燎原の革命政府
戦闘の後は戦後処理が行われる。支配者層の入れ替わりや、条約の締結……戦争の本質は、むしろここにあるといってよい。
そして先のヴィラ=ルーブ街道の戦いにおいて好き放題に暴れまわったレオンらの後始末も、今回の場合は仕事に加算されていた。
その処理には、やはりフルージュ姉妹が当たっていた。
しかしやる事は税制の改定とかをちらつかせつつ、権力者の既得権益を保証し、帝国貴族からの影響を断ち切ること。つまりポート・ド・ルーブ乗っ取りの時と大して変わらないため、ここでは割愛することとする。
唯一違う点といえば、今回の自由都市合同軍の撃破において、街道の寸断によりアルフシア公の介入は見込めない、という点を利用できたことぐらいだ。
「あなたたちは見捨てられた」と、ヨゼフィーネは裏からこっそり脅しつけて回った。効果はてきめんだった。
さてさて、今回の話はそんなフルージュ姉妹の、他愛もない会話から始まる。
「まーったく、人がせっかく情報収集をしてきてやったというのに、なんなんだアイツらは!」
「仕方ないよ、お姉ちゃん。でもこの勝ちはすごいよ、レオン様って、本当に軍事的にはすごいかも」
二人は昼食をとっていた。今日の献立は塩漬けにした獣肉と干した根菜を戻しつつ煮込んだスープと固めのパン。今は冬明け、収穫期はまだ先なので、保存食が中心である。
あまり量は多くない。何かと対立することもあるフルージュ姉妹だが、食べ過ぎは体に毒という認識に関して意見は一致していた。
「革命を為すには勝たなくちゃいけない。……あの人は勝てる。勝ててるうちは協力を惜しまない心算」
「それはいいが……、負け始めたらどうすんだ?」
二人はパンをスープでふやかしながら食べ進めている。シャルロッテはもっと野菜が欲しくなったが、それはもう少しの我慢だった。
「最初の数回はまぐれ、全力で協力する。……手を切るとしたら、外交が破綻したとき」
「……ああ、なるほどな。私たちでもフォローがしきれないほど、軍人が暴走したら、か。ちょっと遅くないか?」
「私は、……私とお姉ちゃんの能力を信じているから」
「おや、それは参ったな、可愛い妹にそう言われては、さすがの私も悪い気はしない」
とても食事の席の会話とは思えないはぐらかしあいだった。
二人とも食べるスピードそのものは早く、もう一つ、二つと会話を済ませたころには、もうすっかり器は空になっていた。
「お食事中に失礼、お二方に連絡です。今後の方針について話し合いを行うためレオン様が呼んでいます」
現れたのは歩兵隊長ルイーズ・ダウロート。今日はいつもの鎧姿ではなく、この時代の貴族の女性としておおよそ一般的な、ゆったりとしたチュニックワンピースを着ていた。
フルージュ姉妹も服装に関しては似ているが、ルイーズの服には、あまり装飾は見られない。
この辺は美意識とかの差というやつだ。
「ルイーズさん!? ……ああ、いやそうだよね、いつも鎧姿なわけないもんねえ、あはは……」
「いくら何でも失礼だぞヨゼフィーネ、謝れ」
「はい、ごめんなさい」
ヨゼフィーネは素直に謝る。
「……いや、私は気にしていない。むしろお二人にも、やはりそういう年相応の一面があることに安堵したくらいです」
「はひー、良かったあ。それじゃお姉ちゃん、行こっか、お皿は適当な人に片付けさせよう」
「申し訳ないが、私は部下からの報告の処理があってな……アルフシアについてなんだが、これは作戦会議においても欠かすことはできないだろう。遅れると伝えてくれ。もし会議に間に合わなさそうなら切り上げて、こっちからその旨を報告しに行く」
シャルロッテはそう告げると、自分の仕事部屋に向かって足早に歩いていく。
その後ろ姿をヨゼフィーネとルイーズは並んで見送った。
「……お姉ちゃん、もうちょっと私のことを信用してくれてもいいのに」
「人には誰しも事情があるものですよ。さ、行きましょう、あんまり待たせるとレオン様に悪い」
信用、という言葉に、ヨゼフィーネは少し思うところがあった。
