第2話 出ずる日 ②

チリーンと、部屋の中に鈴の音が響く。


鈴の音がした方を見ると、郵便受けのような茶色い小さな箱が壁についていた。

箱には「指令箱」と書かれている。


不思議に思いながらも箱を開けてみると、白い封筒が中に入っていた。

裏には学園の紋章が赤色で封蝋されている。


「「何これ?」」

「手紙かしら?」

「誰からだ?」

「いつの間に…」

「今」


いつのまにかすぐ後ろに純がおり、手紙を見て首を傾げていた5人が一斉に振り返る。


純は箱を覗いたあと、壁をコンコンと叩きながら歩き始める。


「それ、理事長から。この箱、理事長室からここまで繋がってる」

「「えぇ!そうなの?」」


驚きながら、双子も我先にと箱の中を覗いている。


「ここは学園の中で一番高い場所だぞ。どうやってここまで届けるんだ?」


翔平の指摘に、「あれ、そっか」と双子が箱から顔を出して納得している。


「時計台の動力を利用したぜんまいでここまで上げてる。さっき壁の向こうで動いてる音がした」


そう言って1人で勝手に納得して再び部屋の物色に戻ろうとしたところ、双子の顔が両側から現れた。


「へぇー!純ってすごいんだね」

「ねぇねぇ、それ詳しく分かる?」


両側でわいわい言っているのを軽く無視していると、後ろから控えめに声がかかる。


「あの、理事長からだったらこの手紙開けるのを優先した方がいいと思うけど…」


手紙を持っている晴が苦笑いしながら手招きしている。


「「おっけー」」


双子が離れたら部屋の物色を再開した純を気にしつつも、翔平に「あいつは放っておいていい」と言われたので手紙に視線を戻す。



「これがあの、『理事長の指令』なんだね…」


5人はしげしげと、その何の変哲もない封筒を観察する。


「初日から来るとは思わなかったね」

「でも、これが来るとほんとにつぼみになったんだなーって思うよね」


つぼみの主な役割は学園の運営と治安維持だが、それとは別に「理事長の指令」がある。


指令と言っても内容は学園の問題解決や理事長からの頼み事であり、依頼に近い。

しかしこの静華学園では理事長は絶対的な存在であり、つぼみといえどその指令を無視することはできない。


「手紙で来るんだねー」

「このネット社会でねー」


指令の出し方が意外と古典的な方法であることに双子は驚いたが、隣で同じく手紙を見ている翔平は手紙と指令箱を見て納得している。


「メールは楽だが、ネット上に記録が残るからな。ネット上の記録を完全に消すことは難しいが、この手紙は燃やせばこの世のどこにも残らない。だからだろう」


手紙を人に運ばせることなくからくりでここまで届けるというのも、誰かに見られる可能性をできるだけ低くするためだろう。

恐らく手紙が運ばれるルートはかなり厳重に守られており、もし外部から盗もうとする者がいたらすぐに分かるようになっているはずだ。

人に運ばせると、中を見ようとしたり紛失の可能性もある。信用している人物に任せても、その人物が裏切る可能性もある。その結果がこの方法なのだろう。


「「え?そこまで危ない内容なの?」」


一瞬にして手紙が危険物になったかのように、双子は警戒しながら下がる。

それを見て雫石は、2人を安心させるように微笑む。


「もしものことを考えてのことでしょうから、指令の内容はそんなに危険なものではないと思うわ。「理事長の指令」が外部に漏れることの危険性を理解していれば、そこまで怖がらなくても大丈夫よ」

