花咲くまでの物語
国城 花
第一章 はじまり
第1話 出ずる日 ①
新しい生活の始まりを祝福するかのように、雲一つない青空に桜が満開に咲いている。
ここは、私立
名家や資産家、大企業の子息・令嬢が通う国随一の格式高い学校である。
学舎は幼等部から大学部まであり、まるで1つの町のような広大な敷地を持つ。
そんな静華学園には高等部に特別な制度があった。
高等部3年の生徒の中から特に優秀な生徒を集めた生徒会、「つぼみ」である。
つぼみに選ばれることは生徒たちにとっては名誉あることであり、これからの社会で期待されている存在という証である。
元つぼみであった卒業生たちは皆目覚ましい活躍をしているために、企業のトップや政治家もつぼみに選ばれる生徒に毎年注目するのだった。
そして今年も、新しいつぼみによって新学期を迎えようとしている。
「うーん。面倒くさい」
今日は高等部2・3年生の始業式である。
特に授業はないものの、新しいつぼみの就任式もあるため、生徒たちからの注目は高い。続々と生徒が大講堂に集まっていた。
そんな中、1人の女子生徒が木陰で青空を仰ぎながらため息をついていた。
今から始まる式をどうやってサボろうかと考えているのだ。
その身にまとうのは深い緑色の制服。
ハイウエストのスカートは膝頭で揺れ、胸元にあるはずの学校指定の深紅のリボンはない。
濃い茶のヒールがある靴からは黒いタイツがのびる。
相変わらず雲一つない空を眺めていると、1つの建物に目がとまる。
女子生徒はどうサボるか決めたらしく、大講堂とは反対の方向に歩きだした。
一方大講堂では、大勢の生徒の前でつぼみのメンバーの発表が行われていた。
つぼみはそれぞれ
「
という花の称号があり、それにふさわしい生徒が選ばれる。
学園創立者5人に由来されているというそれは、称号にふさわしい者がいない場合には欠員となることもあるほど選出は厳しい。
「今年のつぼみのメンバーを発表いたします」
アナウンスが入り、つぼみの発表を今かと待ち望んでいる生徒たちも高揚してざわめく。
「つぼみ。称号「菊」。
大勢の生徒の注目が集まる檀上に上がったのは、漆黒の髪に同じ色の瞳を持つ長身の男子だった。
面持ちはクールで整った顔をしているが、眉間に寄った少々のシワがどこか怒っているかのような雰囲気を醸し出している。
つぼみに選ばれた者だけが着られる深紅の制服に深緑のネクタイをつけており、ネクタイには称号の菊の花が刺繍されている。
名前が呼ばれると、特に女子生徒から黄色い歓声が飛んだ。
「やっぱり格好いいわ」
「あのクールなところが良いわよね」
女子はキャッキャしているが、本人は何事もないように表情は少しも変化がない。
「つぼみ。称号「桔梗」。
さっきの男子の時と同じくらい黄色い歓声が飛ぶ。
前に出たのは明るいプラチナブロンドヘアに碧眼の男子だった。
さっきの男子とは違い、穏やかな笑みを浮かべながら爽やかに歩いていく。
「学園トップクラスのイケメンが2人もつぼみに揃うなんて!」
「龍谷くんは黒の騎士って感じで、周防くんは白の王子様って感じよね!」
「2人とも立っているだけで絵になるわ」
熱狂的な声援がやっと止むと、再び司会者が名前を読み上げる。
「つぼみ。称号「向日葵」。
歓声とともに会場がどよめく。
「1つの称号に2人選ばれることなんてあったか?」
「初めてだよ!凄いな」
「それもあの蒼葉兄弟か」
生徒たちの歓声に応えて手を振りながら笑顔で歩いているのは、見分けがつかないほどそっくりな男子2人だった。
どちらもオレンジ色の髪に明るい茶色の瞳をしている。
「つぼみ。称号「牡丹」。
今度は野太い歓声が飛んだ。
男子の熱い視線の先には濡羽色の美しい長髪に透き通った白い肌を持つ美少女がいた。
上品に微笑みながら檀上に上がっていく。
「容姿端麗、成績優秀。入学当時から今までずっと学年トップだもんな」
