第161話 違い ④
暴れているロボットを止めるために、翔平と純は行動を開始した。
純が先にロボットに近付くと、それに反応したロボットの手が純に伸びる。
純はそれを軽く避けて腕に蹴りを入れようとしたが、直前でやめる。
純が蹴ってしまうと、ロボットを壊しかねない。
ついでに家も壊しかねない。
純はロボットに反撃せず、攻撃をひらひらと回避する。
純がロボットを引き付けている間に、翔平はロボットの背後に回る。
ロボットが純に攻撃したタイミングで高く飛び上がり、皐月が言っていた首の後ろに蹴りを強めに入れる。
ガンッと鈍い音がするも、装甲がへこむだけでロボットは停止しない。
『…思ったよりも硬い』
空中で体勢を立て直してもう一度蹴りを入れようとすると、ロボットの首だけがグルリと回る。
その口がパカリと開き、口の中が光る。
『レーザービームか!』
翔平は反射的に回避しようとして、その動きを止める。
レーザービームの直線上には、皐月たちがいるのである。
翔平が戸惑った一瞬に、ロボットの頭が急に方向を変える。
純がロボットの頭の背後に詰め寄っており、蹴りで頭の方向を変えたのだ。
明後日の方向に飛んだレーザービームが放たれた瞬間に、翔平はもう一度首の後ろに強く蹴りを入れる。
すると、バチバチと火花を飛ばしながらロボットの動きが止まった。
床に着地した翔平は、動きを止めたロボットを見て肩の力を抜く。
純もその横に着地する。
「助かった。ありがとう」
純がロボットの頭の向きを変えていなければ、翔平は二度目の攻撃に移れなかった。
「………」
純は何故か、無言でロボットを見ている。
「2人とも大丈夫?」
ロボットの動きが止まったことを確認して、皐月たちが駆け寄ってくる。
すると、純が少し気まずそうに皐月と凪月を見る。
「…頭、少し壊した」
ロボットの頭を見てみると、確かに側面がべっこりとへこんでいる。
ロボットの頭の向きを変えるために蹴りを入れた時、咄嗟すぎて手加減ができなかったのだろう。
「…ごめん」
純の小さな一言に、皐月と凪月は驚いた顔をしたあとに笑った。
「大丈夫だよ。元はと言えばうちのお父さんが悪いんだから」
「僕らを守ってくれたんだよね。ありがとう」
「ロボットに反撃しなかったのも、壊さないようにしてくれたんだよね。ありがとう」
皐月と凪月の反応に、純は居心地が悪そうに視線を逸らす。
自分のことを理解している2人にどうしたらいいのか分からないのだろう。
その時、地下と地上を隔てるシャッターが開いた。
階段の上から、細身の男性が現れる。
頬がこけ、目の下には濃いクマがある。
地下の状況を見てキョロキョロと周りを見ると、無精ひげが残っている顎をポリポリとかく。
「やはりバッテリーは内部にするべきだったか?しかし背後に回られた時のために首の稼働領域を広めていたんだが…もっとレーザービームの発射時間を短縮させたいな」
「「…お父さん」」
皐月と凪月は、急に現れた自分の父親に冷めた目を向ける。
しかし息子2人の視線には気付いていないのか、地下に下りて来た蒼葉社長はロボットをよく観察する。
「この装甲を壊せる人間がいるとは思わなかったな。君が壊したのか?」
突然話しかけられ、翔平は反射的に頷く。
「どうやって壊したんだ?」
「蹴りを入れました」
「一度か?」
「いえ、二度…」
ふむふむと言いながら翔平の頭からつま先までじっくりと観察している。
「あれを壊せるとは、かなり鍛えているな。ちょっと被検体にならないか?筋力や瞬発力の高い体からデータを取れれば、これより強いものを作れるかも…」
「「お父さん!」」
翔平の体を観察しながらじりじりと翔平に迫っていた蒼葉社長は、やっと息子たちの存在に気付く。
「皐月と凪月もいたのか」
「いたのか、じゃないよ!このロボットのせいで僕らの友達に迷惑をかけたんだから、ちゃんと謝ってよね」
「そうだな。この状況を見れば凪月の言う通りだ」
「僕は皐月だけどね」
