第7話 さくら ④

1番勝負は華道部対雫石の生け花勝負ということで、場所を和室に移してのスタートとなった。


廊下や窓には見物の生徒たちで溢れている。


「お久しぶりですね。優希さん」


着物姿でにっこりと雫石に微笑みかけるのは、華道部部長の女子生徒だった。

生け花のコンテストで雫石に負けた生徒である。


「お久しぶりです。こんな形でまたお会いするとは思いませんでしたね」


どこかピリッとした雰囲気の部長とは反対に、雫石はたおやかな雰囲気である。

それを余裕と見たのか、女子生徒はふっと意味ありげに笑った。


「そんな余裕を見せていられるのも今のうちですよ。今回は勝たせてもらいますから」

「今回は勝負という形ですが、生け花に本来勝ち負けはありません。お互い素晴らしい作品を生み出せるよう頑張りましょう」


雫石の発言に、女子生徒はぐっと言葉に詰まったようだった。


「それでは、始め!」


鬼堂の大声で始めとなる。



作品のもととなる素材はそれぞれ全く同じ種類の花や木を用意し、花器もいくつかあるうちから自由に選べるようになっている。


「相手の人って、華道の一大流派の家元の子供だよね」

「2回も負けられないだろうねぇ~」


双子たち5人は少し離れたところから2人の創作活動を眺めていた。


「華道の家元の子供に勝つなんて、優希さんはすごいんだね」

「雫石は日本舞踊の家の子なのにね」

「部活派遣で行った茶道部でも他の部員より様になってたって聞くしね」

「「天は何物を与えるんだろうねぇ~」」


双子はしみじみと雫石を眺めている。


雫石は日本舞踊優希流当主の娘として、幼い頃から茶道や華道にとどまらず多くの習い事をしてきたらしい。

入学式の時にピアノを弾けたのも、幼い頃から習っていたおかげである。


天は二物を与えずと言うが、ここにいるつぼみのメンバーは二物も三物も与えられてきた者たちである。それでも、その才能は努力で得たものが多い。

雫石が勉学だけでなく生け花や茶道、ピアノが人並み以上にできるのは、雫石が幼い頃から練習を休まず努力してきた結果である。


『まぁ、努力を知らない天才もいるけどな』


その天才は雫石が花を生けているのをぼーっと眺めている。

何を考えているのかは分からないが、部活連との勝負を面倒くさがっていたわりには逃げださないところを見ると、一応やる気はあるらしい。



「そこまで!」


しばらくしてから、鬼堂の声が和室に響き渡る。


どちらも生け終わっていたようで、2つの作品が完成している。

周りからは感嘆の声が聞こえた。


「2人ともさすがだねー」

「雫石は桜を基調とした和風で、華道部部長は薔薇を基調とした洋風。分かれたね」

「「でも…」」

「あれ、僕らの目で見ても雫石の方が勝ちじゃない?」

「あ、皐月もやっぱりそう思う?」

「「翔平はどう思う?」」


双子に聞かれ、翔平は改めて2人の作品をじっくり観察した。


翔平は生け花を習っているわけではないが、一応一般的な知識は入れてある。



雫石の作品は桜と遅咲きの椿を使っており、桜は花の色からして山桜だろう。今の時期にぴったりの花だ。

それを黒のシンプルな花器に入れ、動きのある枝の曲線がどこか自由さを思い描かせる。少し季節には遅い椿と今時の桜を使うことで時間の流れと共に春を表している。


対して華道部部長は赤、白、ピンクなどの色とりどりの薔薇やカスミソウを使っており、全体的に華やかな印象である。薔薇は水揚げが難しいと聞くので、あそこまで色鮮やかに咲いているということはそれなりの技術を持っているのだろう。



