第164話 ハロウィンパーティー ②


女学院との合同ハロウィンパーティーがつぼみから発表されると、学園内は盛り上がりを見せた。

普段はあまり交流のない女学院との合同パーティーというのは珍しいのだ。

学園祭前の前夜祭気分である生徒も多いらしい。

生徒たちも学園祭前は忙しいはずなのに、パーティーとなると元気になるのは不思議である。


そんなどこかいつもと違う雰囲気の学園内も、陽が落ちた後は落ち着きを取り戻す。



「おかえりなさい。純」


純がつぼみの部屋に戻ると、雫石しかいなかった。


「ドレスの手配は、どうかしら」

「大丈夫」


純は、つぼみのドレス制作を頼みにVERTに行っていたのだ。


「よかったわ。急だったから、大丈夫かと心配していたの」

「喜んでた」


普段の仕事以外の楽しい仕事を回されて、気合いを入れていた。

忙しいはずなのに、VERTの社員はどこかおかしい。


「他は?」

「晴くんは楽団の手配をしているわ。皐月くんは参加者のお土産の用意に、凪月くんは装飾の準備をしているわ」

「翔平は?」


純が翔平のことを気にしている事実に少し驚きながら、雫石は眉を下げる。


「翔平くんは警備全般を考えているはずなのだけれど…」

「どっか行ったんでしょ」

「そうなの」


翔平の行動をある程度理解している雫石は、困ったように息をつく。


「警備関係の書類が届いたから、早く見てもらいたいのだけれど…」


雫石は純を見て、微笑みを浮かべる。


「翔平くんに届けて来てくれないかしら」

「わたしが?」

「純なら、翔平くんがどこにいるか分かるでしょう?」

「分かるけど」

「それなら、お願いするわ」


雫石に手渡された書類に軽く目を通すと、確かに早めに見せた方がいい内容だった。

面倒に思いながらも頷くと、雫石はパァッと明るい顔になる。

しかし、何がそんなに嬉しいのか分からない。


「お願いね」


笑顔の雫石に送り出され、純はつぼみの部屋を出た。




純はつぼみの部屋を出ると、窓の外の夜空を眺めながら廊下を歩く。

もう遅い時間だが、学園祭前なので準備で残っている生徒はちらほらいるらしい。


人気のない廊下を歩き、目的の場所を目指す。

扉を開けると、中は暗くて人の気配は感じない。

しかし純は迷うことなく、奥に進んでいく。

そして一番奥に小さな光を見つけると、そこに近付いた。


「龍谷グループの新しい企画書?」

「…お前な、勝手に見るなよ」


純が急に現れたことに驚くことなく、疲れたように翔平が振り返る。

外部の人間に見られても問題のない仕事しかしていないが、ぱっと見で内容が分かるのは純くらいだろう。


翔平がいたのは、図書館の奥だった。

机の周りには本や資料が積み重なっており、その真ん中でパソコンを2台同時に操作している。

1つはハロウィンパーティーの警備計画で、もう1つは龍谷グループの企画書らしい。


「どっちも締め切り重なってるけど」

「大丈夫だ。影響は出さない」


そのために睡眠時間を削っているのだろう。

薄暗い場所でも分かるほど、目の下に濃いクマができている。


「何か用か?」

「警備関係の書類が届いたって」

「あぁ、悪いな」


書類を受け取ると、パラパラと目を通す。


「警備を少し変える必要があるな…」


少し考え込むと、またパソコンをカタカタと動かす。

2つ同時に動かしているのだから、器用である。


「お前は終わったのか?」

「終わった」


純にもかなりの量の仕事が分配されているはずだが、純はいつもかなりのスピードで終わらせる。


『俺にもそんな能力があればよかったが』


しかし、ないものはない。

今ある能力で精いっぱい頑張るしかない。



また集中し始めた翔平を見て、純は少しその光景を眺めた。


翔平はたまにこうやって、自分の容量を超えた役割を引き受けることがある。

難しいのなら断ればいいのに、自分でやろうとする。

そして容量を超えてくると、いつもどこかに姿を消すのだ。

無理している姿を人に見せたくないのか分からないが、人に見つからないとこに隠れて仕事をする。

そんな姿は、純からすると少し興味深いものだった。


純は基本的に、勉強や仕事で無理をすることがない。

どんなに膨大な量でも、すぐに終わらせることができるからだ。

資料はパラパラと見て覚えられるし、最善策を間違いなく最速で導き出せる。

だから、つぼみの仕事もすぐ終わってしまう。


『わたしにやらせればいいのに』


いつも先に仕事を終わらせて暇そうにしている純に、他のメンバーが自分の仕事を振ることはない。

自分の分は自分でやらないと気が済まないのかもしれない。



純は近くの本棚に目を向けると、最近入った新刊を見つけた。

どうせ何もすることはないし、本でも読むかとその本に手を伸ばす。

しかし残念ながら、純の背では届かない高さだった。

本棚に登って取ってもいいのだが、それをすると確実に翔平に一言言われる。

