前の前の私
怒号で何も聞こえない。聞こえない振りをしている。あの銅鑼の
腹が痛い。目の前の男が握る、槍先が痛い。帷子の隙間を縫うように刳られた。遣り手だった。ただもうその目に光はない。
闇雲に投げた両刃の剣は運良く首を皮一枚にし、俺は生き残る。もう負けたのに、戦の空気が敵の兵士を操る。異国の、髪と皮膚との色味が異なる生き物を一人でも、一匹でも減らそうと人を、支配している。
馬の嘶き、叫び、具足が鳴る音、内臓とその中身の臭い。わけがわからない。真上で昼の太陽がきらきらと輝き、死んだ肉体の腐るのを早めて、慈雨のかわりに血液が地の底へと染みてゆく。誰のものでもない大地が、誰かのものになる前には必ず、人が捧げられるのだろうか。
亡骸の手から槍を引き抜き、脇腹からも引き抜いたとき、胸から同じ槍先が出ていた。じっと見る。自分の肉が鉄に潰されて、風にひらひらしている。そして体にまた戻る。痛みより先に血を吐いた。崩折れる。潰れた心臓の痙攣に合わせて漏れ出たり、吹き出したりする胸の穴をそのままにして振り返る。
顔が見たかった。未だ見慣れぬ兜の下から、見えた瞳は俺と同じ色をしていた。
なんでもない話 フカ @ivyivory
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