太陽の剣と戦慄の銃弾 パート1

 アーブのヴィラグーナ戦線は膠着していた。

 なんてことは無い、攻城戦なら珍しくもなんともない現象だ。


 攻囲に当たっているのはバーブラス伯パウエル、そして月光商会長アンシェリーナ・ファン・セレーネ。その配下ヤスミン・アルクルサニである。


「相変わらず、帝国式の射石砲って射程は凄いねー。射程は」

「その代わり動きは鈍いもんだ。……野戦だと僕たちアーブが負ける理屈は無いんだがな」


 アーブの射石砲はもともと、船上で扱うことができるように、帝国式射石砲よりやや小型、軽量である。

 そして、わざわざ陸上用に大型射石砲を再設計することはせず、海上用のものを使いまわしている。


 もちろん、単に工数の削減のみが目的ではない。複数の規格が混在することは様々なコストの増大を招く。

 商人が強い西海岸で、そういう意見は通らない。いくら爵位のある貴族であっても、だ。


 その上、大型で強力だが足の遅い砲というものは彼らが言うようにアーブの戦術にそぐわない、という点もある。

 アーブの陸上戦は足回りの良い歩兵を中心とした動きつつの戦闘を主軸としている。

 つまり、大砲も歩兵に追随できる程度にはことが求められた。


「どうする? いつまでもここで進展のないスカーミッシュをしてても仕方ない」

「……はー、しゃーないなぁ。月光商会のメンツで潜入破壊を行う。砲兵ってのは懐に潜り込んでぶっ壊すもんだ。だからド派手に陽動を……待てよ?」


 ファン・セレーネは自分で言って、ふと、ある考えが浮かんだ。


「……なあ、ヤスミン、チャイカちゃんはもう動けるんだっけ?」

「えっ、報告受けてないんですか? 私はずっとヴィラグーナとアーブの往復任務やってたんで、知るわけないじゃないですか」


「お、おいっ! 向こうが射撃の切れ目を縫って接近してきたぞ! 砲も銃も弾込め急げ! ……いや、間に合わないか!?」

「やっべやっべ、行くよヤスミン! こういう時の重歩兵の対処は軽歩兵のお仕事、誰でも勉強することさね!」

「えっ、はいはい! 発煙筒使用許可! ちょっとでも稼ぎます!」


 月光商会の私兵は閉所での戦闘を想定し、投げナイフと発煙筒で武装している。

 見方を変えれば、差し迫った状況において時間稼ぎに仕えなくもない、ということになる。


「よ、よし! 銃兵隊ぶち込め! 狙いはつけるな! 煙のほうに銃口が向いていればそれでいい!」

「……反応がない。あいつら後退しやがったね、弾代無駄にしたか」

「かいちょー、こっちもいったん後退しましょ。ぼやぼやしてると帝国式射石砲の餌食ですよ。あっちの方が射程は上なんだから」


 マスケット銃最大の欠点、それは、射撃武器としては射程が短いということに尽きる。

 特に、同じ歩兵用射撃武器の弓や弩に比べるとはるかに劣るというのが実情だ。


 銃弾は矢や砲弾と違って山なりに撃てない。重さがないため重力を有効に使えない、つまり、火薬の爆発のみが推進力だ。


「敵方もやるものじゃないか、まさかここまで手間取るとはな……」

「お互い決め手に欠けるなあ、金がかかるのを承知で……いやでも、んな大型の大砲こさえて……金がなあ、絶対元とれねえよ」


 膠着しかかった戦局と会話を吹き飛ばすように、何かがはじけ飛ぶ。

 目の前に、真っ黒い鳥が降ってきて爆発、炎と金属片が辺りに飛び散り、後退していた重装歩兵隊は一発で半壊した。


 まったく意味不明な現象だが、そうとしか説明がつかない。

 そうこうしているうちにもう一羽、やはり火を吹いて飛ぶ黒い鳥が、敵陣めがけて煙を散らす。


「……むう、やはり命中精度に何がありますね。しかし、これを前にしてちんたら接近しようと思う歩兵なんていないでしょう。……あっ、肝心なことを言い忘れていた、ゾーリンゲン伯オーツ家当主チャイカ、ここに参陣致しましたっ」


 陣の後方、声がする方向には一人の女性。背丈は低く、その胸にはゾーリンゲン伯たるオーツ家の紋章、「一対の杏の葉」がきらりと光る。

 傍らには一対のレールが斜めに上へと突き出る、見慣れない形状の物体があった。


 かつてヴィラグーナを守護していたゾーリンゲン伯オーツ家。月光商会に保護され、相続を終えたその者の名はチャイカ。


「お、おわっ!? 会長、火花かかった!」

「火傷してるわけじゃねーんだから我慢しろや!」


 騒がしい月光商会の二人を尻目に、パウエルは、かつての敵の娘に向き合った。


「チャイカっ!? ……いや、その、その、砲とも何ともつかないそれは何なんだ!?」

「これぞフリーゲンデ・クライエ砲。月光商会から買い付けた東方の文献を参考に、我がオーツ家と私の火薬理論を組み合わせた最新兵器。その実地試験に、これほど適した戦場はありませんから!」