「そして学園一の美少女!」
そしていよいよ最後の発表に生徒全員の注目が集まり、会場に緊張が走る。
「つぼみ。称号「百合」…」
何故か、アナウンスが途中で止まる。
司会者の男性が汗をだらだらと流しながら、キョロキョロと周りを見たり頭を抱えたりと挙動不審になっている。
それでもやっと心を決めたのか、汗を拭きながらマイクに向かい立つ。
「え、えー…百合の称号の方は、本日はいらっしゃらないようで…」
会場にざわざわとどよめきが広がる。
「欠席?」
「つぼみの就任式を?」
「今までつぼみの就任式を欠席した人なんていたかしら」
「いないわよ。こんなに名誉なことなのに」
「きっと事情があるのよ」
生徒たちのそんな声が聞こえ、菊の男子が眉間のシワを深めてため息をつく。
反対に牡丹の女子は何故かにこにこと楽しそうにしていた。
完全に着地点を見失った司会者はなんとかこの場をしめようと四苦八苦しながらアナウンスを続けている。
「あーえー、本日の始業式はこれにて終了させていただきます。生徒の皆様は――」
始業式が終わり、つぼみのメンバーはつぼみ専用の部屋に集まっていた。
その部屋は塔の最上階にあり、塔自体がつぼみのためのものである。
そこはつぼみ以外の生徒は入ることができず、学園のどこよりも豪華で凝った造りをしている。
2階構造をしていて吹き抜けになっている部屋の中央には大きな五角形の机があり、5つの花の紋様がしるされている。
天井には豪華絢爛なシャンデリア、壁には本棚が2階まで並び多くの本が並べられている。
大きな窓の外はバルコニーとなっており、明るい陽の光が差していた。
「えっと、どうしようか?1人欠席してるみたいだけど…」
金髪碧眼の男子が少し困ったように他のメンバーに尋ねる。
透き通った南国の海のような美しい瞳に、困惑の色が見える。
初日から1人欠けているというのはなかなか締まらない。
「あぁ、それなら」
ずっと眉間にシワを寄せていた黒髪の男子が迷うことなく窓を開けてバルコニーに出る。
すると、上を見上げた。
「おい。始めるぞ」
「「どこに話しかけてるの?」」
オレンジ頭の同じ顔が、揃って同じ方向に首を傾げる。
黒髪の男子が一歩足を引いて後ろに下がると、空から人影が降ってきた。
爽やかな風のなか身軽にバルコニーに着地すると、すっと立ち上がる。
風に揺られて肩の上で舞い上がる髪は灰色がかった薄い茶色。
まっすぐ見つめる瞳はガラス玉のような透明感のある薄茶色をした女子だった。
多くの生徒が着る深緑の制服を着ている。
みんなが驚いているにも関わらず、表情を変えず周りを見渡している。
「始業式出ろよ」
「面倒」
「ちゃんとつぼみ用の制服を着ろ」
「面倒」
「つぼみの就任式をサボるやつがどこにいる」
「ここにいる」
その返事に菊の龍谷翔平は頭を抱え、呆れて何も言えないようだった。
「お昼寝をしていたの?気持ち良かった?」
「うん」
1ミリも動揺しておらず、にこにこととても楽しそうにしているのは牡丹の優希雫石である。
呆然としていた向日葵の蒼葉兄弟と桔梗の周防晴は、やっと正気に戻るものの、今見た光景を思い出してさらに動揺する。
「今…上から降ってきたよね?」
何とか持ち直しているものの、晴の顔は青ざめている。
ここは塔の最上階。上には何もない。
「うん」
「え…えっ?どこにいたの?」
蒼葉兄弟の片割れが、興味があるような聞きたくないような表情をしながらも恐る恐る尋ねる。
すると、女子は視線を上に向ける。
「屋根」
「ここって…学園の建物の中で一番高い所だよね…?」
「その、屋根で…昼寝?」
学園の中で一番高いここ、つぼみの塔は高さ30メートルはある。落ちてしまえば大怪我では済まない。
3人は信じられないものを見た、という目でいまだ無表情のままの女子を見た。
「とりあえず、一応自己紹介しておくか」
「「賛成~」」
