茉美ちゃん

 ※警察沙汰な話

 ※血が出ます








 あーもどうでもいい、どーでもいいなアと思ったけどなにもどうでもよくなかった。夫の腹を考えなしに奴が集めたアウトドアナイフでメッタに刺したら、びっくりするぐらい血が出たのでフローリングが海になった。赤い海は、じりじりと私に向かって満ちてくる。


 ガチガチになった右手の指を、いっぽん、いっぽんメリメリ剥がすとナイフの柄にロゴが見えた。アアなんか、言ってたな、夫が。ここのナイフがマジヤバい。もうさ、ヤバいってさいつまで。こいつがずっと生きていた場合、ジジイになってもヤバいって使うのかな、って。


 薬指がどうしてもうんともすんともいわないので、なんとなく記憶を辿った。昨日、一昨日、そういえばまだホワイトシチューが残っている。2ヶ月前。一年、二年、十年。逆走馬灯はすぐに終わった。私はあまり真面目に生きては来なかった。


 二十年ほど遡ると、茉美まみちゃんのショートカットが見えた。親父に殴られ、嫌になって、泣いて茉美ちゃんに抱きついた夏休み。茉美ちゃんの胸は、シャツにこぼしてそのままのお味噌汁の匂いがした。

 大泣きしながら細切れに言った、どうして、人を、殺しちゃいけないのかな。


「片付けるのが大変だからだよ!」


 茉美ちゃんの満面の笑みが、ひまわりみたいだった。

 夫から出た赤い海が、靴下に届き染みはじめた。

 茉美ちゃんてすごいなあ。思うと、ナイフが地べたに落ちた。

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