 レールの上に次の鳥が乗せられる。胴体に括りつけられた筒の導火線に点火されると、そこから大量の煙と火花を散らして射出される。

 あまりにも、あまりにも悪目立ちする光景だ。


「はーん? 陽動として大変上等、いくぜヤスミン、月光商会のお仕事ってやつを見せに行こうか」

「イエス、マイボス! 良いとこ見せますよー」


 ヤスミンの脳天に拳骨が飛んでいった


「ボスは止めろっつってんだろうが! うちらは月光商会! そこんじょそこらのマフィア崩れと一緒にすんな!」

「し、しーましぇん……」


 鋭く月光商会の面々は走り去る。後に残されたのは、かつて敵対していたはずの家の二人。


「僕が陣の防御を行う。君はありったけの砲撃を頼む。その……」

「お父様のことはお気になさらず。むしろ、貴方がヨアンナ様の調停を受け入れてくれたことには感謝してますから。……さあ! それよりもありったけぶっ放しますよ!」


 レールを滑って、また正体不明の鳥――正確には鳥を模した形状の砲弾が発射される。

『フリーゲンデ・クライエ砲』空飛ぶ鴉という意味である。


 今度はうまく塀の裏側、砲兵が布陣してる付近に落ちたようで、またはじけ飛んでは混乱が起こったようだ。


「わーっはっは! ロケット砲の威力を思い知りましたか!」

「なるほど、飛ばす筒の方に火薬を仕込んであるのか」


 ふふん、と自慢げな笑みを浮かべるチャイカ


「そうです、あと、安定翼……ええと、筒だけだとまっすぐ飛ばないんで、こういう風に先を尖らせた胴体に翼をつけて、そこにロケット……ええと、中に火薬を詰め込んで、一方向から噴出する機構をくくりつけてみました。着弾すると胴体の中に詰まった爆薬に引火して弾け飛ぶって、そういう具合です」

「いやはや、とんでもない武器だな」


 もう一発、ロケット部分に火が点った砲弾が、煙を吹いてレールの上を滑って飛んでいった。


「欠点は弾速の遅さと軽さ、そして試作品が故の不正確さですね。射石砲やトレビュシェットと比べると空を飛ばすため飛翔体を徹底的に軽量化いたしましたから、空気抵抗をモロに受けるため速度が遅く、防壁を質量で叩き壊すということとかは不可能です」

「しかし、見ての通り鈍重な歩兵や射程で上をとれる砲兵には極めて効果的、と、そういうことか」

「ええ、……これに関しては、あなたの情報にずいぶんと助けられました。フリーゲンデ・クライエ砲は言ってしまえば、ラピス帝都貴族の重装備な軍勢や、ヴィラグーナの馬車なんかに強い兵器というのが第一の発想でしたから」

「僕の情報が役に立ったのなら嬉しいよ。……さて、月光商会のお歴々はうまくやってくれただろうかな?」


 空中で大きくぶれる弾道は恐ろしいものがある。常に「狙われているかもしれない」という恐怖を植え付けるからだ。

 爆発する鳥形ロケット砲弾。なにしろ目立つ現象であるからして、ファン・セレーネとヤスミンはあっさりと防壁を越えて潜入に成功した。


 ひらりひらりと壁から屋根へ、塀や積まれた木箱へ、そして地面と段階を踏んで飛び移る月光商会の一行。


「な、なーにやってんだっ! 殺す気かいな!? あの大砲バカはっ!!」

「まーまー、お陰であいつらてんやわんやよ? うちらは生きてるんだし良いじゃないのさ。……それよりも、今のうちらは潜入任務中、あんま大声出さないでほしいんだけどー?」


 危うく火花の直撃を貰いかけたヤスミン、語気を荒らげてしまい、しっかり上司から注意を受けた。


「しかし、やっぱ発明家ってのはすごいねえ。質量による破壊ではなく、爆発物を遠くまで投げ飛ばす。アイデアの方向性としては擲弾兵が近いね。……しかし、うちでは扱えないなあ。採算取れないよ、あんなの」

「同感です。……ならばどうやってあれほどの火薬を手に入れてるんでしょう? 隠田ならぬ隠鉱山……はヨアンナ様と私たちが見逃すはずもない。まさか人為的に、鉱山に頼らず、硝石を安定供給する方法を確立した……?」

「もしそうなら、この戦いが終わり次第締め上げてでも吐かせないといけなくなるねー。硝石流通を月光商会が独占出来りゃ、この大陸は戦争するまでもなくアーブのもんよ」


 ぼとり


 そんな二人の前に落ちてきたのは、真っ黒い、鳥のような形状の物体。

 胴体には筒がくくりつけられていて、そこからブスブス煙を吐いている。


「……え、これ、例のロケットの」

「伏せろっ、不発弾だ!」


 ファン・セレーネの一声で瞬時に身を屈めた月光商会の突入部隊。

 黒い鳥は火を筒から吹き出すと、ばいんっとバウンドするように再び離陸していった。


 そうして、人騒がせなフリーゲンデ・クライエ砲の弾はあらぬ方向へ飛んでいったあと、不意に弾けとんで爆炎と雑多な破片を撒き散らす。


「会長、ワタシやっぱあの大砲、欠陥品だと思います……」

「改良の余地あり、という点には同意するぜ。ヤスミンちゃん。でも、この威力と射程は科学の進歩っての感じちゃうねぇ。何とか安価にして、商品化できないかな。……おっ、はっけーん、私が裏から潰すから先制攻撃お願いね」

