第6話 さくら ③

「大変だったわね」


授業後、つぼみの部屋に行くと翔平たちを雫石が心配そうに迎えた。


「やっぱり、話はもう回ってるか」

「えぇ。部活連がつぼみと対決をするっていう話で持ちきりよ」

「まだ了承した覚えはないんだがな…」


しかし、生徒の間ではどうやらつぼみが対決を受けたことになっているらしい。


「俺たちが断れないようにわざと生徒の前で声をかけてきたんだろう。ここで断れば、つぼみは逃げたと思われる」

「あっちが勝手に挑んできたのにさー」

「卑怯だよねー」


双子はさっきからプンプンと怒っている。


「そんなにおれたちを負かしたいのかな」

「今回の部活派遣でつぼみが活躍してるからな。部活連としてはここで面目躍如めんもくやくじょしたいんだろう。それに…」


翔平は純をちらりと見る。

相変わらず話に入る気はないようで、暇そうにしている。


「この前、純が剣道部員を全員打ちのめしたからな」


「あら」

「…そんなことしちゃったんだ」

「ていうか翔平も人のこと言えないよー」

「そうだよ。サッカー部で1人ゴールラッシュしたって話じゃん」

「うちのサッカー部そんなに弱くないのにねぇ」

「そんな話になってるのか…」

「デマなの?」

「…いや、事実だ」


翔平と純に視線が集まる。


「なんか、部活連側が対決を申し込みたいと思っても仕方ない気がしてきたよ…」


晴の呟きに、渋い顔をしながらも頷いた双子だった。


「それでは、どうしようかしら。部活連からの申し込みを受けましょうか?」

「勝てば何も問題はない。負ければ俺たちの株が下がるだけだが…」


『勝つためには…』


ついに飽きたのか、話し合いそっちのけで本を読み始めた純をちらりと見る。


『純に頼れば、負けることはないだろう。スポーツでも音楽でも何でもできるやつだ。だが…』


翔平は視線を前に戻す。


『俺たちだってつぼみだ。いつも純に頼りきりでいいはずがない。みんなで…この6人でつぼみなんだ』


翔平は心に決めて口を開いた。


「勝負を受けよう」




後日、部活派遣の最終日に部活連対つぼみの場が設けられた。


やはり生徒に話は広まっていたようで、多くの生徒が観客として駆け付けた。

部活連側では、部活連会長の鬼堂猛が仁王立ちしている。


「逃げなかったようだな!龍谷翔平」

『だから何で俺…』


鬼堂から、どうも目の敵にされているらしい翔平である。


「こちらが出した条件は飲んでくれただろうな」

「あぁ、こちらとしても望むところだ」


翔平が出した条件とは、


1、審判は中立の立場の人間が行い、公正な判断をすること

2、今回の勝敗を理由に相手の尊厳を傷付けるような行為をしないこと

3、勝負方法は心・技・体それぞれを競えるものとし、5体5の種目別総当たり戦とすること


の3つである。


「1と2は分かるけどさ。何で種目別の総当たり戦を指定したの?」


双子の片割れに聞かれ、翔平は部活連側の人間を眺めながら答える。


「どんな勝負方法で来ても勝てると言いたいところだが、部活連側に有利な勝負方法で来られたらこちらの勝率が下がるからな。例えば、柔道勝負勝ち抜き戦とかだったらどうする。さすがに優希や晴はあの鬼堂には勝てないだろう」

「あー…僕らも難しいかな」

「そうなるとこっちは俺と純の2勝だけで負ける。だが、心・技・体それぞれを競えるものと指定しておけば、体育系ばかりの勝負じゃなく文化系も勝負に入れないといけなくなる。そうすれば優希たちの得意分野にも触れる。勝率が上がるってわけだ」