だが、客観的に見ても勝負は雫石の勝ちだと思った。

華道部部長の作品も素晴らしいが、華やかさや技術の高さが全面に出ていて生け花の良さを出しきれていない感じがした。

対して雫石は茶道の経験もあるためか、どこか雄大な自然を感じさせる作品である。テーマやメッセージ性も受け取りやすく、万人に好かれそうである。


「優希の勝ちだと思う…が」


「どうしたの?」


急に顔つきが険しくなった翔平を、晴が心配する。


翔平は華道部部長を見ていた。


「いや…あの女子生徒の表情が少し気になってな」


言われて見てみると、華道部部長は負けを気にしているようには見えず、すでに勝ったような表情をしていた。


「確かに…自信があるのかな」

「いや…」


この勝負は翔平の目で見ても明らかに雫石の勝ちである。

しかし何か嫌な予感がしていると、鬼堂が勝敗を判断するために前に出てきた。


「今回の勝負は、審査に公正を期すため観客の生徒に委ねることにした」


『しまった…』


翔平は周りの生徒たちを見た。和室に入りきらなくて外にも生徒がいるが、今の勝負を見られたのは大体30人くらいだろう。


「素晴らしいと思った作品の方に、挙手を。まず、こちらの作品」


最初に指し示したのは、雫石の作品だった。ちらほらと手が挙がる。思ったより多くはなかった。


「次に、こちらの作品」


華道部部長の作品にも、手が挙がる。

ざっと見た感じでは、同じくらいの数だった。


「え?何で?」

「普通に見て雫石の方がよくない?」


双子は周りの生徒の反応を見て混乱している。

翔平は眉間にシワを寄せた。


「サクラだな」

「「サクラ?」」


「華道部部長の作品の方に手を挙げるよう、あらかじめ何人か仕込んでいたんだろう。全員ではないが、半分は部活連が用意したサクラだな」

「「えぇー!」」

「何それ、卑怯じゃん!」

「こっちの条件守ってないじゃん!」


つぼみが提示した条件の1つ目が、「審判は中立の立場の人間が行い、公正な判断をすること」というものである。


「条件はあくまでも条件ということだな。それに、サクラを行なったであろう生徒に対して、今の状況で俺たちが正面から聞くわけにもいかない。証拠もないしな。姑息ではあるが、勝つための方法としてはありだ。俺たちつぼみはこの方法は使えないからな」

「どうして?」

「バレた場合のリスクが高すぎる。もしバレてこの話が広まりでもしたら、つぼみの権威が地に落ちる」

「なるほど…」


晴は一応納得したようだが、双子と同じく悔しそうだった。


「優希さんは頑張ったのに…」

「どこが公正な審査だよ」

「やらせじゃん。やらせ」

「まぁ落ち着け。まだ負けたと決まったわけじゃない」


それに、翔平の目が正しければ今回の勝負、負けてはいない。



集計の結果を見た鬼堂は眉がぴくりと動いたが、すぐに内容を発表した。


「結果。14対14。引き分け!」


おぉーと観客から声が上がる。

華道部部長は悔しそうに顔を歪めていた。


「え?引き分け?」

「負けてない?」


「部活連が用意したサクラは半分だと言っただろう。あとの半分は純粋に優希の作品が優れていると思ったんだろう。それに、華道部部長があれだけ自信満々でこの結果ということは、実際に作品を見て寝返った生徒もいるのかもな」


「みんな、勝てなくてごめんなさい」


雫石が申し訳なさそうに帰ってきた。


「勝てなかったのは雫石のせいじゃないよ!」

「そうだよ。サクラなんか使うあっちが卑怯なんだよ!」

「優希さんの作品、生け花をあまり知らないおれでも分かるくらい綺麗だったよ」

晴の言葉に、雫石は嬉しそうに笑った。

「ありがとう」

「それに、サクラありで引き分けなら十分だ。優希がつぼみとして相応しい力を持っているかどうかはよく伝わったはずだ」


「次、2番勝負と3番勝負は同時に行う!」


鬼堂の呼びかけに、双子と晴が反応する。


「テニスとチェスは同時にやるんだね」

「僕ら、雫石の恨み晴らしてくるね!」

「ありがとう」

「翔平、僕ら勝ってもいいよね?」

「あぁ。1戦目は引き分けだからな。勝っても大丈夫だ。テニスなら偏った審査もできないだろうし、好きにやってくれ」

「「よぉーし、本気出しちゃうぞー!」」


そう言いながら、2人は元気にテニスコートへと向かっていった。



「おれはどうしたらいいかな?」

「そうだな…晴は――」




『緊張するな…』


チェスの試合は、気が散らないようにという配慮から観客の生徒が入って来られないようにチェス部の部室で行われることになった。

晴としてはアウェーである。


「よろしく。周防くん」

「よろしくお願いします」


晴の相手はチェス部のエースで、どうやら日本でも上位の実力を持つらしい。

頭の良さそうな男子生徒だった。



チェスは駒と盤を使った古くから親しまれているゲームであると同時に、競技としても確立している頭脳によるスポーツでもある。キングの駒をとるために、何手も先を呼んで駒を動かす。頭の良さが強さに直結する競技でもあるのだ。


晴のチェスの実力といえば、弱くはないがすごく強くもないというところである。

趣味の範囲でチェスをしていたくらいなので、自信はあるかというとあまりない。


『でも…』


翔平に言われたことを思い出して、晴は1つ目の駒を動かした。



その後も、持ち時間をそれなりに使いながら慎重に駒を動かしていった。

対して相手は、ほとんど持ち時間を使わずにかなり攻めの姿勢だった。やはり実力は確からしい。

しかしどことなく相手が嫌がるような打ち方をしているところを見ると、生け花対決のサクラを入れる作戦はこの生徒が提案したのかもしれない。



そんなことを考えながらなんとか善戦していると、1時間ほど経ったあたりで少し手に困ってきた。

どうしようか考えながら窓の外を見た晴は、あるものを見つけて笑みを浮かべた。それを見た対戦相手は怪訝そうにしながら窓の外を見るも、特別何かあるわけではなかった。


それから、何手か打った頃だった。


「チェックメイト」



2人だけの部屋に響いたその声は、晴のものではなかった。

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