双子の蒼葉兄弟が揃って手を挙げる。
6人は五角形のテーブルにそれぞれ座り、蒼葉兄弟は1つの辺に2人で座っている。窮屈そうな気がするが、全く気にしていないようだ。
この塔にはキッチンも備わっており、令嬢だというのに何故か手慣れた手つきで雫石が紅茶を淹れてくれたので、ようやくひと心地つくことができた。
アールグレイのベルガモットの香りと、クッキーの甘い香りが部屋を満たす。
晴と双子は、屋根から人が降ってきたという驚きからなんとか立ち直ることもできた。
「じゃあ2人から始めてくれ」
「はーい。僕は蒼葉皐月。称号は向日葵。凪月のお兄ちゃんだよ」
「僕も称号は向日葵。皐月とは双子だよ。まぁ、僕ら初等部の時からいるから知ってるかもしれないけど」
「2人のことは知っているけれど、2人ともとても似ていてなかなか見分けられないわ」
「「双子だからね~」」
皐月と凪月はまるで褒められたかのように照れている。
「私は優希雫石。称号は牡丹。憧れのつぼみになれて、とても嬉しいわ」
雫石はにっこりと微笑む。
その微笑みでどんな男子も心奪われてしまいそうだが、幸いこの部屋の男子はこの笑顔を見慣れているので被害は最小限に済んだ。
「おれは周防晴。称号は桔梗。静華に入ったのは高等部からだからつぼみに選ばれて驚いたよ」
「それだけ優秀ってことだよ~」
「イケメンだしね!」
「あ、ありがとう…」
双子に褒められ恥ずかしいのか、晴が先を促してきたので翔平はその意を受け取った。
「龍谷翔平だ。称号は菊。これからよろしく頼む」
そして、最後の1人に視線が集まる。
今までぼーっとどこかを眺めていたので自己紹介を聞いていたのか聞いていないのかは分からないが、視線が集まっていることに気付いたのか前を向いて口を開いた。
「
「「………」」
なんとも簡潔な自己紹介である。そして先程から表情が変わらず、無表情である。
「名前は有名だから知ってるけど、今まであんまり喋ったことないよね」
屋根から人事件のショックからだいぶ立ち直ったのか、兄の皐月はクッキーをもぐもぐと食べている。
純はただそれにこくりと頷いた。
「お前、もうちょっと喋れよ」
翔平が呆れて頬杖をつきながら話しかける全く喋る様子がなく、いつの間にか席を立って本棚を物色している。
「悪い。無愛想で」
「あれ、翔平って純と知り合いだったっけ?」
「あぁ。初等部の時から」
「そういえば、昔からよく一緒にいるところを見てたよ」
同じ顔の双子は互いに「ねー」と顔を見合わせている。
「優希さんも?」
「私は2人と知り合ったのは中等部からなの」
「そうなんだ。おれは優希さんとはクラスが一緒だけど、こうやってみんなと話すのは初めてだな。櫻さんとは初めて会うし」
「僕らも中等部の時は翔平と同じクラスだったけど、あんまり話したことなかったよね」
机にびよーんと腕を伸ばしながら首を傾げているのは弟の方の凪月で、食べたいお菓子が取れないらしい。雫石がお菓子を取ってあげている。
「そうかもな」
「この6人で、つぼみなんだねぇ」
皐月がしみじみと机の上の紋章を見る。
それは、創立以来変わらない5つの花である。
創立者5人を表しているとされている花。
その時代の最高峰の立場にいた5人が、自分たちの意志を未来に残すためにこの学園を築き、つぼみという制度をつくったと言われている。
つぼみは学園の運営や治安維持にも関わり、生徒の中でも権力を持った存在である。
それ故に優秀な生徒でなければ務めることができず、生徒たちの憧れの的でもある。
学園のために存在し、学園のために行動するのがつぼみである。
しかしここに集められた6人は友人同士もいるが、まだ大体が知り合い以上友人未満の関係だった。
双子がおかわりの紅茶を飲み始めた頃、チリーンと鈴の音がした。
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