第159話 違い ②


「あら、お友達が来ていたのね」


翔平たちの前に、ひょっこりと1人の女性が現れる。


「「お母さん」」


皐月と凪月が嬉しそうに駆け寄る。

つぼみ披露パーティーの時にも会った、皐月と凪月の母親である。


「こんにちは」

「お邪魔しています」


雫石たちが挨拶すると、ほんわかと微笑む。


「皐月と凪月が家にお友達を呼ぶなんて初めてね」

「お母さん、恥ずかしいからそういうことは言わなくていいよ」

「そう?凪月がそう言うなら気を付けるわ」

「僕、皐月ね」

「あら、間違っちゃったわ」


間違ったことをあまり気にしていないのか、穏やかに微笑んでいる。


「そういえば、この前皐月が直してくれた時計がまた調子が悪いみたいなの」

「それ直したの、僕ね」


慣れたように、凪月が訂正する。


「あとで直しに行くよ」

「ありがとう」


自分の息子の名前を呼び間違え続けているが、3人は終始穏やかに会話している。


「お茶とお菓子を用意しようかしら」

「それは僕たちでやるよ」

「地下にいるから、お母さんはゆっくりしてて」

「あら、ありがとう」


皐月と凪月に微笑むと、つぼみに軽く頭を下げる。


「皆さん、どうぞゆっくりしていってね」



母親がいなくなると、皐月と凪月は小さくため息をつく。


「もしかして、お母さんって2人のこと…?」


控えめに尋ねる晴に、皐月は頷く。


「うちのお母さん、僕らのこと見分けられないんだよね」

「まぁ、家族にも分からないようにしてたからしょうがないんだけどね」


皐月と凪月は、家の中でも自分たちを見分けられないようにしていた。

母親でさえも見分けがつかないほど全てを同じにしていたのだ。


「あんまり細かいことを気にしない性格だから、僕らのこと見分けられなくても気にしてないみたい」

「僕らにとっては気楽でいいんだけどね」


凪月が誘拐されてから2人が見た目や行動を全く同じにしても、母親は何も言わなかった。

皐月と凪月を見分けられなくても、気にした様子はなかった。

2人にとっては、そうやって放っておいてくれた方が楽だった。


「…僕ら、やっぱりまだ変われてないのかな」


凪月の小さな呟きは、皐月の耳だけに届いて消えていった。




「こっちが地下だよ」


皐月と凪月に案内されて階段を下りていくと、地下にはいくつもの研究室があるようだった。

かなりの広さがあり、研究や開発に必要な設備も揃っている。


歩きながら観察してみると、どの部屋も厳重にロックされている。

このような業界では最新技術や斬新な発想には特別な価値があるため、情報漏洩を防ぐために警備体制を厳重にしているのだろう。


皐月と凪月が公式発表前につぼみに展示品を見せてくれるというのは、それだけ信頼されているということである。


「今回、2人はどんな展示品を作ったんだ?」

「えーっとね…」


バァンッ!


