書いた設計図は、けっこうお粗末だったんだよね」


ライバル会社に勝ちたいために無理やり書いたような、現実で作り上げるには難しい設計図だった。


「皐月の書いた設計図が、どれだけ僕のことを考えてくれてたのか分かったよ」


皐月はいつも、凪月が作れる難易度の設計図しか書かなかった。

凪月の技術力では作れない設計図を書くことはなかった。

設計図に夢をぶつけつつ、現実が見えている設計だった。


「だから誘拐のことを皐月が気にしてるって聞いて、僕は皐月が安心するなら何でもするつもりだった」


誘拐されたのは、凪月の警戒心が薄いせいでもあった。


「僕も、皐月と離れ離れにはなりたくなかった。だから、あの約束は2人の約束だよ」


決して、皐月が1人で背負い込むことではない。

皐月が凪月を守り、凪月が皐月を守る。

そうしていくことで、ずっと一緒にいられると思った。


凪月は、皐月の額に自分の額をくっつける。


「もう、僕らは2人きりじゃない」

「うん」


信頼できる仲間ができた。

かけがえのない友人ができた。


「自分の好きなように生きよう」


自分がしたいことをする。

好きなものは好き。

嫌いなものは嫌い。

自由に。


「きっとそうしても、僕らは離れ離れにならない」


皐月は頷く。


「家族で、兄弟で、双子なのは変わらないよ」


「僕は、僕のために生きるよ」

「僕も、僕のために生きるよ」

「約束だよ」

「約束だね」


2人は、幼い頃のように指切りをした。

それは決別であり、新たな始まりだった。



自分を映す同じ色の瞳に、皐月は笑いかける。


「少し前から、僕と凪月はけっこう別々だったね」

「そう?」


首を傾げる凪月に、皐月は頷く。


「だって凪月は、純のことが好きでしょ?」


皐月を映した茶色い瞳は、面白いほど固まる。


「……え?…何て言った?」

「凪月は純のことが好きでしょ?」

「…純のことが、好き?」


驚いている弟に、皐月は呆れて肩をすくめる。


「やっぱり気付いてなかったんだ」

「え…?」


話についていけてない本人に、皐月は説明をする。


「夏休みに海に行った頃から、純のことを見る回数が増えてたよ」

「…うそ」

「ほんと。僕しか気付いてないけどね」


皐月だから分かった、些細な変化だった。

翔平でさえ気付いていないだろう。

本人が気付いていないのだから。


「前から、純のことを気に入ってるなとは思ってたんだよね。よく話しかけてたから」


皐月が翔平に話しかけることが多いのは、凪月が純に話しかけることが多いからだ。

皐月と凪月という同じ人間を保つために、皐月が調整していたのだ。


「………」


凪月はかなり衝撃を受けているが、思い当たる節があるのか次第に納得していく。

そして、頭を抱えつつ顔を覆った。


「…僕、もしかして命の危険にあった?」

「そうだね」


もし凪月の想いが翔平にばれていれば、恋のライバルと見なされていただろう。

純への想いが大きすぎる翔平に敵視されれば、かなり危ない未来があった。


「一言目にそれが出てくるってことは、純のことは諦めるんだね」


全てを分かっているような皐月の言葉に、凪月は苦笑いを浮かべる。


「確かに、言われてみれば僕は純のこと好きだよ。でも、恋人になりたいかって言ったらよく分かんない」


そうだろうと思う。

友人のいなかった皐月と凪月にとって、恋愛というのは遠い話なのだ。


「僕は、純と翔平とは友達でいたいんだ」

「うん」

「…2人には、幸せになってほしいし」

「うん」


だんだんと顔を下に向ける凪月の頭を、皐月は優しく撫でる。

ぽたぽたと、涙が落ちる。


「…純のこと、好きだった」

「うん」

「でも…2人とも、好きだから」

「そうだね」


もう少し想いが育っていれば、また違ったかもしれない。

それでもその未来は、凪月が望まないものだと分かっていた。


「余計なこと言ってごめんね」

「僕のためだって分かってるよ」


皐月が自分のために言ってくれたのは十分に理解している。

