第160話 違い ③


「みんなは大丈夫かしら…」


その頃、純と雫石は研究室の一室にいた。

この部屋は厳重にロックされていたのだが、純が簡単に開けてしまったのでここに隠れている。

雫石の心配をよそに、純は研究室の本や資料を読み漁っている。


「あのロボットを止められる方法は見つかりそう?」

「ここにはないかな」


そう言いながらも部屋の中を調べることをやめない。

こういった行動は注意しても止めることは少ないので諦めて見守る。


純はいつも自分の身の周りの環境を把握することに余念がない。

それは警戒心が強いということもあるが、何か別の思惑もあるのではないかと思ってしまう。


「…この前は、ごめんなさい」


雫石の謝罪に、純は資料を漁る手を止める。


「今まで純に守ってもらっていたのに、ひどい言い方をしたわ」


純に頼りたくなくて、1人で何とかしたくて、突き放すような言い方をしてしまった。


「あの時も結局、皐月くんと凪月くんの力を借りて、晴くんに守ってもらったわ」


誰かの力を借りなければ、雫石は自分の身も守れなかった。


「これからは、人の力も借りるわ。それでも、自分の力も伸ばしたいの」


全てを他人任せにするのは、雫石自身が許せない。


「…また、護身術を教えてくれる?」


雫石の小さな声に、純は振り返る。

薄茶色の瞳は、いつもと変わらない色だった。


「いいよ」

「…ありがとう」


雫石が微笑むと、純の表情も和らぐ。

その薄茶色の瞳を、雫石はまっすぐに見つめ返す。


「純は、私と友人になることで何か目的があったのでしょう?」

「………」


純は、何も言わない。


「姿を消すことが上手な純が、私の前には現れていたもの。成績が2位だったのも、私の注目を集めるためよね」

「だったら?」


感情の見えない声で返す純に、雫石は微笑む。


「それでも私は、純とお友達でいたいわ」


純にどんな目的があったとしても構わない。

雫石を利用しようと構わない。

雫石は、純とずっと友人でいたい。


「…なんで?」


薄茶色の瞳に、困惑の色が浮かぶ。


雫石は、ふふっと笑う。

何でも分かるのに、どうしてこういうことには鈍いのだろうか。


「私が純のことを好きだからよ」


雫石の言葉に、純はかすかに眉を寄せる。


「わたしのことが好きだと、全部許すの?」

「許せないこともあるかもしれないわ。その時は、私が純を止めるわ。それでも純が何をしようと、私は純の味方でいるわ。それが友人というものだもの」


雫石は、薄茶色の瞳を見つめ返す。


「だからいつか、純が抱えることを私にも聞かせてほしいわ」

「……なんで?」

「お友達というのは、そういうものだからよ」


多少強引な雫石の理論に、純は首を傾げる。

友人とはそういうものなのかどうか、純には分からない。

家族以外に大切なものをつくってこなかった純にとって、そういうことには興味がなかった。



「…何で入れてるの?」


研究室の扉が開き、オレンジ色の髪が入ってくる。


「ごめんなさい。純が鍵を開けてしまったの」

「まぁ、うちの警備体制が純に敵うとは思わないけどさ」


明るい茶色の瞳は、呆れたように純を見る。


「凪月くんが私たちを呼びにきたということは、準備ができたのかしら?」

「そう。純と翔平の力を借りたいから、呼びに…」


そこまで言って凪月は言葉を止め、雫石を見る。


「…僕のこと、凪月って呼んだ?」

「えぇ。呼んだわ」


雫石は微笑んで頷く。


「どうして分かったの?」

「私と純を呼びに来るなら、凪月くんだと思ったの」


この春につぼみになってから、雫石はずっと2人を見てきた。

今まで皐月と凪月を見分けることができなかったが、見分ける努力はしてきた。


「凪月くんは人への警戒心が少し強いけれど、一度仲良くなると心を許してくれるタイプだと思うわ。私や純と喋っていることが多くて、感情を表に出すことが多いから」


だから、目の前にいるのが凪月だと思った。


「あたっていて、良かったわ」


雫石は少し安心して微笑む。

今まで2人の名前を呼んだことがなかったので、少し緊張した。


「…雫石から見たら、僕はそんな感じなんだ」


凪月は、嬉しそうに笑う。


