太陽の剣と戦慄の銃弾 パート2

 ぶんぶん、ざしゅ


 波うった刀身の両手剣が振るわれる。

 崩壊した城門、倒れる残骸と屍。


「は! 悪く思うな! これが戦争っつうモンだろうが!」

「銃だのは臆病者の武器、それで私たちは倒せない!」


 レオン率いる革命軍は、完全にヴィラグーナの不意を突く形式で市内になだれ込んだ。先陣を切ったのは当然レオン……ではなく、歩兵隊長ルイーズ・ダウロートであった。


「っち、一番槍は取られちまったか」

「ははは! 主君と言えど、一番風を受ける場所を譲る気はありませんよ。ここは歩兵にとって最大の名誉! 私が生きる意義そのもの!」

「上等! それでこそだ! さあ第二陣と行こうぜ? 狙うは敵将の首だっ!」


 戦場だというのに。いや、戦場だからこそ楽しそうにする二人を前に、慣れない指揮で大砲をぶっ放して城門を壊した人間が追い付く。


「護衛をお願いしますって言ったでしょ!? ……でもまあ、ここまでくれば目標は目と鼻の先ですよ。この町を乗っ取った人間に話を付けましょう。政治的交渉は私がやります!」


 ヨゼフィーネ・フルージュ。元ポート・ド・ルーブの市議会議員。今はスフォレッド革命政府の政治将校。

 実態はどうあれ、スフォレッド革命政府は――身分上の貴族はいるが――建前の上では、アルフシア公の支配から脱した南西部諸都市による、レムレスの貴族政治に反抗する市民の政府、ということになっている。


(まったく、政治将校ってのも楽じゃないよね。戦場でこの軍人どもの暴走を咎めなきゃならない。……市民による政府、そのトップが田舎貴族出身というあたり矛盾をはらんだ体制ではあるけど……、ま、私には関係ないかな。大衆が理解できてなきゃそれでいいのよ)


 貴族が軍を有するというそれまでの制度からは真反対の、市民の政府が軍を有するという形式だ。

 そうなれば、当然軍部を監視する人間が必要になる。政治が軍をコントロールするというアピールのためにも、白羽の矢が立ったのが革命を主導した智謀家、ヨゼフィーネだったのだ。


「すまなかったヨゼフィーネ殿。戦場となると、つい熱くなってしまって……」

「まったくもう……、ああそれと、東側の帝都に至る門を、外側から射手隊、騎兵隊……ミハイルとヨアヒムの両部隊が迂回して向かいました。補給や援軍は潰せるかと」

「……ほう、やるじゃないか。にしても、いやに抵抗が温かったな? 二正面ってのもあるが、もうちょい派手な戦を期待してたんだが」


 レオンらのあずかり知らぬことである。レナルトはもともとアーブとのみ事を構える気でいたので、南側の守りは手薄だったのだ。


「では、私が残って哨戒を行いましょう。伏兵の可能性も……無いと思いますが、念には念を入れて、です」


 そう言って、ルイーズは市街地に残存兵力が残っているかどうか索敵を始めた。


「レオン様、中心部に向かいましょう。助命、利益、名誉……切れる札はいくらでもあります。どのような結末を望みますか?」


 わずかばかり、腕を組んで考えるレオン。


「……拠点としての機能だな。帝都を攻めとるためには、ここを拠点に、帝都周辺の貴族が有する領地を切り取っていく必要がある。物資、人員……何を動かすにしろ、ヴィラグーナを経由させずに前線に到達させることは不可能だ」

「了解いたしました。全てお任せください」


 主君の言葉を受け、不敵に、幼い顔つきがぞっとするような笑みを浮かべた。


(ふふん、私はこういうことのために政治家やってんだよねー。絶対的な安全圏から、一方的な執行を行う。これが人生の楽しみじゃなくて何だというの?)


「あらあら、戦後処理に私を噛ませないなんて、そうはさせない」

「ひゅいっ!?」


 奇声を発して飛び上がりそうになるほど驚くヨゼフィーネ。

 戦場に似つかわしくない足取りで、悠然と歩む人影。


「あ、アーブ公爵様っ!? ここ、これはっ! どうも!?」

「どーも」


 ヨアンナ・アヴィズル。アーブ公爵家アヴィズルが当主。


「かいちょー、たぶんこの辺、もぬけの殻です、人っ子ひとりいやがりません。民間人は全員家の中に引っ込んじまってます。……残存兵力があるとしたらそこですね」

「虱潰しってことか……うっし、月光商会預かりの兵力はそっち行くよー。パウエル、ヨアンナ様頼んだわ」

「承った。……ああそうだ、チャイカは先に離脱するとさ。『データは取れたし、砲兵の仕事はここまで。疲れた』だって」


 あとに続いてわらわらやって来たのはアーブ公国の武器商工会ギルド「月光商会」のリーダー、アンシェリーナ・ファン・セレーネ、およびその配下で私兵のヤスミン・アルクルサニ。そして、アーブ公爵配下の貴族、バーブラス伯爵パウエル。