きっとこのまま想いが育っても、凪月は翔平との友情を優先させる。

そのくらい、淡い恋心だった。


「皐月は、純のこと好きじゃないの?」

「友達として好きだよ」


あっさりとした皐月の言葉に、凪月は少し疑いの目を向ける。


「凪月に気を遣って嘘言ってるんじゃないよ」

「みたいだね」


皐月の言葉に嘘はないと分かった凪月は、納得したように頷く。


「そっか。僕と皐月は、けっこう違ったんだね」

「そうだよ」


凪月は純のことが好きだった。

皐月は違った。

その想いの違いが、自分たちを納得させることができた。



「ねぇ。いいこと思いついた」


皐月は面白そうな笑みを浮かべる。


「なに?」


皐月の企みを聞いた凪月は、目を輝かせる。


「いいね、それ。面白そう」

「でしょ?」

「みんなには秘密にしてさ」

「楽しそうだね」


2人はこそこそと、新しい企みについて楽しく話し合った。




「首の後ろと頭を蹴った人間は別か。カメラのデータはギリギリ無事だったな」


稜牙はぶつぶつと独り言をつぶやきながら、倒されたロボットを解体する。


「皐月と凪月が地下の研究室に人を呼ぶとは想定外だったな」


家族以外の人間が地下に侵入した際に起動するように設定していたので、ロボットが動いてしまったのだ。


「今後は、お客様に攻撃するものは置かないでくださいね」


ロボットに夢中になっている稜牙に、若菜が穏やかに話しかける。


「若菜が1人家にいたら危ないだろう」

「警備の人がいるから大丈夫ですよ」

「僕の発明品の方が信頼できる」


ロボットに内蔵していたカメラを動かし、録画していた映像を画面に繋げる。


「眼鏡を忘れてますよ」


映像が流れる画面にギリギリまで近付く稜牙に、若菜は眼鏡を渡す。


「眼鏡は嫌いなんだ」

「そんなことを言っているから、皐月と凪月を間違えるんですよ」

「若菜も間違えているだろう」

「私はわざとですから」


若菜は穏やかに微笑む。

生みの母親なのだ。

自分の息子たちがどれほどそっくりでも、昔から見分けられていた。


「あの子たちが見分けることを望まなかったから、間違えていただけです」


若菜は、2人の息子の姿を思い浮かべる。


「それも、もう必要ないみたいです」


息子たちの変化を、若菜は感じ取っていた。

もう間違える必要はないだろう。


若菜に眼鏡を手渡され、稜牙は渋々眼鏡をかける。


「眼鏡は嫌いなんだ。見えなくてもいいことまで見える」


そう言って映像に目を向けた稜牙は、驚いたように目を見開く。


「…この子は…」


映像に映っている人物を見て、若菜は首を傾げる。


「この子がどうかしましたか?」

「…この子によく似た人に昔、静華学園で会ったことがある」

「稜牙さんが覚えているのは珍しいですね」


稜牙は普段から眼鏡をかけないこともあって、人の顔をあまり覚えない。


「僕が初等部1年の時に、6年の人だった。僕が作ったロボットを褒めてもらった」


子供の頃からものづくりに没頭していた稜牙は、同級生から変人と馬鹿にされることが多かった。

そんな周りを気にせず、その人は稜牙が作ったものを褒めてくれた。

優しくて、とても格好良い人だったのをよく覚えている。


「この子の名前は?」

「櫻純さんですよ。理事長のお孫さんです」

「…やっぱり眼鏡をかけると、見えなくてもいいことまで見える」


稜牙は、ロボットに蹴りを入れている純の姿を見て顔をしかめる。


理知的な目元に、冷たさも見える口元。

整った顔はよく似ているが、映像に映っている方が少し無機質な雰囲気がある。


稜牙のロボットを褒めてくれた人は、優しい笑顔を浮かべた年上の男の子だった。

稜牙がその人を覚えているのは、名字が有名だったからだ。


「その人は、久遠の一族だった」


稜牙の言葉に、若菜は驚いて息をのむ。


画面越しに薄茶色の瞳と目が合ったのを最後に、ブツンと映像が切れた。


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