慣れたように突っ込みを入れる皐月を気にせず、翔平たちに頭を下げる。
「僕の発明品でみんなに迷惑をかけたようだ。申し訳ない」
「おれたちは怪我もしなかったですし、大丈夫です」
晴がそう言うと、蒼葉社長は頭を上げる。
「君は優しいな」
「え?」
困惑する晴に、じりじりと距離を詰める。
「人に優しい人工知能というのに興味があってね。その開発のために被検体に…」
「
晴も後ずさりした時、階段の上から皐月と凪月の母親が現れる。
大きなロボットや、その周りの状況を見ても少しも動じた様子はない。
「
「取引先の社長さんがお見えですよ。新商品の試作品を見にいらしたとか」
「そういえばそうだった」
そう言うと、壊れたロボットや翔平たちを置き去りにしてあっさりと去っていった。
若菜も微笑みながら少し頭を下げると、稜牙のあとをついていく。
残されたのは壊れたロボットと、疲れ切った皐月と凪月だった。
「ほんとごめん…うちのお父さんとお母さん、普段からあんな感じなんだよね」
はぁ、とため息をつく。
「お父さんは研究のことになるとほんと周りが見えなくなるんだよね。お母さんは全然それを気にしてないし」
「皐月は意外と苦労性なんだな」
「僕だってけっこう苦労して…」
そこまで言って、皐月は言葉を止めて翔平を見る。
「よく僕のこと皐月って分かったね。僕、もう設計図持ってないのに」
さっきの騒動で設計図を置いてきてしまったので、皐月は今は手ぶらだ。
それなのに、翔平は皐月が皐月だと分かったのだ。
「俺に話しかけるのは皐月が多いからというのもあるが…」
翔平は皐月と凪月を見比べて少し首を傾げる。
「何だろうな。見た目は似てるが、皐月は皐月の言動をしてる」
「…なにそれ」
皐月は、ふっと笑う。
思っていたよりも直感的な理由だったので、少し笑ってしまう。
「皐月くんは皐月くんらしくて、凪月くんは凪月くんらしいということね」
「そうだね」
雫石と晴も頷き合う。
「皐月くんが設計図を書くことが得意なのは知っていたけれど、あんなに複雑な設計図をロボットを見ただけですぐに書くことができるのは本当にすごいわ」
「凪月も見ただけで素材を当ててたし、すごかったよ」
雫石と晴の賛辞に、皐月と凪月は少し照れたようにはにかむ。
「子供の頃から、ずっと設計図ばっかり書いてきたから」
「素材も、いろんなものを見てたら自然に分かるようになっただけだよ」
2人にとっては当たり前のことだ。
しかしそれを褒められるのは嬉しかった。
「でも、首の稼働領域があそこまで広いとは思わなかった」
少し悔しそうに皐月は呟く。
「口にレーザービームを搭載してたのも想定外だったし」
「翔平の蹴りを1回防いだってことは、首の後ろの素材は絶対新しく開発したやつだよ。従来の素材なら、一度目の蹴りで壊せてたはずだもん」
凪月も悔しそうに眉をしかめる。
「僕の知らないところで、新しい素材を開発したんだ」
「思ったんだけどさ、あの長い腕は背後に回らせないようにするためだったのかも」
「でもさ、皐月の言う通りなら逆に言えば背後に弱点があるって言ってるようなものだよね。あー…だから首を真後ろまで動かせるようにして口にもレーザービームを搭載したのか」
「攻撃性の高いロボットにしては変な形だと思ったら、わざとそんな作りにしてたなんて。裏の裏をかかれた」
「悔しい~!」
皐月と凪月はいつの間にかロボット談義に熱中している。
「2人ともお父様には厳しいことを言っているけれど、同じくらい尊敬しているのね」
「楽しそうだね」
雫石たちは、ロボットについて夢中に話し合っている2人の様子を微笑ましく見守る。
「2人は本当にものづくりが好きなのね」
「普段は楽しいことを優先していることも多いが、発明品が絡むとあそこまで熱くなるんだな」
皐月と凪月の考察と論争は思ったよりも長く続き、気付いた時には4人がもう帰らなければいけない時間になっていた。
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