「ルイーズさん、私といるときぐらい、その改まった口調じゃなくてもいいよ? 私は割と、貴方とは友人になれると思っているから」
「ありがとう。……しかし口調含めて、これは貴族としての生き方の問題です。貴方とは、そうですね、友達になれるとは思いますが」
「ふうん、大変だねえ」
ヨゼフィーネは、つい自然と出てしまった「ふうん、大変だねえ」という言葉に、ほんのちょっとだけままならなさを感じた。
いつも、どれほど人と親しくしようとしても、つい人ごとに感じてしまう、誰かの事情に真剣になることができない。
ヨゼフィーネは決して愚かではない、この『つい人ごとに感じてしまう』性質が自分の近寄りがたさとか、交友関係に影響を与えていることにはとっくのとうに気が付いている。
それでも、この性質はもはや変えることができないほど、自分にとっては根源的なものだということも理解している。
もともとこういうことであまり思い悩む部類ではないが、自分の今までのやり方を全肯定し、内省なんてしない。というのも、またヨゼフィーネとしては考えられない思考だ。
(警戒されてるのかなあ、仕方ないっちゃ仕方ないかもだけどさ……。まあ、信じてあげないと)
一方会議を行うために割り当てられた部屋では、先んじてレオンとヨアヒムが話をしていた。
ヨアヒムは本来、兵営にこもりがちなミハイルを引っ張り出すために送られていたのだが、会議室にその肝心のミハイルがいない。
「ミハイルはどうしたんだ?」
「それがですなー、あの爺さん、『僕にはわからないしそう言うのは若い人に任せる』っつって動こうとしないんですよ、俺も政治がわからんなりにここに来てるっつうのに」
「仕方ないだろ、言っちゃ悪いがどこも間違ってない。……ヨアヒム、一応ミハイルのほうにいてやってくれ」
「そうですなあ、ここはレオン様とフルージュ姉妹、ルイーズに任せますわ。あの爺さんを放置するのはなんというか、本能的に怖い」
ヨアヒムが出て言って少し後、入れ違いにヨゼフィーネとルイーズがやってくる。
「あれ、あの二人はどこにいるのですか?」
「ミハイルが動かないんでヨアヒムをそっちにつけたところだよ」
「うわ、大変ですね、総大将って本当に……」
そう言ったあと、テーブルに広がっているレムレスの地図に気が付いたヨゼフィーネ。
「それより、そっちこそシャルロッテはどうした?」
「ええっと、それに関しては私から。ええと、まず、現状の整理から入らせていただきます」
ヨゼフィーネ、結論から話すことができないタイプの人間である。何事も順序立てながら、理論をこねくり回しながら語ることを好む。
この手の人間の説明は正確だが、たまにわかりにくいのが難点だ。
「まず、私たちはここ、ポート・ド・ルーブ含む南西部自由都市を実質的に領有しています。そして、ここから帝都へ向かうルートは二つ。一つはアルフス=ルーブ街道でアルフシア公領へ、そこを経由しラピス=アルフス街道で帝都ラピスに向かうルート。ですが……」
レムレスの主要な交通網は首都から伸びる五つの主街道だ。このうち一つはアルフシアとラピスを結ぶラピス=アルフス街道、通称南西街道である。
本来であれば、そのルートが使えたはずなのだが
「アルフス=ルーブ街道でがけ崩れが発生、アルフシア公領も動かず、寸断されたままと」
「せめて内情が伝われば良かったんだけど……、それに関してはお姉ちゃんが調査中、今報告をまとめているから、もうすこしかかるかもです」
「そもそも、庶民も貴族も使う道路を破壊するような輩がいるなんて……レオン様、私は……少し、このレムレスを不安に思っています。いいえ、本来はあってはならないことなのですが……」
「みなまで言わなくてもいいぜ、ルイーズ。しかし、これは本当になんとかしなきゃいけないな……。事態は俺が思っているよりはるかに深刻みたいだ」
アルフシア公は自由都市を守護する大貴族、それが音信不通ともあれば普通は大事件なのだが、このレムレスはそれ以上に混沌としている。
