第8話
「のわっ」
ぼーっとしてた。
帰りの挨拶が終わって、それぞれがそれぞれに散って行くのを、帰宅部の俺はぼーっと椅子に座って。
しいは………史季は挨拶と同時に声をかけるヒマもないぐらい、ばびゅーんって教室を出てった。
いつものこと。
部活。
か、生徒会。
すんげぇ忙しそうなしい………史季と、すんげぇヒマすぎる俺。
いや、俺も塾入ったけど。行ってるけど。受験生だし。
でも、それだけな俺。何もねぇ俺。
ぽっつーんって残った教室が居心地悪くなって、もういい帰ろうって出たところ。
「びっ………びっくりした」
そこににゅって現れたのは、信………信我だった。
そういえば、戻って来てから信我ともそんなに喋ってねぇな。
ってか元々信我はあんま喋らないヤツだけど。
信は昔っから何かっていうと寝てるし寝てるし寝てるし寝てるから。
ぬぼー。
俺と同じぐらいの背。
一重で細い垂れ目………が、眠いのか、さらに細くなってる気がする。
「………」
「………」
寝てる?
………わけねぇよな。
無言で俺の前に立ってて、退いてくれないのは何故か。
「退いて欲しんだけど」
「断る」
「は?」
断るって、お前。
「帰りたいんだけど」
「許さん」
「は?」
どういうことだ。
我が道しか行かなさすぎる信………信我に、どうしていいか分からない。
『んもーっ、信ちゃん‼︎用があるならちゃんと言ってよ‼︎分かんないよ‼︎」
しいが居ればそんな風に言うんだろうな。言ってたな。
「………えっと、何か用?」
「用」
「何?」
「………」
「………」
無言。
だから何だっつーんだ。
「体育館」
「は?」
「体育館行くぞ」
「え?ええ?えええええ⁉︎」
そのまま俺は、我が道しか行かない信によって拉致られ、できれば行きたくない体育館へと連れて行かれた。
体育館に行きたくない理由なんか、ひとつしかない。
それはしい………史季だ。
史季が部活をやってるからだ。
見たことはないけど、多分小さいくせにすげぇうまいと思うから。
その根拠はしいの負けず嫌い。
しいはすぐ泣くけど、俺は知ってる。しいは絶対にできるまで諦めない。
夏休み中のランニングとその後の自主練。そして部活。
新学期が始まってからも続いてるランニングと自主練、そして朝練。
いつからやってるのか、知ることはできないけど。でも、夏休み中からずっとそう。
だからうまいに決まってる。努力の仕方が半端ねぇんだから。
だから行きたくない。見たくない。俺の知らないしいなんて。
思うけどそれを信に言うこともできなくて、俺はずるずると引きずられるみたいに体育館まで連れて行かれた。
そして。
そこで。
試合形式の練習。紅白戦。
一際小さいしいが、ボールを持って、ボールをつきながら、誰かに何かを指示してた。
そして。
ディフェンスの一瞬のスキを縫って、ドリブルして。
早い。
あっという間にゴール近くまでそのままつっこんでって、ドンピシャなタイミングで同じようにゴール近くまで走っていた背の高いヤツにめちゃくちゃ早くて正確なパス。あっという間にゴール。もう一瞬。
ピッて笛の音。
いえーいって、ハイタッチをするふたり。
ブランク5年。
まだ暑いのに、俺のまわりにひゅるりと冷たい風が吹いた気がした。
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