「まぁ、理事長からの指令が漏れるとつぼみの活動にも影響が出るもんね」

「邪魔しようとしてくる人もいるかもだしね」


警戒を解いたらしい双子は、雫石の言った「危険性」については理解していた。


つぼみには、敵がいない訳ではないのだ。学園において大きな力を持つつぼみをよく思わない生徒もいるし、つぼみに入れなかった生徒はつぼみを恨むこともある。


「じゃあ、早速読むね」


それらの話をふまえ、晴は慎重に封筒を開いて手紙を取り出した。



「つぼみの皆さん、就任心よりお喜び申し上げます。さて早速ですが、皆さんには最初の仕事をお願いします。入学式の準備、よろしくー。理事長より」


「………だそうです」

「………」


誰も何も言えずに、部屋に重い沈黙が広がる。

ある者は頭を抱え、ある者は口をあんぐりと開けている。


ちなみに純はいつの間にかいなくなっており、隣の部屋から「ガタンッ」という音が聞こえる。何か落としたらしい。


『よろしくーって何だ…』

『理事長…』

『指令ってこんな軽い内容なの?』

『別に人に知られても良くない?』

『さっきまでのおれたちの緊張感を返してほしい…』


「…えぇと…ねぇ、凪月。入学式っていつだっけ?」


みんなの突っ込みは全てそれぞれの心の中に置いておいて、今この部屋で一番聞きづらいであろう質問を皐月がしてくれた。


「…明日だね」


さすがに晴の天使のような微笑みもひそめてしまっている。


そんな困惑した空気もお構いなしに隣の部屋から出てきた純は、少しホコリを被ったのか不機嫌そうにしながら2階への階段を上っている。


つぼみになってまだ数時間。やっと自己紹介を終えたところである。

つぼみとしての仕事をまだ把握できていないし、入学式の準備なんてもちろんやったことがない。


手紙を見ながらなんとも言えない表情でちょっと絶望的になる晴と双子だった。



「時間はないけれど、そう悲観的にならなくても大丈夫だと思うわ」


雫石と翔平を見ると、2人とも苦笑いしつつも落ち着いている。


「多分、例年のつぼみの初仕事がこれなんだろ。だったら今までの記録とか資料があるはずだ」

「「そっか!」」


双子が手を繋ぎながらクルクルと回りながら踊りだす。


「だったらなんとか間に合うかも…って…」

回転を止めてつぼみの部屋を見渡す。


「この大量の本の中から?」


部屋には壁一面に天井まで本棚が並んでおり、小さな図書館くらいの蔵書はありそうだ。

この中から目当ての本を探すとなると、今日中に終わるか分からない。


「大丈夫だ」


そう言うと翔平が上を見上げる。


「純。今までの入学式の資料はどこだ?」

「窓から向かって1階左3番目の棚。上から5段目左から12冊目」


頭の上から純の声が聞える。

2階の本棚を物色しながらこちらをちらりとも見ずに場所を示す。


言われたとおりの場所へ行くと、寸分違わず過去の入学式についての本があった。


「…さっき見ただけで本の場所覚えたってこと?」

「え、でもさ、軽く眺めてるだけだったよ?」

「純って何者なの…?」


今日一日で始業式をバックレるわ空から降ってくるわといろいろあり過ぎたせいか、3人の純を見る目が信じられないと訴えている。


「純といると楽しいでしょう?」


それを楽しいで済ませる雫石も雫石だった。


「まぁ、始めるか」


2階を見終わったのか一応純も戻ってきたところで、明日の入学式についての話し合いが始まった。




「じゃあ、そうしましょうか」


入学式についてはおおまかにまとまり、あとは当日の演奏の最終確認と、会場設営の業者を迎えて準備するだけだった。


「演奏は吹奏楽部ね。今から行って間に合うかしら」

「始業式の次の日に入学式なのは毎年のことだし、最終確認だけだから大丈夫だろ。業者もそろそろ来るな…」

「じゃあ、吹奏楽部は私と晴くんで行きましょうか。会場の方は皐月くん、凪月くんに任せるわね。純と翔平くんはここで明日の細かい段取りを…」

「あ、ちょっと待って」

「どうした?純」

「3人って喧嘩に自信ある?」


純に問われた晴と双子は不思議そうに互いを見て、首を横に振る。


「ないけど…」

「「同じく」」

「じゃあわたしは吹奏楽部の方について行く。そっちは翔平」

「あぁ…なるほどな」

「分かったわ」


翔平と雫石はそれだけで意味が分かったらしい。晴と双子は腑に落ちないながらも、それぞれの目的地に向かった。




「さっき、どうして櫻さんは喧嘩のことを聞いてきたの?」


