第5話 さくら ②


「決闘ってねぇ…」

「いつの時代の話って感じだよねぇ…」

「まぁ、そうだな」


部活連に決闘を申し込まれた次の日、双子は移動教室のため同じ授業を受ける翔平と行動を共にしていた。


「そんなに僕らのこと気に食わないのかなぁ」

「決闘で相応しいって分かるものなの?」


双子は決闘を申し込まれたことに納得がいっていないらしい。

昨日からぼやきっぱなしである。


「部活に所属しないつぼみのことを部活連側がよく思っていないのは昔からのことだ。ただ、俺たちの場合はつぼみ就任早々に吹奏楽部の部長を退部させることになったからな。明らかに吹奏楽部部長に非があったとはいえ、部活連側としては面白くないんだろう」

「「なるほど~」」


双子は感心したように頷いている。


「昨日も思ったけど、翔平の説明って分かりやすいよね」

「そうそう。状況を把握するのがはやいっていうかさ~」

「「さすがはつぼみのリーダー“菊”だねぇ~」」


双子にそう言われ、翔平は苦笑いを浮かべる。


「つぼみに明確な役割はないだろ。菊がリーダーってわけじゃない」

「そうだけどさ~。創立者5人の中でも、菊の称号の人がリーダーだったんじゃないかって言われてるよね」

「それに、代々のつぼみでも菊の称号の人がリーダー的な役割のこと多いし」

「翔平がまとめ役をやってくれたら、僕らは大歓迎だよ」

「俺なんてまだまだだ。吹奏楽部の件だって、解決したのは純だしな」


純の名前を聞いて、2人は目を合わせる。そして片方がおずおずと口を開いた。


「あのさ、ちょっと失礼な聞き方するけどさ」

「何だ?」

「…純って、何者なの?」

「…どういう意味だ?」


「いや、変な意味じゃないよ。たださ、吹奏楽部のボイコットを1人で解決しちゃったでしょ?僕らなんて、そんな企みがあったなんて全然気付いてなかった。それにつぼみの部屋にある本の場所を見ただけで覚えちゃうし、喧嘩も強いって翔平から聞いたし…」

「ちょっと…普通じゃないかなって…」


2人とも勇気を出して聞いたのだろう。翔平の反応を恐る恐る見ている。


翔平は、11年間見てきた幼なじみの姿を思い出した。


「確かに、あいつは普通じゃない。何者かと言われると返答に困るが、あいつを一言で表すなら“天才”だな」

「「天才…」」

「あいつは一目見ただけで物事を完璧に記憶するし、静華学園で高成績を維持するほど頭もいい。運動神経もいいし、どんな楽器だって一度触るだけで弾ける。俺はあいつが努力した姿を見たことがないし、あいつが誰かに負けたところも見たことがない。努力しても敵わない存在っていうのは、あいつのことを言うんだろうな」