「なるほどね~。さすが翔平」

「まぁ、向こうが何の種目を指定してくるかが重要だけどな」


2人が話しているうちに部活連側でもそのような内容の説明をしていたらしく、ちょうど終わったところで種目の発表となった。


「5番勝負のそれぞれの種目は、これだ!」


鬼堂が壁にかかってあった布を引っ張ると、壁に大きくそれぞれの種目が書かれていた。


1番 華道部 生け花対決

2番 テニス部 ダブルス対決

3番 チェス部 チェス対決

4番 弓道部 近的きんてき対決

5番 柔道部 柔道対決


「大体予想通りだが…テニスでダブルス対決ときたか」


勝敗を分かりやすくするためと、異例の6人体制であることを逆手にとって5番対決としたのだが、これでは全員出ることになる。


翔平たちは、どれに誰が出るか作戦会議をすることになった。



「まず華道の生け花対決だが、これに一番適しているのは優希だと思うが」

「優希さんは華道もやってるの?」

「えぇ。習い事でね」

「確か前にコンテストで優勝してたこともあったよね」

「そうそう。その時静華の華道部の人を負かして…ってあれ?」


双子が揃って首を傾げる。


「もしかして、雫石に負けたから悔しくて挑んできたのかな」

「それもあるだろうな。向こうも優希が出てくることを望んでるだろう」

「じゃあ1番は雫石だね」

「頑張るわ」


雫石はガッツポーズをつくって微笑む。


「次だが、テニスのダブルスを誰がするかだな」

「それなら僕らがやるよ」

「僕ら、翔平までとはいかなくてもけっこうスポーツ得意だよ」

「少なくとも他の3つよりは得意~」

「助かる。じゃあテニスは2人に頼む」

「「了解~」」

「残りはチェスと弓道と柔道だが…晴はどれがいい?」

「えーっと、おれかぁ…弓道と柔道はあんまり馴染みがないな。チェスなら少しはできるけど…」

「ならチェスを頼む」

「でも、そんなに強くないよ?」


「そんなことないよ、晴」

「そうだよ。つぼみの部屋で暇な時にチェス一緒にやったけどさ、僕と皐月より強かったじゃん」

「そ、そうだけど…」


少し不安そうな晴に、翔平は元気づけるように肩を軽く叩いた。


「大丈夫だ。そこまで気負うことはない。勝負だからな。勝ちは望ましいが、今回の場合は俺たちが全勝してもまずいんだ」

「「どういうこと?」」


双子の疑問に、雫石が答える。


「私たちが全勝してしまうと、部活連の顔を潰してしまうからあまり望ましくないのよ。それこそ、つぼみと部活連側の軋轢あつれきは深くなるばかりだわ」

「頭から潰して勝ってもつぼみとしては意味がない。互いに善戦して引き分けか勝ち越し。それが目標だ。そうすると、最低は3勝すればいい。逆に、勝敗を調整するためにわざと負けてもらうこともあるかもしれないが…」


翔平が申し訳なさそうに晴を見ると、晴は少し気が楽になったようだった。


「分かった。おれ、頑張るよ」


「よし。じゃあ、柔道は俺が引き受ける。鬼堂は柔道部部長だからな。何故俺を目の敵にしてるのかは分からないが、望み通り俺が出よう。弓道は純、頼んだぞ」


純はこくりと頷く。


「部活派遣の剣道部の時みたいに相手に怪我をさせるような競技じゃなかったのが不幸中の幸いだな」


「…それ、どっちにとっての不幸中の幸いなんだろうね…」

「…部活連じゃない?」


純が運動神経が良いとは知っていたが、剣道部員全員を相手にして無傷で全員倒したというのだから、やはり人並みを外れている。


「ねぇ、皐月」

「何?凪月」

「静華の剣道部ってさ、けっこう全国常連の強豪じゃん?それなのに今回の対決に出てこないのってさ…」

「あぁ…純のせいかもね…」


知らなくていい事実に気付いてしまった双子であった。



「さて、行くか」


つぼみ対部活連。種目別総当たり戦が始まろうとしていた。

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