第158話 違い ①


幼い頃から、ものづくりが好きだった。


おもちゃがあればその中身はどうなっているのかと気になり、父親から工具を借りて解体していた。

小さいネジや迷路のような配線は、どこまでも広がる物語のようだった。


父親の仕事場で遊びながらものづくりを覚え、3歳頃にはそれぞれ一からおもちゃを作れるようになっていた。


「さすがは社長の息子」

「AOBAの将来も安泰だ」


と、知らない大人たちがよく分からないことを言っていた。

でも褒められるのは嬉しかったから、いろんなものを作った。


自立歩行するロボットや、ネジを巻いて動く車のおもちゃ。

飛ばすと自分の元に帰ってくる飛行機のおもちゃに、電車が近付いてくると自動で下りる踏切のおもちゃ。


そうやっていろいろ作っているうちに、自然とそれぞれの得意分野を担当するようになった。


皐月は設計。

凪月は実際に作ること。


皐月が書いた大人顔負けの設計図でも、凪月は完璧に作り上げることができた。

それが楽しくて、さらにものづくりにはまっていった。

皐月が自分の夢を設計図にぶつけても、凪月はそれに応えてくれる。

素材を選び、設計図では書ききれていないところを補いながら完成させる。


さらに大人から褒められるようになり、皐月は嬉しかった。

自分のアイデアが褒められることが。

凪月の技術力を褒められることが。


だから、喋ってしまった。

皐月と凪月のことを褒めてくれる大人の1人に。


「むずかしいせっけいずでも、なつきはなんでもつくれるんだよ!」


褒められることが嬉しくて。

凪月のことが誇らしくて。

皐月にとって、それは当たり前のことだったから。

聞かれるままに、凪月の凄さを喋った。


「…あれ?なつき?」


一緒に遊んでいたはずの凪月が誘拐されたのは、そのすぐ後だった。




『なつき!』


幼い自分が弟の名前を呼ぶ声に、ふと目が覚める。

背中にじっとりと汗をかいており、浅い呼吸を落ち着かせるように深く息を吐く。

隣を見ると、自分と同じ顔、同じ髪色の弟が寝ている。


凪月は知らない。

あの誘拐が、皐月の言葉がきっかけとなったことを。


凪月の姿が見えなくなって、皐月は凪月の名前を呼んで探した。

それでもいなくて探し回っていたら、大人たちに無理やり家に連れて帰られた。

家では母親が真っ青な顔をしていて、父親があれこれ指示を出していた。


「誘拐」

「弟の方の能力を狙ったか」

「何でも作れるというやつか」


ところどころ聞こえる会話から、凪月はあの能力のせいで誘拐されたのだと分かった。


『…ぼくのせいだ』


凪月が連れ去られたという事実。

それが自分のせいという恐怖。

よく分からなくなって、皐月は泣いた。

凪月が帰ってくるまで、皐月は泣き続けた。


もう一度凪月の顔を見た時、皐月は決めた。


『もう、はなればなれになりたくない』


そして幼い双子は、2人だけの約束をした。


『どっちがどっちか、わからないようにしよう』


同じ仕草で、同じものが好きで、同じものが嫌いで。

同じ見た目で、同じ成績で、同じものが得意で。


『そうすれば、みんなどっちがどっちかわかんない』


凪月だけが誘拐されることはもうない。

凪月を守るために。

そうして2人は、そっくりの双子になった。



『でもそんなのは、ずっとできるはずもなかった』


全てを同じにすればもう離れ離れにならないという、幼い子供の浅はかな考えだった。

皐月と凪月は一人一人別々の人間であるのに、その約束のせいで2人は自分というものを失っていった。


初めて自分たちを見分けられる人に出会って。

嘘をついていたのに、つぼみのみんなは怒らなかった。

面倒くさいから、皐月は皐月、凪月は凪月でいてくれと純に言われた。


皐月と凪月は「同じ」でいることをやめた。

それでも長年いろんなことを「同じ」にしていたせいで、すぐに「別」になることが難しかった。

でも少しずつ、互いに変わっていった。



「凪月」


声をかけると、もぞもぞと布団が動く。


「もう起きる時間だよ」

「んー…」


寝起きが悪いのはお互いだけど、どちらかというと凪月の方が寝起きが悪い。


「今日は、翔平たちが来る日だよ」

「んぁ…そうだった」


目をこすりながら、凪月が体を起こす。