「へーい」


 気の抜けた返事をしてヤスミンは武器を構える。彼女が扱う投げナイフは特注の、卍のような形状。

 当人はこれをフンガ・ムンガという冗談みたいな名をつけて呼ぶ。


 その効果はヤスミンらしく、隠密として矛盾した派手さ。見慣れない上に無駄な凶悪な外見で、投げつけられた側に恐慌を引き起こすことである。


「人は恐怖を簡単には克服できない。それが異大陸の秘密兵器ならなおのこと」


 独り言をつぶやくとその奇妙で恐ろしいナイフを投げつけた。それまでの軽薄な笑みはどこへやら、どこか人間味が欠落した表情で怯んだ砲兵とその守備隊に襲い掛かる。

 腰に複数本下げた短刀を抜き放つと、突き刺したそばから手放して使い捨てていく。


(怯えた生き物ってのは弱いんだよねー。ワタシは強い奴と戦って生き残れるほど生命力のあるタイプじゃないしさ、こーやって弱い相手を選んで食ってくってのが、戦う上で大事なんだよね)


 心の中でそう思いながら、その奇妙な武器による負傷で恐怖し、無防備になったところを仕留めていく。

 他人事のように、ヤスミンは興味なさげだった。


「おっし、これで全部? 会長はうまくやったかな、人の尻拭いできるほど今のワタシに余裕ないんだけどさ」


 転がった人体を足蹴にして、反応を確認する。早とちりして背中から刺されるなど、ヤスミンにとっては許容できないほど間抜けな死に方だからだ。


「っしゃおら! 制圧完了!」


 砲兵が展開していた広場、つまり陣の反対側から聞こえる声。そして現れる姿。

 その様子を見て、ヤスミンは少しだけ安堵する。


「さっすが会長。鮮やかなお手並み!」

「あんたもね、隠密としちゃあ手口が派手過ぎるけど、それが却って私の存在を霞ませてくれる。おかげで仕事が楽だったよ」


 ずん


「お、おお? いま、すっごい嫌な音が」

「会長にも聞こえた、てことは空耳じゃないのかこれ。うへえ、嫌だなあ。……ねえ会長、水の音も聞こえません?」


 戦場の騒音に紛れてわずかに聞こえる流水の音を、二人は聞き逃さなかった。結論は早い。


「西の貧民街から逃げてくる奴を狩るよヤスミン、ちっと悪趣味だが、こいつは戦争。相手方も恨まんだろうさ」

「はいはーい、軍人で加点、間違って民間人をヤったら減点ってことでいいですか?」


 邪気なくヤスミンは、にへ、と笑った


「説明の手間を省いてくれてあんがとさん、そいじゃあ散開!」

「了!」



「崩れたかしら。これで陸戦も、多少はやり易いでしょうね」


 洋上にて目を僅かに細め、破損した堤防を眺めるのはアーブ公ヨアンナ。


「さて、次はどう攻めるか……。せっかくの軍船も、丘の人間には宝の持ち腐れ。と、そう言うことだったと」


 砲撃が起これば、とうぜんそれを食い止めるため迎撃の船が出てきてもおかしくない。そうヨアンナは踏んでいた。


「宝、宝……そうね、使わない宝なら頂いてしまいましょう」


 実のところ、ヴィラグーナの海軍は此度の権力簒奪に懐疑的であり、寝返る用意をしていた。というのが正しい。

 もっとも、いまのヨアンナにとって知る由もないが。


「港に接舷襲撃を仕掛ける。総員抜剣! フックロープ投擲用意!! 目的は船舶の撃破、できれば拿捕! この様子だと向こうは準備が不完全、この隙に海上戦力を一掃しましょう」


 ざざあっと波を切って、アーブの軍艦がヴィラグーナの港湾部に舵を切る。陸海双方からの攻撃により、迎撃機能はとっくのとうに弱体化していた。それを見切っての判断だ。


「あら、戦場の空を鴉が飛んでるわ。……え?」


 ヨアンナは異変に気がつく。古今東西、煙を吹いて飛ぶ鳥など存在しない。


「まさか、また変な新兵器をこさえてきたのかしら、チャイカ?」



「ちょ、ちょっと、角度が上過ぎる! それやったら市街地を飛び越えて向こう側にっ……!」


 こういうときに限って、風は追い風。両翼でうまく捉えたフリーゲンデ・クライエ砲の弾は、さながら本物の鳥のように遠くまで飛んでいった。――煙を吹いていることに目を瞑れば、ではあるが。


 どこに行くかわからないが、少なくとも破裂するだろう漂鳥。

 それは、内戦という形で顕在化した、このレムレスの歴史のごとく、であった。

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