「僕ら、まだ変われてないって思ってた」


それぞれ別の人間として変わろうとしても、今までの癖がなかなか抜けなかった。

食べ物の好みは同じになってしまっているし、つい言動も被ってしまう。

両親に名前を間違えられるたび、寂しいと感じるようになっていた。


「人は、急には変われないわ」


雫石は、最近の自分の言動を省みて苦笑いを浮かべる。

急に変わろうとしても、なかなかうまくいかないものだ。


「それでも少しずつ変わることはできるわ。私が凪月くんが凪月くんだと分かったように、凪月くんは変わっているわ」


少なくとも、毎日のように一緒にいる雫石が凪月を見分けられるほどには。


「…ありがとう」


凪月は、少し潤んだ目で雫石に笑いかける。

純を見ると、柔らかい薄茶色の瞳と目が合う。


「よかったね」


その言葉に優しさが含まれていることに気付ける。

それが嬉しかった。




凪月が純と雫石を連れてロボットの元へ向かうと、皐月たちもいた。

ロボットは地上へ向かう階段付近におり、地上と地下を隔てるシャッターを開けようとしている。


「雫石、純。大丈夫だった?」

「えぇ。大丈夫よ」


晴と翔平がロボットの近くにいるが、ロボットは見向きもしていない。


「あのロボットは地上に出ようとしているの?」

「あの人の組み込んだシステムのせいなんだよね」


疲れた顔をした皐月がロボットについて説明する。

その手には、あのロボットの設計図らしきものを持っている。

雫石が見ても、かなり高度な内容であることくらいしか分からない複雑な設計図である。


「あのロボットは猟犬って言ったけど、最優先事項は1人の人を守ることみたい」

「1人の人って?」

「うちのお父さんにとって一番大切な人」

「つまり、僕らのお母さん」


だからあのロボットは、2人の母親がいる地上へ出ようとしているらしい。


「あんなのが地上に出たら逆にお母さんが危ないよ」

「ほんと、あの人何考えてるんだろう」


2人は自分の父親に対して怒りが湧き上がっているようである。


「それで、どうやったらあれを止められるんだ?」


翔平の冷静な声に、皐月は怒りを収めて設計図を広げる。


「これはあのロボットを見て僕が書き起こした設計図なんだけど、細かいところは僕の想像ね」

「すごい…見ただけでこんなに分かるんだ」

「自立型のロボットは何度も作ったことがあるから」


それだけではこんなに緻密な設計図を短時間で書き上げることは普通できないと思うのだが、皐月にとっては当たり前のことなのかそのまま話を進める。


「あれをできるだけ壊さずに止めるには、バッテリーを壊すのが一番手っ取り早いと思う」

「バッテリーの場所は分かるか?」

「僕だったら、首の後ろにする」


皐月は自分の首の後ろを指さす。


「ああいう攻撃性の高いロボットを作るなら、弱点は分かりにくいところにする。普通なら体の中心に作るけど、あのロボットは両腕が長いから首に近いところにあると思う」

「首の後ろの素材は見た感じ鉄だけど、うちの会社が開発しためちゃめちゃ硬いやつ。普通は人間が壊せるレベルの硬さじゃないんだけど…」


凪月は純と翔平を見る。


「2人なら大丈夫」


暗に普通の人間ではないと言われたことになるが、今さら純と翔平は自分が普通の人間だとは思っていない。


ガンッと大きな音が聞こえると、ロボットがシャッターに体当たりし始めたようだった。


「僕らのお父さんが作ったやつだから、僕らが責任をもって止めるべきなんだけど…」


皐月と凪月はロボットの弱点が分かっても、直接止められる術は持っていない。


「ほんとに迷惑かけてごめんね。お願いしてもいい?」


申し訳なさそうにしている2人に、翔平は軽く微笑む。


「気にするな。俺たちは気にしてない」

「うん」


純も軽く頷く。


「雫石と晴もごめんね。危ない目に巻き込んじゃって」

「大丈夫よ。珍しい体験ができて楽しいわ」

「皐月と凪月のせいじゃないから、あまり気にしないで」


優しい仲間の言葉に、皐月と凪月は安心して頷く。


「行くか」

「うん」


翔平と純は、暴れているロボット目がけて走り出した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る