革命軍である彼らが中央の政局を知らないというのは仕方のない話ではあるが、それ以上に四方八方で騒動が起き、情報が混乱しているというのも、また大局の理解を妨げていた。
「帝都に向かうには遠回りせざるを得ないな。軍を動かせる道となると……海と山脈に沿ってヴィラ=ルーブ街道を北上、ヴィラグーナ経由で西街道の……ラピス=ヴィラ街道沿いに帝都に向かうしかないか」
「はい、それが私が説明するもう一つのルートです」
「ヴィラグーナですか……、あそこも、確かこの混乱に乗じて独立を表明していましたね」
そうまで言うと、ヨゼフィーネの声の調子が一変する。
「そうです、も、問題はヴィラグーナっ! ポート・ド・ルーブの商売敵! 帝都の連中の御用聞き商人どもの集まり! そもそも南西部諸都市はお互いの領分には敏感で、お互い干渉しすぎないようにだんご……こほん、その、商売分野を分けていたのに、あいつらは違うっ!」
普段からは想像できないような早口で、珍しいことに怒りを感じさせる口調でまくし立てた。
「あ、あいつらはっ! 帝都貴族の後ろ盾を得て、武力で、商売圏を侵害してきた! このあたりで恨んでない商人、役人なんかいません! いたとすれば、それは賄賂を受け取ったやつだということ!!」
レオン、ルイーズは少し驚いた顔になって、その驚いた顔を見合わせる
「……つまり、ヴィラグーナと構えるというなら、この占領地からの支援も取り付けやすい、ということか」
「あまり政治的都合を理念に介在させたくはありませんが、今は状況が状況です。レオン様、ルイーズはあなたの命に従います」
つくづくルイーズはよくできた軍人である。
「どちらにせよ、北に向かうべきだな。合理性とかそういうもの以前に、民の意見に乗って戦うべきだろうさ。……俺たちはただでさえよそ者が権力者の座にすわっているような状態なんだ、多少はいいところを見せないとな」
「兵にはいつ伝えますか?」
「今すぐじゃなくたっていい。だいたいの作戦が決まってからだ。あんまり伝えすぎても頭パンクするだけだろ」
「御意」
「大変だっ! アルフシアで何が起こったかがわかったぞ!」
ばたんと戸を開けて駆け込んできたのはシャルロッテ。ようやく報告の整理が終わったらしい。
「政変だ! アルフシア公爵は生死知れず! どこから来たかもわからん連中がユート帝国なる号を名乗ってレムレスに宣戦布告をした!」
シャルロッテの報告に、レオンは何かがつっかえる感触を覚えた。
「ユート、ユート……聞いたことが……あっ!」
「レオン様?」
「レムレスの地にいた先住民族の名前だよ! ……まさか、血を引く人間がいたってのか?」
「まさか!」
ルイーズは信じられないという顔をする。
「ユート族はこのレムレス帝国の建国をもって滅びたはずです! 生き残りだなんて……ありえない!」
「なら気の触れた僭称者かしら、お姉ちゃん、どう思う?」
「そっちの方がまだ幾分か現実的だな。国家の大乱ともあれば、胡乱な輩がわくのは世の常よ」
シャルロッテは心底不機嫌そうだった。無理もない。
計画を立てる上で不安定要素にしかならない、あまりに時代錯誤的な、シャルロッテならプリミティブと形容するであろう集団。まったくもって迷惑な話である。
「幸か不幸か……これで帝国政府への反乱者が、俺たちの他にも一人増えたことになる、か」
「不幸寄りの出来事だと私は思いますが。冷静に考えてみて『ユート帝国』なんて体制、レオン様を皇帝とするべく挙兵した我々が認められるはずもないでしょう」
「そうだけどさ、利用はできるかもよ。帝都の近くに賊がいる。なんて、放っておけるわけないじゃない。タイミングさえ合えば最高の捨て駒にできると思うな、あいつら」
ユート帝国に場の話題を持っていかれそうになり、レオンは流れを引き戻すべく口を開く。
「それは結構だが、こっちはまずヴィラグーナをどうにかしなきゃならない。無視して帝都に行って横っ腹ぶん殴られました。じゃ話にならん」
