第5話

 好きって。






 もちろんそれは『幼馴染みとして』なんだろうけど、しいの………史季の声がガチすぎて、俺は思わず史季の身体をぐいって押して離れた。






「つんちゃん?」






 ブランク5年の照れ。



 と。



 真っ只中の思春期反抗期。






「やめろよ、そういうの」

「え?」

「俺らもう中3だろ?いい年した男がさ、同性の幼馴染み相手に何言ってんだよ」

「………つんちゃん」






 顔。



 しいの………史季の顔がまた、みるみる曇ってく。



 だから、まずいって。また泣くって。



 史季は泣き虫だからって。






 思うのに。



 思うから、余計。






 あれから5年。もう中3。将来を考えて進路を決めていかなきゃいけない年。



 なのに、5年経ってもまだ、変わらない史季。



 つんちゃんつんちゃんつんちゃん。






 俺は、いつまでも、お前の手を引っ張っていけるわけじゃねぇんだよ。



 この5年、お前どうしてたんだよ。



 いい加減、もう離さなきゃ、だろ?






「だってオレ、つんちゃんのこと好きだもん」

「だからそれだって。中3だぜ?15。………お前はまだ14だけど。そんな年のヤロウがヤロウ相手におかしいって言ってんだよ」

「………おかしい?」

「おかしいよ。気持ち悪い。もしお前が海外帰りの俺に気を使ってハグとかしてるんなら、そんな気使わなくていいから。俺だってここが日本で、日本ではそんな挨拶しないって分かってる。だから」

「オレ、おかしいの?気持ち悪いの?」






 史季が、まだ喋ってる俺を遮って聞く。






 ヤバイって思った。



 言ったらダメなんだろうって。



 きちんと説明しなきゃなんだろうって。






 でも、もう話が、言葉が、流れで。






「おかしいだろ。気持ち悪い」






 言った、直後。出た直後。その言葉が。






 ぽろり。






 顔だけはめちゃくちゃ美少女の、茶色いぱっちり二重の目から、涙がこぼれた。






 ………また泣く。






 正直、その一瞬がキレイ過ぎて、どきってなったけど。



 謝りに来たのにまた泣かせたって思うけど。



 でも、泣けばいいってもんじゃない。






 成長ってやつが、必要だろ?俺たちには。






「史季」






 呼んだら、史季が眉をしかめて余計に涙を溢れさせた。






「………って」

「え?」






 俯く史季。



 握られる拳。






「………来てくれてありがとう。今から家庭教師の先生来るから、翼はもう帰って」






『翼』。






 初めて、呼ばれて。しい………史季から。



 それが、想像以上にグサって。






 自分で言ったくせに。いつまでもおかしいとか、気持ち悪いとか。しいではなく『史季』とか。






 シャッター。






 すっげぇオープンだった、オープン状態だった史季のまわりに、ガシャンって一気に、いっぺんに、シャッターがおりたって思った。






 俺、だけど。



 おろさせたの。






 一気過ぎて。






「何してんの?もう用は済んだんでしょ?」

「え?あ………うん」






 声が、違う。変わった。さっきまでと。






 上がった顔に涙はもう止まってた。



 でも、つくりが美少女だけに笑みが消えた史季は………氷みたいに冷たく見えた。






 さっきまでと、全然違う。



 目が。顔が。空気が。






「帰れよ」

「………っ」






 ごめんって言葉は、さっきまでとのあまりの差に、言えなかった。






 俺は無言のまま、史季の部屋を出た。






 悪かった後味は、来たときの100倍ぐらいさらに悪くなってた。

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