第6話 出会いと別れ

 修也は慌てることなく車を道路わきによけ停車した。いつでも動かせるようにエンジンは切らずに、そっとライトを消した。遠くに見えたヘッドライトが次第に大きくなる。小型のトラックだろうか、ライトは小さ目だとわかった。

「修也…」

 あたしの震えるような声に修也はやさしく言った。

「奈美、その人と一緒に後ろでふせときな。」

 あたしたちは、後部座席に隠れるように身を伏せた。

 ヘッドライトがいよいよ車の横までやってきた。はっきりとエンジン音まで聞こえる。そして、遠ざかるエンジン音。

「奈美、行ったよ。もう大丈夫。」

 あたしの片方の目からはなぜか涙が一筋だけこぼれていた。それを袖でぬぐったとき、運転席をたたく音に思わず叫んでしまった。

「大丈夫ですかーーー?」

 修也ほどの年齢の男性の声が、車外から聞こえてきた。あたしは身を起こし、修也の肩を後ろからつかんだ。

 修也は運転席の窓を3センチほど開けると

「大丈夫です。ただ道に迷ったっぽくて。」

 とだけ、返した。

「そうなんやー、どこまで行くとね?」

 さらにもう一人、父親らしき人の声が聞こえた。

 あたしはようやく携帯の存在を思い出し、鞄に手を入れそれを取り出した。

「温泉なんですよー。日滝温泉まで行きたいんですけど。」

 修也は今までのいきさつを悟られないようにするためか、天然なのか、たんたんと会話を進めていく。

「そりゃー、こっちじゃなかよ。引き返してダムを渡って行くか、この先の橋を渡ってダム沿いに下って行けば着くとよ。」

「どっちが近いです?」

「ここまで来たなら、ちょっと行った橋渡って行きゃーよか。橋渡ったら道が広くなってるから走りやすかよ。」

 わたしもそれを望んでいた。もし引き返して、あの医師夫婦が待ち構えていたら…

 修也も同じ考えだったらしく、橋までの距離を聞いていた。

「ダムの上にかかる大きな橋だからすぐにわかるじゃろ。3分もいきゃ見えるから。俺たちも橋の先で道路の補修をしてきたとこなんよ。」

 いつの間にか、息子らしき人の姿は消えて、修也は初老の男性と会話していた。

 あたしの手は再び携帯に手がかかった。エンジン音が再び近づいてきたからだ。

 そして、軽トラはわたしたちの車に並ぶように止まった。

「とおちゃん、乗りなって。橋の先まで送っていけばいいやろ。にいちゃんたち、送るからついてきて。」

 そういうと、初老の男性は助手席に乗り込み、わたしたちの車の前に出た。窓から手をだし、こっちこっちと合図し、ゆっくりと車を動かした。

「修也、良かったね。早くいこ!」

「うん、いこいこ。」

 途中、道の悪いとこがあり激しく修也虫が揺れていた。ほんの3分ほど走っただろうか、軽トラはウインカーを出し、左にそれた。あたしたちもそれに続いた。

 ライトに照らされた橋。下にはダムが広がっているのが予想できたが、闇の中、水面までの高さはまったくわからなかった。ただ、長い橋だとは時間の経過でわかった。

 橋を渡りきり、車の速度が落ちたが、まだ止まる気配はなかった。橋を渡り切って左に曲がり、しばらく走っている修也にわたしは気になることを伝えた。

「修也…温泉宿に電話しとかなくて平気かなあ。絶対夕飯に間に合わないよね?」

「あ、そっか。じゃ、電話お願い。」

 わたしは宿の電話番号を検索した。山の中とはいえ、電波はしっかり届いているのが救いだった。日滝温泉…の… 

 車はゆっくりと止まった。あたしの指もいったん作業をやめた。 バンという車のドアを閉める音とともに、声が聞こえた。

「この辺でいいかね。あとはまっすぐこの道を行けばよかよ。」

 そして息子の声も聞こえてきた。

「黙ってたけど、さっきの橋は自殺の名所なんよ。ははっ」

「いらんこつ言わんでよか!」

 軽く叩かれている姿を見て、少し安心したあたしは後部座席から少し大きな声でお礼を言った。その声にも動じないぐらい隣の女性は動かなかった。疲れて眠っているようだった。さらに静かな山の中に初老の男性の声が響いた。

「あっちに脇道があるじゃろ?あっちは大きな沼があるけん、曲がっちゃいけんよ。ガードレールもないけん、落ちたら大変じゃ。」

「じゃ俺たちはこの辺で引き返すんで、あとは気を付けていきなよ。」

 そういうと男性たちは軽トラにもどり、少し進んだ後、曲がるなと言われた脇道にそれ、Uターンを始めた。

 それが山の静寂を壊すきっかけになることを知ることになるまでは、そう長くの時間はかからなかった。 

 Uターンした軽トラはこっちを照らしたまま、再び停車したまま動かなくなった。

「ん?どしたどした?故障しちゃった?」

修也の声にわたしも身を乗り出して、目をこらして、親子の車をじっと見つめていた。

助手席から、初老の男性がふらふらと降り、こちらに歩いてこようとする姿が見えた。2・3歩だけ足を踏み出すと、その場に倒れてしまった。

「何なに?なんだ?」

修也は大慌てで車から降りようとした。

「ダメ!修也!」

あたしは修也の服を後ろからおもいきりひっぱり引き留めた。車の先のヘッドライトは、一人の男を照らし出していた。


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