 つまりは、アーブ公国軍の重要人物勢揃い、というやつだ。


「……久しぶりだな、ヨアンナ」

「あら、こうして顔を会わせるのはサーラーン遠征のとき以来かしら?」

「そうだな、こちらは見事にここまで来たぞ。勢いがあるうちは勢いによって行動すべし!」


 相も変わらず、わずかな微笑を浮かべたままヨアンナは黙ってレオンの言葉を聞いていた

 パウエルは何かを感じ取ったように割って入った。


「よろしいですか、我々はこれより、ヴィラグーナに進駐したレナルト候との交渉を行うのです。上っ面だけでも一体として振舞わなければ」

「面倒だってんなら私たちが代理を勤めますけどね。そのために文民派閥の人間がいるんですから」


 二人の、文民特有の嫌な笑みに、主君として二人は意見を一致せざるを得なくなった。


「……だから私はあなたが嫌いなのよ、パウエル?」

「ヨゼフィーネ、俺はお前のそういう一面が気に入らねえ」


 ざくざくと二人は歩調が勝手に合う。謀略家気質の部下を持つ主君として、同調ともいうべき感情になったのだ。


「やれやれ、お互い主君には苦労するねえ、君の所は情熱的過ぎる」

「あなたの所は理論的に過ぎるわね、人間は時に、予測できないほどに非論理的だというのに」


 後から続くのはパウエルとヨゼフィーネ。

 結論から言うと、この突入は空振りに終わる。


「いやがらねぇ!?」

「あらら、遅きに失したかしら」


 どげしっとレオンの足裏が扉を破るように蹴り開ける。

 もぬけの殻、であった。


「……まさか、逃げた?」

「の、ようだね。手間が省けた」


 パウエルは上着を直しながら言ってのけた。あたりを警戒する様子で、取り残された物品を見つめている。

 その様子に首を突っ込んだのは隣にいたヨゼフィーネ。


「どったのパウエル?」

「……やはりだ、傷が残っている。僕はここでレナルトに斬りかかられてね。ふ、これは貰ってしまおうかな。残すと面倒そうだ」

「証拠品は自前で抑えておかないとねー。大事大事」


 そう言って刀傷のついた机をなでる。配下を呼び寄せ、そそくさと運び出させた。

 その様子に声をかけたのはレオンだった。


「今はヴィラグーナ内部のことに集中しようぜ、二人とも。少なくとも、帝都ラピスへの橋頭堡を築くって戦略目標は達成できたんだ。まずやるべきは兵士を労い、民を保護することだ」

「あ、ど、同意します。そうだった、堤防がぶっ壊された上に貧民街もビシャビシャ、……これ、早いとこ何とかしないと暴動が起こりますよ?」

「そりゃ不味いな。帝都侵攻は革命のゴールとして絶対に必要だ。ここで時間をとられるのは非常に良くない。……おいちょっと待て、堤防が壊されただと?」


 はっとしたようにレオンは窓から海の方を視野に入れる。

 眼下の堤防が崩れていることはすぐにわかった。すぐにヨアンナのほうに向きなおる。


「おいおい、マジかよ。マジでぶっ放したのか!?」

「ごめんね、でも、これが一番手っ取り早いと判断してのことだから。……まあ、後始末くらいはするわ。」

「公爵様の気持ちももっともです、ゾーリンゲン伯チャイカを無理矢理追い出して、アーブ公国として送った使節のバーブラス伯パウエルに襲いかかり……いやまあ、政治的にはいっさい擁護ができない所業だとは思いますよ? でも、だからといってそれで庶民が納得するかっていうとそれは違う!」


 険悪な雰囲気を察知したのか、慌てたようにヨゼフィーネがフォローを入れる。


「オメー誰の味方だよ? ……ちっくしょー、一回休みかぁ」

「はいはい、嫉妬しないの。やることはいっぱいあるのよ」


 スフォレッド・アーブ連合軍一行はヴィラグーナにとどまり、一晩ほども費用や領分について踊る羽目になったのだった。

 そして実務にはさらにかかる。ヨアンナがどのような思惑を持っていたかはわからないが、少なくともスフォレッド革命政府の行軍は大きく足止めを食らうことになる。


 そういうわけで、ヴィラグーナから逃げた人間を追う余裕は無かった。月光商会も、もっぱら治安維持や身辺警護に駆り出されていた。


 さて


 レナルトはというと、スフォレッド軍がなだれ込む前……つまりヨゼフィーネが報告した軍団の迂回による包囲が完成する前にさっさと逃げ出していた。

 逃げおおせたレナルトは帝都近くのベイエレン伯領に身を寄せていたのだった。


「ち……ちきしょうっ! 何なんだよあいつらはっ!?」

「ほほほ、どうやら連中のほうが一枚上手だったようじゃな」


 レナルトの前に女性が現れる。見た感じでは30は過ぎているか、といった具合だが、雰囲気はそれより遥かに上。

 彼女はベイエレンの女伯爵、名はジャクリーヌといった。レムレスでは珍しい読みだが、それはジャクリーヌの故地に由来させているからである。ジャクリーヌは、それをレムレス風に読んだ時の響きが気に入らなかったのである。


