第2話 ふたたび
あたしたちは、1つ目のダムの駐車場を出発した。もう一つのダムを目指して。修也が言うには、このダムの上にもう1つダムがあるらしい。ダム沿いの道をさらに上流へと向かう。道を進むにつれ、雄大に水を抱えていたダム湖がだんだん細くなる。車に乗ってると気づきにくいが、確実に山に向かって車はのぼっているようだ。そして、眼下に見えていたはずの水面がほとんど消え、川に近い状態になっていた。その頃には対向車の数も減り、民家も見ることがなくなった。
「奈美。ほら、見てごらんよ。」
車を20分ほど走らせたころ、あたしは修也が指差す方向に目をやった。そこにはふたたび巨大なコンクリートの壁が現れた。
「あれが2つ目のダムっぽいね。」
「たぶんそうだよ!あれが2つ目の・・・ん?」
修也が言葉をとめた。
「どうしたの?」
「いや、はるか下に何か建物の跡のようなものが見えたような・・」
修也は道の下の川沿いを気にしながら運転していた。
「修也、危ないから前向いて運転してよ。ほら、トンネル!」
「ごめん、ごめん」
そしてあたしたちはトンネルへと入った。トンネルの先の景色を想像しながら。
トンネル内は意外と明るくライトが設置されている。
「ん?ねえ、奈美。後ろに車いたっけ?」
修也はバックミラーを見ながらつぶやいた。あたしもサイドミラーで後続車のライトを確認した。
「もう、修也がよそ見ばっかりしてたから追いつかれたんじゃないの~」
そんな会話をしているうちに、あたしたちはトンネルを抜けた。その先にはすぐに真っ赤な橋が見えた。そして、ふたたび巨大な深緑が広がった。
「ねえ、修也、すごいね!」
わたしたちは再び巨大な湖に目を奪われた。山の中にこんなにも水がたまっている姿に一層不気味さを感じた。
「おーっと、ダム通り過ぎた!?」
修也はいったん車をとめ、後ろを確認した。
「奈美、ごめん。トンネル越えてすぐ曲がる道がダムに向かう道だったみたい。」
そういえば、さっきの後続車もいつの間にか消えていた。
「ってことは、橋をわたる手前で曲がらなきゃいけなかったってこと?」
修也は車をUターンさせ、ふたたび橋を渡り、脇道に入った。
道は合っていた。あたしたちはダムの上を渡る道に到着した。
「奈美。ダムの上って車走れるって知ってた?」
修也はからかうようにあたしに言ってきた。
「当たり前でしょ~」
実は1つめのダムの駐車場で、ダムの上を走っていく車を見て初めて知ったことだった。ダムの上って道になってるんだ…
わたしたちはダムの上を走り反対側へと向かった。
「ん?」
修也はダムの真ん中あたりで車を停めた。前方には1台の車が停車している。そのそばでダムを上から見下ろすように人が立っていた。あたしには見覚えがあった。あの車いすのステッカー。
「なあなあ、あの人、まさか…」
修也は急に深刻な声であたしにつぶやいた。
「え?飛びお…」
「冗談だよ~あはは」
修也はそういうと、車から降り、その人の方へ向かっていった。
「え?え?待ってよ。」
あたしも大慌てで修也の後を追った。山中のダム湖を少し早目の夕日が照らしている。人見知りのない修也はずかずかとたたずむ人に近づいていく。
「お、どうも。」
意外なことに向こうから声をかけてきた。その声と共に先ほどの奥さんも車から降りてきた。
「観光ですか?」
修也はほんと人見知りという言葉を知らない。
「まあ、観光というより、寄り道ですよ。あ、あなたがたさっきのダムのとこにいた人ですよね?」
奥さんの方がにこにこしながら言葉をかけてきた。
「ええ、そうです。これから温泉に泊まりに行くんですよ。」
「もしかして白の川温泉かね?」
「ええ、ここって近道なんですよね?いろいろ調べてきたんですよ~」
「たしかに、この道は近道だけど、1つめのダムの上を渡って行くのが近道ですよ。こっちからはいけなくはないけど、地元の人かあの病院に用のある人しか通らんですよ。」
「え?病院?こんなとこに病院があるんですか?」
びっくりしたあたしたちに、夫婦はそろって山を指差した。指先を目で追うと、ずっと先のほうに真っ白な建物が小さく見えた。緑の中に真っ白な建物がポツンとあることにわたしは違和感を感じていた。どうしてあんな山の奥に病院を建てたんだろう…
わたしが心の中で思ったことに答えるかのように、奥さんが答えた。
「そう、あれは心を病んでしまった人たちをね、、受け入れてくれてるのよね。」
そういうと、車の後部座席に目をやった。わたしは察した。そして多くは質問しなかった。ただ、修也は違っていた。
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