静寂のダム湖

ぽたん

第1話 目的地へ

久しぶりに彼氏と重なった平日の休み。 

秋晴れの中、私たちは1泊で温泉地でのんびりしようと向かう計画を先週から立てていた。付き合ってもう3年になるけど、お互い別の仕事で休みが合う日がなかなかない中のプチ旅行だった。そろそろ結婚も視野に入れながらの付き合い方をしなきゃと思いながらだらだらと過ごした時期も過ぎ、今回の旅行は特別なサプライズがあるかもしれないと心の中では勝手な妄想を抱きながらの出発になった。


他県の人気の温泉宿へのルートをしっかりナビに登録し、私たちは出発した。あたしと修也とミラーからぶら下がった小さな修也虫って名前のぬいぐるみと一緒に。


「ねえ、修也。今日泊まるとこまで、どのぐらいかかるの?」

「んー、ナビだと5時間…かなあ。」

わたしの少し驚いたような顔を気にしたのか、すぐに修也はつけたしてきた。

「あ、途中休憩しながらうまいものでも食ってくからすぐだよ。近道も知ってるし。」

「え?近道なんていつ調べたの?」

わたしの質問に修也はポケットからスマホを取り出し、これから向かう温泉地の口コミを読ませた。

「えっと、、清流のそばの宿で料理もおいしく大変満足でした。」

「奈美、それじゃなくてもっと下。ダムのやつ。」

わたしはスマホをスクロールし、4件ほど口コミをとばして星が1つの投稿を読み上げてみた。

「魚が苦手なわたしには地獄の宿でした。料理も水槽も池も川も魚だらけ。次回からビジネスホテルに・・」

「それじゃないよ~、その下だったかな。たしか。」

「んーと、これかな…?宿までは県道から向かうのもありですよ。1時間も早く着けました!途中、大きなダムが2つもあって雄大な景色を楽しみながら向かうことができます。」

「そう、それだよ。それ見て地図調べたんだ。」

「この温泉に向かう途中ってダムなんかあったっけ?」

「国道使っていくならそこ通らないけど、、あ、ちょっと見てて。」

修也は車を路肩に停め、ナビを操作しはじめた。

「ほら、最短ルートで設定すると・・こんなルートあるんだ。俺も初めて通るんだけどね。」

ナビを設定しなおすと、わたしたちは再び出発した。

建物の少ない方へ誘導するナビに従って国道から県道へそれ川沿いを走る。この川の水が山の上のダムから流れてきているに違いない。わたしたちはダムまで休憩をいれずに一気に車を走らせることにした。1軒の小さなコンビニを通り過ぎた後、再びコンビニを見ることはなかった。あるのは空にすらっと伸びた杉。その杉林の中の道をわたしたちはどんどん登っていく。杉林が途切れたら10軒ほどの民家がある。そしてトンネル。トンネルを抜けると杉林に囲まれた道・・この繰り返しで県道に入って1時間ほど走ったころ、遠くに巨大なコンクリートの壁が見えた。


「あ!見てみて!あれダムじゃない?」

「お、1つ目のダムっぽいね。あと少し行ったらダムに着くと思うよ。」

わたしたちはさらに車を走らせて5分。ようやくダムの真横の休憩所に着いた。

駐車場には3台の車がとまっていた。車を降りたあたしは思わず息を飲んだ。人生で初めて見たダムの光景に。深緑に染まった大量の水が目の前に広がっている。水面はさらに山の方へ、木々の緑と共に果てしなく続いているかのように見えた。他の観光客も静かに巨大なダムを見たまま固まっている。あたしと同じように、この景色に言葉を失っているのだろうか。

「ねえ、奈美、ごめんちょっとトイレ行っとくわ。奈美は?」

「んー、あたしは平気。ここで待っておくね。」

わかった。と言葉を残した修也は走ってトイレに向かった。あたしはスマホを取り出し、この景色をカメラに撮っていた。4・5枚撮ったころ、背後からのエンジン音にわたしは振り返ると、車が1台駐車場へと入ってきた。そしてあたしたちの車の横に駐車した。車いすマークのステッカーが貼ってある。助手席と運転席からは60代であろうかと思われる夫婦が降りてきた。2人とも特に歩くのに苦労しているようには見えない。そして、2人は並んで歩き、ダムを静かに眺め始めた。

「わっ!」 

あたしは思わず小さく「キャ!」と叫んでしまった。修也がトイレから戻ってきてあたしを驚かせたのだ。その声に、ダムを眺めていた人たちが一斉にこちらを振り返って微笑んでいた。あたしは修也の背中を軽く叩くと、修也はわたしの手を引いて車に向かった。


「さあ、出発出発!」

修也の声にあたしのテンションは再び上がり始めた。そして助手席のドアを開けようとしたとき、視線を感じた…隣の車の後部座席から。

さっきの夫婦、連れがいたんだ…。後部座席からじっとあたしを見る中年女性と2秒ほど目が合った。わたしは何かいけないものを見たような気がしてすぐに車に乗り込みドアを閉めた。それと共に、さっきの夫婦が車に帰ってくる姿が見えた。

「修也、行こ!温泉に~」

わたしはぎこちなく明るく修也に声をかけた。






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