第4話 むかしばなし

女性は無言のままドアを閉めると、ゆっくりと壊れかけのバス停の小屋に入った。そしてそのまましゃがみこんでしまった。

「奈美…どうしよう。」

「どうしようって、このままじゃ心配でしょ。」

「だよな~、一応相談したからな。」

修也はそういうと、エンジンを止め女性の方に向かった。あたしもそれに続く。内心?もちろん…。

「お姉さん、大丈夫ですか?どこか痛いとことかありますか?」

修也の呼びかけに女性は初めてちゃんとしたリアクションを返してくれた。

「だ、じょぶ。気つけ。」

「え?」

もしかして、大丈夫、気を付けて?

「救急車呼びましょうか?」

修也は続けた。その言葉を聞いた女性は、突然目を見開き、悲鳴に近いうめき声をあげた。

「あああああああああ」

修也とわたしは心配よりも恐怖を感じ、後ずさった。

「奈美、スマホ取ってきて。救急車呼ぼう!」

あたしは急いで助手席のシートから鞄を取り、スマホを探した。ロックを解いたスマホを修也に渡した。

「待って。大丈夫。救急車は呼ばないで大丈夫だから。」

「え?」

わたしたちは、急に流暢にしゃべり始めた女性に目をやると、ゆっくりと立ち上がり笑顔を見せた。え?どういうこと?まるで別人のように、普通の女性に戻っていた。

「本当に大丈夫ですか?」

修也はスマホをゆっくりわたしに手渡しながら再び女性に声をかけた。

「本当にもう大丈夫だから安心して。わたしはあの道の先に住んでる村田です。」

「あ、僕は安良田です。そしてこっちが彼女の奈美です。本当に大丈夫ですか?」

「ええ、ありがとう。本当に平気です。」

そして女性は続けた。

「私は長い間、病院にいました。両親も弟も全員。この村の人はほとんどがあの病院に行ってました。最初は病院ではなく保養所という名のホテルのようなとこでした。ダムができた後、もともと住んでいた家が村ごと水の底に沈められた代わりに、村民の憩いの場所として提供された場所だったんです。」

「え?ダムができたのって…相当昔のお話じゃないんですか?」

「ええ、今から35年ほど昔のことね。私はほとんど覚えていない小さいころだったから。今も昔住んでいた家はダムの底に沈んだままなの。でも、新しい家を建ててもらい、保養所も無料で利用できるってみんな喜んでたわね。」

しっかりとした口調で女性は続けた。

「それから数年たったころ、いろいろなことが起こり始めたの。こんな小さな村で。」女性はときたま唇を噛みながら、すべての出来事を淡々と語ってくれた。


温厚な老人が突然奥さんを斧で惨殺した事件

村民の集団焼身自殺

ダム飛び込み自殺

わたしの脳に聞きなれないワードが刻まれていく。

そして、若者の神隠し事件


「そう、あなた方みたいな観光やドライブで来る方が、道をはずしてダムに車ごと落ちて水死体であがったりするの。でも、見つかるのは運が良くて半分。残りの半数はいまだに行方不明なの。」

「行方不明って、まだダムの底に沈んだままってことですか?」

「たぶんそうだと思うけど、車の中の遺体しか引き上げられたいないらしいわ。崖から落ちたときに車から放りだされた人は、今頃腐乱して魚のえさになってるって消防の方が言ってるのを聞いたことはあるけど。」

女性は、一通りこのあたりの昔話を語り終えると、話題を変えてわたしたちをおどろかせた。

「ところで私、このバス停にずっと座ってたのかしら?」

「え…っと…覚えてないんですか?」あたしの口からとっさに質問が出てきた。

「僕たちの車でここまで来たの覚えてないんですか?」

「え…」女性からは短い言葉が返ってきた。自分の行動を覚えていないショックからだろうか、しばらく女性は黙り込んでしまった。

太陽が杉の木ばかりの山にかかりはじめ夕刻を伝えてくれる。車1台通らない中、わたしたちは女性の言葉を待っていた。ただ時折聞こえてくる鳥の声がわたしに安心感を与えてくれる。

「修也…」わたしは修也と目を合わせ、修也虫を引き出した。そして修也の口からこれまでのいきさつが女性に語られた。ある言葉を聞くまではおとなしく女性はうなずきながら話を聞いていた。修也の言葉から出たある名前を聞くまでは…

「近藤…夫妻? 」

突然女性は修也に詰め寄った。

「えっと老夫婦だったかな。奥さんは白髪のやさしそうな方で、旦那さんは背が高くすらっとした…」

そして女性はその場に座り込んだ。

「近藤医師…」

何かを思い出したかのように女性は頭を抱えた。そして笑みを浮かべると一言だけ発した。

「私、逃げられたのね。」

「え?どういうことですか?逃げられたって?」

その質問に女性は急に髪をかきあげ、うなじから後頭部にかけての傷を見せてきた。

「ど、どうしたんです?その傷」

「実験…たぶん施設で。はっきり思い出せないけど、3年前にあそこに行ってから…久しぶりにここに帰ってきた気がするの。」

「3年?実験?何があったんですか?」記憶があいまいなままの女性は再び口を閉ざす。

そしてその静寂は消えた。

プップー と1台の車がクラクションとともにあたしたちに近づいてきた。見覚えのあるステッカーにわたしはすぐ車の主がわかった。





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