面倒くさいが、梯子を探すことにした。


「これをとりたいのか?」

「いや、梯子で…」


代わりに本を取ろうと手を伸ばした翔平の体が、ぐらりと傾く。

そのまま、純の方へ倒れてくる。

翔平の頭が本棚にぶつかりそうなのを見て、純はとっさに手が動いた。


ゴンッと鈍い音と共に2人重なって倒れ、その上にバサバサと本が落ちてくる。

後頭部を本棚に打ったので頭が痛いし本は落ちてくるし、踏んだり蹴ったりである。


「…翔平」


一応呼びかけてみるも、翔平から返事はない。

寝不足と疲労で気を失ったらしい。

純の体の上にかぶさるようにして意識を失っているので、普通に重い。


揺らして起こそうとした時、左手に激痛が走る。

翔平が倒れた時、あのままでは頭が本棚の角に直撃だった。

それで咄嗟に、本棚と翔平の間にクッションとなるように自分の左手を挟んだのだ。

そのおかげか翔平の額は少し赤いくらいだが、純の左手は紫色になっている。


『骨は折れてないな』


それなら大丈夫かと、純は気にしないことにした。


『とりあえず、この体勢を何とかしよう』


あまり人に見られるべき光景ではないと思う。

翔平くらいの体格なら力づくで吹っ飛ばせるのだが、

『意識を失っている相手にそれはどうなんじゃ』

と頭の中で師が語りかけてくる。


『地道に抜け出すか…』


しょうがないので、もぞもぞと翔平の体から抜け出そうと努力する。

左手があまり使えないので少し時間はかかったが、無事に抜け出せた。

そのまま床に翔平を寝かせておくのもどうかと思い、翔平を引きずりながら抱えると椅子に横たわらせる。

顔色は悪いが呼吸は落ち着いているし、眠っているだけらしい。


『クマが濃い』


これだけクマがあるということは、かなり無理をしていたのだろう。


『なんで、そこまで頑張るんだろう』


純には分からない。

でもそんな翔平の姿を見ているのは、嫌いではなかった。




とろとろと意識が浮上し、うっすらと瞼を開ける。

暗闇に目が慣れると、遠くに見慣れない天井が見える。


『どこだ…?』


少し首を動かそうとすると、額に痛みが走った。


『頭が…そうだ、純と図書室にいて…』


意識がはっきりしてくると、最後の記憶を思い出す。


『…倒れたのか?』


ズキズキと痛む頭を抑えながら起き上がると、小さな明かりを灯して本を読んでいる純がいた。

純の周りには、塔のように重なった本がいくつも積まれている。


「頭、大丈夫?」

「あぁ…」

「めまいと吐き気は?」

「いや、ない」

「そう」


そう言うと、純は読書に戻る。


「俺は倒れたのか?」

「倒れた時に、本棚に頭ぶつけた」

『本棚に…?』


それにしては、軽い傷である。

あのまま倒れたのだとしたら、額を割っていてもおかしくない。


翔平は本を読んでいる純が、右手しか見せていないことに気付く。

純の左腕に手を伸ばすと、隠すつもりはないのか抵抗はしなかった。

純の左手は、薄暗い中で見ても分かるほど痛々しい紫色に腫れていた。


「…俺を庇ったのか」

「骨は折れてないから大丈夫」


何でもないという雰囲気の純に、翔平は自分を責めた。

この細い手に翔平の体重がかかったとしたら、かなり痛かったはずだ。


『また、純に守ってもらった』


それも、自分よりひどい怪我を負わせてしまった。


「ごめん」


翔平の謝罪に、純は顔を上げる。

そして薄茶色の瞳で、ただ翔平を見た。


「わたしは、気にしてない」


それが心からの言葉だと分かり、翔平は少し笑みをこぼした。

いつも利益や目的で動く純が、本心で気にしていないと言ってくれることが嬉しい。


「ありがとう」


純は翔平の笑みを少し見た後に、本に視線を戻した。


「俺は、どのくらい寝てた?」

「12分17秒」

「…細かいな」


ということは、純は12分でこの本の量を読んだらしい。

純の上半身を超える本の塔が6つできているので、1つの塔あたり2分で読んだらしい。

純の尋常ではない読書スピードを知っている翔平としては、今さら驚くことでもない。


翔平は一度体を伸ばすと、もう一度パソコンの前に座った。

少し眠ったおかげか、寝る前より頭がすっきりしている。


「お前は帰らないのか?」

「読んだら帰る」


今読む必要はないはずなのに、この場に残ってくれる純に嬉しくなる。


『そういえば、昔からこうやって側にいることもあったな』


翔平がテスト前に無理して勉強している時や、会社の仕事で忙しい時、側には純がいてくれた気がする。

何かするわけではないが、ただ同じ空間にいてくれていた。

それが翔平にとってどれだけ心強いか、純は知らないだろう。


『もう少し、頑張るか』


翔平は気合を入れると、すぐに集中して仕事にとりかかった。


その姿を、純はただ眺めていた。


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