「帝都貴族も、ヴィラグーナの防衛に多くの戦力を割くわけにはいかないでしょうね。人の不幸を喜ぶなど、本来は良くないことなのですが……幸運、というのでしょう」
(お堅い奴だこと、こいつも取り入るのは無理そうだな。やれやれ、信じられるのは己のみ、か)
シャルロッテが前々から考えていた武官に取り入る計画はここに完全に頓挫した。そして、それを知る者もシャルロッテのみとなった。
「ヴィラグーナを攻めるのでしたら、アーブ公の支援は取り付けられないでしょうか?」
そう言って、ルイーズは地図上で大陸北西部、アーブ半島を指さした。
「アーブの月光商会は帝国きっての武器商組合、ポート・ド・ルーブもそうではありますが、それ以上にアーブとヴィラグーナは商売敵の関係です」
「妙に詳しいな?」
「お二方が戦後処理に当たっている間、私も独自に……元帝都貴族として、いくつか調査を行わさせていただきました。一部の帝都貴族は、西の海に面する都市で、自らの息のかかった……忠実な港町を欲しておりました。先の遠征と代替わりによって影響力が低下した隙をついて帝都貴族が介入し、アーブ公の封臣で本来領有していたゾーリンゲン伯から、実質的な権益を強奪したと」
ヨゼフィーネは手を口元にあててまで、驚いた様子で言った。
「うーわ、そりゃ恨まれるわ。腐ってるねえ、帝都貴族どもって」
「まったく、返す言葉もございません」
「こらこら、あんま虐めるんじゃない」
レオンは諭すように言った。そして、遠征地で会っていたヨアンナのことを思い出す。
「アーブの女公爵、ヨアンナ・アヴィズル。誰よりも早く火薬の優位性に目をつけた女……」
「我々と戦い方こそ異なりますが、レムレスにおいては有力な貴族の一人ですね」
撤兵の際に、最も無防備である輸送船を護衛したのは彼女の船団だった。
新型の戦艦があると言っていた彼女は海からサーラーンの砦を砲撃。敵方を仰天させ大いに時間を稼いだのだ。
「そうだな、至急連絡を頼む。政治的交渉になるだろうから……シャルロッテ、ヨゼフィーネ、どちらかに頼みたい」
「私は……もう少しアルフシア公領について探ってみようと思います。あのユート帝国が何を望むのか、帝都に向かう以上は知らなければなりません」
「お、お姉ちゃん!?」
流れ的に拒否権がない、そのことをヨゼフィーネは感じ取りしぶしぶ受け入れる。
「う、うう、分かりました……。で、でもっ! 連絡役なんて、私、馬には乗れませんよ!?」
「とはいえ、だ、ちんたら街道を馬車で走りでもしたらまずとっ捕まるから無いだろうし……、船を使うか?」
「流石に危険でしょう。我らとアーブの間にヴィラグーナがいるのですよ? 大切な妹を海の藻屑にするわけには」
「お姉ちゃん、危なさなら陸もどっこいだと思うけどなあ……」
死にたくない。そうヨゼフィーネは強く思った。
姉の癖に妹の命をなんだと思っているのか、そう考えて、自分がさっと思いついたうち最も安全な計画をレオンに進言する。
「と、とりあえず、ヴィラグーナや帝都貴族の連中に見つからないよう、身分をうまいこと偽りながら北上しますっ。アーブには友人のあてがあるので、そこまでつながれば後は堂々と街道を行く馬車が使えますから、そちらの方はご心配なくっ」
「……その友人の名前は?」
「アーブ貴族のバーブラス伯パウエルです。没落こそしたけど、腐っても名門貴族。何とか接触して、手引きしてもらいます」
「ほう、俺は知らねえ名前だな。まあ細かいところは任せる」
「はいっ」
ヨゼフィーネは私室に戻り、いつもの上等な服ではなく旅行用の頑丈な服に、わざとぼろに見えるようにした外套を被って出発する。
(パウエル……元気してるかな? 前に会ったときは怪我してたし、さすがに南大陸遠征には行ってないと思うけど。あーあ、死んでないといいなあ。あんな奴でも死なれると困るし)
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