皐月が答えようとした時、進行方向にあった部屋の扉が勢いよく吹っ飛んだ。

先頭を歩いていた皐月と凪月の目の前を横切る形となり、もう少し早く歩いていたら確実に巻き込まれていただろう。


「何だ?大丈夫か?」

「…大丈夫だけど、大丈夫じゃないかも…」


何故か凪月の目が死んでいる。

壊れた扉の部屋から、のっそりとロボットが出てきた。

自立型のようで一応人に近い形をしているが、腕が長くて身長は3メートルを超えている。


「ロボット…?」


晴の声に反応したように、ロボットの顔に付いている無機質な目が6人を見据える。

嫌な予感しかしない。


「…状況を説明してくれ」

「うーんとねぇ…とりあえずやばい」

「どういうことだ?」


翔平が皐月の隣に立った時、ロボットの胸の中心が突然光る。

翔平が反射的に身をひるがえすと、ロボットの胸から発射されたレーザービームが壁を焦がした。


「…どういうことだ」


翔平の低い声に、皐月は死んだ目を返す。


「うちのお父さんが作ったやつだと思う。見た感じ攻撃性の高いロボット。機能的には、敵だって認識したものを排除しようとしてるんだと思う。猟犬的な」

「…猟犬?」


焦げた壁を見て、晴が呟く。


「壊すか?」

「それが一番てっとりばやいんだけど…」


凪月はそう言いながら、みんなを少しずつ後ろに下がらせる。


「あれ、一応最先端技術の集まりだから壊されるとちょっと困るんだよね…」

「だからつまり…」


皐月が冷や汗をかいたところで、ロボットがこっちに向かって走り出してきた。


「「とりあえず逃げて!」」


皐月と凪月に押されるようにして、今来た道を走って戻る。


「僕と皐月があれを止める方法を見つけるから、それまでは逃げて!地下は広いし、隠れられるところは多いから」

「あれを地上に出すわけにはいかないから、階段はシャッターで閉めるから」


走りながら説明している間にも、ロボットがかなりのスピードで迫ってくる。


ロボットから発射されるレーザービームから逃げているうちに、みんなバラバラになってしまった。




「ひとまず撒いたな」


翔平は、段ボールが積まれている影から廊下の先を窺う。

ロボットの姿は見えないし、足音も近付いてきてはいない。


「大丈夫か?」

「…なんとか」


晴は少し汗のかいた髪をかき上げて、乱れた呼吸を整える。

翔平の走るスピードについてきたので、かなり大変だった。


「雫石と純は大丈夫かな」

「純がいるから大丈夫だろ」


ロボットの攻撃を自力で避けるのが難しい晴と雫石を翔平と純でサポートしているうちに、はぐれてしまったのだ。


「皐月と凪月がロボットの攻略法を見つけるまでは、待つしかないな」


壊すだけなら翔平にもできるのだが、壊さずに止めるというのは難しい。

段ボールの影に腰を下ろすと、ひとまず息をつく。


こうやって晴と2人きりになるのは初めてかもしれなかった。

せっかくなので、2人きりでいる時にしか聞けないことを聞いてみる。


「優希に、告白したんだってな」

「おれの気持ちを伝えただけだけどね」

「それでいいのか?」


晴は王子様のような微笑みを浮かべる。


「雫石のことが好きな人にも優しい人がいるってことを、証明するのが先だから」


翔平は、完璧な王子様のような表情を探る。


「それだけでいいのか?」


晴は、王子様の仮面をとって笑う。


「今は、ね」


晴の本音を聞いて、翔平も小さく笑う。

優しい王子様は、翔平が思っていたよりも計算高いらしい。


「翔平は、今のままでいいの?」


痛いところを突かれ、翔平は苦笑いを浮かべる。


「今やっと、『大切な友人』に格上げされたところだ」

「…おれたちと変わらなくない?」

「拒絶されるよりはいい」


確かに、純は異性からの好意を拒絶している。

慎重に進むしかないのだろう。


「拒絶されないラインを見極めて、アプローチをするのも必要だと思うよ」

「アプローチ?」


晴は頷く。


「好きな子が、自分以外の人を好きになる可能性だってあるでしょう?」

「………」


翔平の眉間にシワが寄り、バチバチと殺気が飛んでいる。

その可能性を想像してしまったらしい。


『純は愛されてるなぁ』


だいぶ重そうな愛ではあるが。


晴は碧い瞳で微笑む。


「その子が自分のことしか考えられないようにして、他に目がいかないようにしないと」


翔平は少し驚いたまま、晴を見る。


「…王子様も腹の中は真っ黒だな」

「好きな子には見せないけどね」


晴は軽くウィンクする。

男同士だから喋れることもあるのだ。


『アプローチか…』


純に拒絶されることを恐れて、そんなことは考えてこなかった。

しかし、晴の言うことも一理ある。

慎重に行動をし過ぎて、横からかっさらわれたらそれで終わりだ。


「俺も晴を見習ってみるか」

「片想い仲間同士、がんばろうね」


何となく情けないが、頼りがいのある仲間だった。


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