起きた時に、右目をこするのは凪月の癖。

皐月はあくびを一つだけして、ベッドから降りる。


「みんなを迎える準備をしないとね」


皐月の言葉に、凪月も楽しそうに微笑む。


「おもてなししないとね」


2人はくすくすと笑い合いながら、寝室を出た。




ピンポンとインターホンが鳴る音が聞こえると、皐月と凪月は玄関に走った。


「やっほー」

「いらっしゃい」


扉を開けると、少し疲れた様子の翔平がいる。

雫石は楽しそうにしており、晴はそんな雫石をにこにこと見ている。

純は、いつも通りだった。


「…何なんだ、あれは」


翔平が指さしているのは、玄関までの道のりである。

敷地内に入ってから、落とし穴や水鉄砲、風船が割れたりとトラップばかりだったのだ。


「面白いでしょ?」

「いつもこんな感じなのか?」

「そんなわけないじゃん。今日は翔平たちが来るから、用意したんだよ」


普段からこんな玄関だったら、誰もこの家に来てくれなくなってしまう。


「アトラクションみたいでとても楽しかったわ」

「そう言ってもらって嬉しいよ」


皐月と凪月としては、おもてなしのつもりで用意したのだ。

翔平は疲れているようだが、雫石に楽しんでもらえたのなら何よりである。


「さ、中に入ってよ」

「中にトラップはないから、安心してね」


2人に案内されて、翔平たちは蒼葉邸に足を踏み入れた。


今日は、2人に家に来ないかと招待されたのだ。

皐月と凪月は学園祭の展示発表に共同作品を出すので、その試作品を見てほしいという話だった。


11月にある学園祭は静華学園において1年で最大のイベントで、3日間ある。

1日目は生徒による展示発表、研究発表、舞台発表などがあり、生徒たちの努力の成果を見せられる機会になっている。

皐月と凪月は今まで自分たちの能力を隠していたのでそれらに参加することはなかったのだが、今年は参加するのだ。


「発表前の作品を、俺たちに見せて大丈夫なのか?」


そういったものは発表前にアイデアを盗まれる可能性があるので、普通はあまり人に見せない。

皐月は、翔平の懸念を笑顔で返す。


「みんなのことは信頼してるから、大丈夫だよ」


今さらつぼみのメンバーのことを疑ったりしない。

信頼できる仲間であり、友人である。

以前の皐月と凪月なら試作品を他人に見せることはしなかったが、つぼみの仲間には見てもらいたかった。


「地下に研究室があって、そこに試作品があるんだ」

「家に研究室があるのか。さすが蒼葉家だな」


関心している翔平の隣で、晴の視線は廊下にあるものに向かう。


「さっきからいろんなものが廊下にあるけど…あれは何?」


皐月と凪月の案内で屋敷の中を歩いていると、廊下のあちこちに不思議なものが置かれているのだ。

ロボットのようなものや、掃除機のようなもの。

作りかけの家電や、部品だけのものもある。


「あー、それ気にしないで。あの人が思いつきで作ってはそこら辺に置きっぱなしにしてるやつだから」


凪月は面倒くさそうに肩をすくめる。


「片付けてもまたすぐ元通りになるから、意味ないんだよね」

「ほんと迷惑だよね」


皐月も眉をしかめる。


「あの人っていうのは、蒼葉社長のことか?」

「そう。春のパーティーの時に見たでしょ?僕らのお父さん、変な人なんだよね」


2人の父親である蒼葉社長は、つぼみ披露パーティーの時に突然「分かった!」と叫んで爆走していなくなったような人物である。


「確かに蒼葉社長は少し変わっていることでも有名だが、それに引けを取らないくらいの実力者であることは間違いないだろ。今のAOBAのヒット商品のほとんどが社長の発案なんだろ?」

「やっぱり、翔平はよく知ってるね」

「そこがうちのお父さんのムカつくところなんだけどね」

「ムカつく…?」

「大丈夫だよ、晴。別に仲が悪いわけじゃないから」

「そうそう。たまに、ずっと会社にいてくれないかなって思うくらいだよ」


2人の父親に対する言葉は辛辣だが、嫌悪感があるようには見えない。

迷惑は被っているが、父親として尊敬しているのだろう。


いつもとは違う2人の一面が見れて、翔平たちは顔を見合わせて少し微笑んだ。


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