「そんなに凄いんだ…」


つぼみの一員である翔平が言うくらいなのだから本当なのだろう。


つぼみに選ばれた翔平や双子たちだって、周りから見れば天才の類である。

普通の人たちが努力で敵わないような才能を持っていなければ、つぼみには選ばれない。


雫石は国内でもトップレベルの学力を誇るこの学園で入学以来学年1位の成績を保ち続け、翔平の運動神経はそこら辺のアスリートを軽く超える。

晴と双子にだって、つぼみに選ばれた理由がちゃんとある。それでも、純には敵わない気がした。


吹奏楽部のボイコットを事前に察知し1人で解決してしまうなど、皐月たちにはできない。


純の才能は、底の知れない深海のように深くて暗い気がした。

手を伸ばしても掴むことができないくらい、自分たちとは距離が離れている。



「あいつは確かに天才だし、人と比べると普通じゃない」


顔を上げると、翔平が自分たちを見ていた。


「だが、普段は面倒くさがりで少し行動が自由なだけなんだ。得体の知れない奴だと思うかもしれないが、そこまで怖がらなくても大丈夫だ」


2人の心の内は翔平にはお見通しだったらしい。


「変な奴だが、大目に見てくれ」


翔平の言い方に、双子はぷっと吹き出した。


「翔平の言い方ってお母さんみたい~」

「純の保護者みたいだね~」

「保護者って言うな…」


昔からあの面倒くさがりな自由人に振り回されているうちにこんな保護者みたいな性格になってしまったのだが、母親呼ばわりは不本意である。


「純のこと、確かにちょっと変わった子だなっとは昔から思ってたけど、よく考えたら今までもあんまり話したことないもんね」

「まだまだこれからだよね~」

「「変なこと聞いてごめんね、翔平」」

「いや、気にしてない」

「「よかった~」」


どうやら双子はたびたびハモるのが当たり前らしい。

さすがテストの点数も全く同じ点数をとってしまうという2人である。



「「そういえばさ…」」

「龍谷翔平!蒼葉兄弟!」


双子がいっぺんに喋り出した時、背後から大声で呼び止められた。


後ろを振り向くと、そこには大柄な男子生徒が仁王立ちしていた。

身長は翔平と同じくらい高く、体つきはがっしりとしていて肩幅は翔平よりも広い。何かスポーツをやっていると一目で分かる見た目である。


双子はその姿を見て、思わずげっと顔を歪めた。


「「部活連の会長じゃん…」」


廊下で3人を呼び止めたのは、今まさにつぼみに決闘を申し込み中の部活連会長、鬼堂きどうたけるだった。


「何か用か。こんなところで」


翔平はちらりと周りに目を向けた。

大声で呼び止められたせいで、何事かと生徒が集まり出してきている。


「何か用かだと?忘れたわけではあるまいな。我々がそちらに決闘を申し込んだことを!」

「忘れていない」

「では、その返答はいかに」

「その文書をもらったのは昨日だ。もう少し待ってくれ」


鬼堂という生徒は、はんっと鼻をならした。


「今代のつぼみはそんなこともすぐに決断できないのか」

「…何それ」

「人聞き悪いなぁ」


双子の機嫌が悪くなっているのを感じ、翔平は2人に小声でささやいた。


「乗るな。挑発だ。おそらく決闘の件をこうやっておおやけにして、俺たちが逃げられないようにしたいんだろう」

「性格わるーい」

「気に入らないねぇ…」


双子の機嫌はますます悪くなるばかりである。


「それで、どうなのだ!」


声がでかい男である。

野次馬は部活連の会長とつぼみが相対しているとあって、緊張してこの行く末を見守っているようだった。


「先日の文書の件は、こちらで今審議中だ」

「はっ。判断が遅いな。もしや、決闘から逃げるつもりなんじゃないだろうな」

「「はぁ~?」」


双子はついにカチンときたようである。

翔平は2人をさっと背後に隠した。双子が挑発に乗ってしまうと話がややこしくなる。


『この件が広まるのも時間の問題だな…』


「逃げるつもりはさらさらないが、俺たちは法律に触れるような真似をするつもりもない。決闘と軽く言っているが、決闘罪に触れるとは考えないのか?」


鬼堂は、ぐっと言葉に詰まっている。


「決闘は日本の法律で禁じられている。まさか、そんなことも知らなかったわけじゃないだろうな」

「…まぁな。決闘とは言ったが、要は我々部活連とつぼみが対決できればいいのだ」

「対決?」

「あぁ。そうだな…例えば、部活連代表のエースと対決、とかな」


「そんなのそっちが有利に決まってるじゃん」

「フェアじゃないね」

「スポーツマンシップはどこいったー」


双子が翔平の背中の後ろから、やいやいと文句を投げる。

しかし、それを鬼堂は鼻で笑った。


「つぼみは部活に所属できないくらい才能に溢れているのだろう?そのくらいのハンデはあって当然だろう」

「「むぅー」」


そう言われてしまうと、つぼみとしては反論しづらい。


『それを狙って言ってるんだろうが…』


「どちらにしろ、ここで俺たちだけでは判断はしない。後ほど正式に文書で返答する」


それだけ言うと、翔平は双子の背中を押して歩き出した。

これ以上接触していると、双子の堪忍袋の緒が切れそうだからである。


「待っているぞ!龍谷翔平!」


『…何で俺?』


最後に疑問が残ったものの、翔平はさっさと双子とその場をあとにした。

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