3人で吹奏楽部専用の音楽室へ向かう途中、晴は雫石に気になっていたことを尋ねてみた。


始業式が終わったにも関わらず、校舎にはちらほらと生徒の姿が見える。


純は自分たちの後ろの少し離れたところで中庭を見ながらマイペースに歩いている。


「つぼみって、称号にふさわしくないと判断された場合はメンバーから降ろされることがあるでしょう?」

「うん。そうだね」


つぼみに選ばれるということはそれだけ厳しいことなのだ。全生徒の模範となるだけでなく、学園の顔とも言える立場だからだ。

その年のつぼみを見て、様々な業界のトップは学園への態度を決める。


「そういった時は、新しいメンバーが加わることがあるのよ」

「そんなことがあるの?」

「えぇ。ふさわしくないというだけではなくて、病気や怪我、実家の事情とかのアクシデントが理由で降ろされた場合は入れ替わることがあるわ」

「それって、喧嘩とどう関係あるの?」

「今日は、新しいつぼみの就任の日よね。一番気が緩んでいると思われるから、狙われやすいの」

「狙われやすいって…」


その時、晴のすぐ横から音もなく純が飛び出す。

空中に飛び上がり、自分たちの頭上に落ちてきた物を中庭の方に蹴り落とした。


「えっ…」


驚く晴をよそに、純は平気な顔をしている。


「大丈夫?純」

「うん」

「ありがとう。助かったわ」


純が蹴り落として粉々になったものをよく見ると、大きな鉢植えだった。


「ね、こういうことがあるの」


鉢植えを軽々と蹴り飛ばした純もすごいが、それを見て落ち着いて微笑んでいる雫石もなんだか恐ろしい。


「…でも、こんなやり方でメンバーにとって代われるの?」

「無いとは言えない、って感じかしら。この学園、実力主義だから。一縷いちるの望みをかけてこんな手段をとるほど、みんなつぼみになりたいのよ」

「なるほど…」


先程の理事長からの容赦のない手紙を見た感じでは、理事長も実力主義なのだろう。


「櫻さん、あんなの蹴り飛ばしてたけど怪我はない?」


鉢植えを蹴り飛ばした右足を心配する。あれはかなりの重さがあったはずだ。


「……」


純は相変わらず無表情だが、何故かちょっと驚いている気がした。


「大丈夫よ。純はとっても強いの。翔平くんも強いから、あっちも大丈夫よ。さぁ、行きましょうか」



そして結局、音楽室に着くまでにバケツに入った水が降ってきたり椅子が飛んできたりと、合計7回襲われた3人だった。


その後ろ姿を、悔しそうに顔を歪めて見ている人物を残して。




「えぇ、それで問題ないですよ」


音楽室に着くと、出迎えてくれたのは部長である高等部3年の前川という人だった。キツネのような細目に眼鏡をかけた男子だ。


「ありがとうございます」

「あら、もう今日は練習を終えられたのですか?」


ちらりと見えた音楽室の中には、部長以外の部員はいないようだった。

楽器も特に見当たらない。


「えぇ。明日の演奏がありますので。今日は部員を早めに帰したんですよ」


雫石に話しかけられたことが嬉しかったのか、頬が紅潮して声が少し上ずっている。


「そうだったのですね。わざわざ残っていただいてすみません」

「いえいえ。では…」


扉を閉めようとしたところ、ガンッと何かがぶつかる音がした。


扉が壊れたのかと思って下を見てみると、濃茶の指定靴が挟まっている。

よく見ると、1人の女子が悪徳業者のように足を伸ばして扉を止めており、無表情でポケットに手を突っ込んだまま立っていた。


『何故つぼみの二人と一般の生徒が一緒にいる?』


その女子生徒が着ているのは、つぼみの2人とは違い深緑の制服である。


「明日の入学式で演奏するんだっけ?」

「さっきそう言っただろう」

「他の部員も知ってる?」

「そうだ。何を当たり前のことを言っているんだ。無礼だぞ、君」


眉を寄せて怒りをあらわにする相手に対し、純は無表情である。


「じゃあせっかくだから明日演奏するってここで言ってもらえる?」

「何なんだ!私を馬鹿にしているのか?明日絶対に演奏する!これでいいだろう!」

「どうも」


純は挟めていた足を外し、バタンッと音楽室の扉が勢いよく閉まる。


「どうしたの?櫻さん」

「何か気になることがあったの?」


雫石も今の行動がよく分からないようで、首を傾げている。


「うーん。まぁ」


曖昧に言いながら、純はポケットから手を出した。

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