「アルフシア公の不在の隙をついて蜂起するとは、件の坊やはなかなかの傑物のようじゃ。……どれ、彼奴等はこの帝都ラピスに向かって進軍する気なんじゃろ?」

「婆さん、やる気か?」


 ジャクリーヌはベイエレンに加え、二つの伯爵位を持つ名門貴族である。もちろん、ただ相続したわけではない。

『その土地は本来自分の家系のものである』と方々に影響力と政治力を行使し、彼女はその力を持って領地を攻めとったのが一つ。


「まだ婆さんと呼ばれる歳ではないわい! この若造が!」

「年上ぶりたいのかそうじゃないのかはっきりしてくれよ……」


 もう一つは、夫の死によって発生した継承戦争を巧みに勝ち抜き、その時はまだ幼い息子の摂政という名目で自らの影響下に組み込んだ。

 ……平たく言えば、このジャクリーヌという人間、女梟雄というタイプである。


「レナルト、そちの軍勢は立て直しが必要であろう? 妾に任せるがよいぞ。大貴族として、帝都を守る責務を果たさねばならぬ」

「すまねえ、恩に着るぜ。もし戦闘が起こったら救援に駆け付けられるよう、しばらく引っ込むわ」

「そうするがええ、得られた情報は見事使いこなして見せよう」


 ジャクリーヌの持つ土地のうち、名実ともに彼女が相続したのはベイエレン伯領のみ。先述の通り、一つは他人から取り上げたようなもの、もう一つは夫の死と息子の摂政という題目で組み込んだもの。当然、黒い噂も立つが、現実的な彼女は意に介さずに治世に努めた。

 庶民とは現金なもので、少なくとも市井の人間の間では、生活が安定し始めるとすっかりジャクリーヌの支配を受け入れるようになっていった。


(フフフ、もし、もしも、そのレオンとかいう坊やが本当に帝都を落とせるだけの人物ならば……妾がとるべき手段は決まっておるようなもの。うまく取り入れば、帝都に眠る金銀財宝、煌びやかな宝石、それをわが手に収めることができる。それに、帝都を落とすとなれば大戦よ。ベイエレンは戦働きでのし上がった武門、それに連なる人間として、血が滾るというもの!)


 考えをあれこれと巡らすジャクリーヌに声をかける人影がある。

 ジャクリーヌの息子、マクシミリアンだった。


「母上、出陣要請だ。……ああ、これはレナルト侯、お話し中に申し訳ない」

「構わんぜ、負けて帰ってきた人間に気ィ使うなよ。んじゃ、俺はこの辺でお暇させてもらうわ。頑張れよォ」

「は」


 レナルトはそう言い残すと、手傷を擦りながら引き上げていった。

 ジャクリーヌは手をひらひらと振った。『さよなら』の合図だろうか。


「要請……誰から?」

「皇帝陛下直々の命……それと、皇帝陛下はシトレック貴族と通じてラピスを脱出したらしい。」

「ほー! つまり、我らは逃げる間の時間稼ぎをせよと?」


 額に傷跡を持つマクシミリアンは、無表情のまま母との会話を続ける。

 扇を開いて、しずしずと扇ぎながらジャクリーヌはわざと驚いて見せたような口調で答えた。


「そういうことだろうな。どうする、母上? 俺は騎士として、武門としての名声を求めている。死んで国の礎となるつもりはない」

「同意見だの。妾の望むものはラピスの宝物庫に眠る錬金術の秘法、知識も栄誉も守る気のない愚か者にはほとほと愛想が尽きたわ」

「だが、みすみす負けてやるつもりもない……どうする?」


 ばちっ、と扇を閉じて口元にあて、ジャクリーヌは思索を巡らす


「ふうむ……、マクシミリアン、お前は……ユートという連中とスフォレッド、どちらなら話が通ると思うか?」

「……そりゃ、あくまでレムレスという枠の中で政治体制の変革を試みているスフォレッド革命政府だろう。ユート帝国はよくわからん主義を掲げている以上、根本的に折り合いがつかんと見て良い」

「そう、なれば……どれ、久方ぶりに戦の準備じゃ。……くくくっ! 武門たるベイエレンに名を連ねるものとして、負ける結末は許せんのう?」


 鮫のように笑ってゆらりと立ち上がった。ジャクリーヌらしい静かな口調だが、胸中に滾る性質を隠しきれていなかった。

 本質的に、彼女は好戦的に過ぎるのだ。しかも傲慢さでコーティングしてるからなおのこと質が悪い。


「あらかじめ言うておくが、いまの手勢でユートからラピスを守るのは不可能。しかし、スフォレッドの助力があればそうもいくまい」

「……そうだな、戦いは一瞬で終わるもんじゃない」

「行くぞ、ベイエレンの家名は、ここで途絶えるべきにあらずよ。可愛い息子の嫁も見つかっとらんし、こんなトコで死ねるかというもの。ヴィラグーナに向かってコンタクトを取るぞ」


 ベイエレン伯領の離反。それは帝都貴族ですら一枚岩ではないということを、如実に表す行動であった。

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