襲撃! ヴィラ=ルーブ街道の戦い

(……なんて報告しよう。護衛の傭兵に逃げられて、おまけに調査を命じられたはずの都市軍に喧嘩も売りました。なんてそのまま言えるわけないじゃない)


 ヨゼフィーネは憂鬱だった。


(あの傭兵、今度会ったらただじゃおかない。恨みを買うことの恐ろしさを思い知らせてあげないと)


 脳裏にはガットネーロの卑屈なくせに軽薄な表情が焼き付いていた。

 しかして職務放棄をするわけにもいかない。自分は政治に携わる人間であり、付随する責任から逃れる方法は現状存在しない。


 もしあればためらいなく行使する。ヨゼフィーネはそういう人間だ。


(……ま、正直に言う他ないか、レオン様の性格的に、嘘をつかれるのが一番嫌なはずだから)


 意を決して執務室の扉をノックする。自らの名前を告げ、中からの返答を確認してから扉を開けた。


「失礼します、件の報告を……あれ、お姉ちゃんは?」

「シャルロッテならアルフシア公領の調査に行った。……とヨアヒムが報告してたな。しかし、がけ崩れとは妙だが、まあ俺らに取っちゃ運が良い。後顧の憂いが勝手になくなるとは、どうやら神サマには祝福されてるようだぜ」


 ポート・ド・ルーブにまつわる書物に、やや崩した座りかたでレオンは目を通していた。脇に積まれた本にしおりらしきものが挟まっている。

 そのレオンの発言を聞いて、シャルロッテはほんの少しだけ姉に対する苦い気持ちを抱いた。


(なるほど、お姉ちゃん的にはそっちが本命ね。全く、人に仕事を押し付けることばっかり上手いんだから)


「んで、報告だな? どうだった、北部自由都市の連中は」

「結論から申しますと、そいつら……自由都市群の兵がヴィラ=ルーブ街道にいました。私が雇っていた傭兵はそこで行方不明となりましたが……」


 物は言いようである。


 ガットネーロのことは軽く流して、軍備のことだけ話すつもりだ。もちろん、自分の立場が悪くならないように。


「なに? 詳しく説明してくれ」

(しまった! 藪蛇!)

「ええ、と、調査の際に二人組の人間に襲われまして……私を庇って交戦した傭兵ガットネーロは行方不明。なんとか私だけは逃がしてくれましたが……そのとき、遅れてやってきた都市軍の兵士を確認しました」


 ガットネーロは慎重に言葉を選んでいった。当たり前である。政治家とはそういう生き物だ。


(あっ)


 ヨゼフィーネの頭に閃きが走る。

 あの賞金稼ぎどもに自分が襲撃されたことは事実。ならば、その襲撃は都市の指示だったことにしてしまえばいい。


 ヨゼフィーネは意図的に都合良く解釈した。その上で、こう言った。


「ええと、……恐らくは、私たちに対する刺客だったのでしょう」

「ふーむ」


 腕を組んで、天井を見上げつつレオンは考えをめぐらした。


「なるほど、そこに軍はいるんだな?」

「えっ、あっ、はい。目的は分かりませんが、確かに市章を見ました。複数種類だったので、恐らく協力体制が築かれているかと」


 その言葉を聞いて、ニヤッと口角を上げた。


「でかしたっ! なるほどさすがはヨゼフィーネ、その頭は飾りじゃねーよーだな」

「ああ、あの、どうするおつもりで?」

「仕掛ける。そこに軍隊がいるなら先制攻撃だ! 留守番は任せるぜ」


 立ち上がると執務室にかけてある鎧とマントを慣れた手つきでガチャガチャ着込んでいく。

 ぽかんとヨゼフィーネは呆気に取られた様子でそれを眺め、我に帰るころにはすっかり準備完了のレオンがいた。


 駆け出すレオン、ヨゼフィーネははっとしたように大声を出す。


「あっ、レオン様ー! 書状っ、先制攻撃するなら理由をお忘れなくーっ!」


 慌てて懐からいつも持ち歩いている紙を取り出すと、目の前のレオンの机を見る。


(仕方ないよね! 緊急事態、緊急事態!)


 無断でペンとインク、それから机を借り、さらりさらりと文章を作り上げていく。

 心の中ではしっかり申し訳ないとは思っていた。ヨゼフィーネ、意外とこう見えて権威には素直である。


(……よし! これなら多少は言い訳が立つ!)


 書き上がった書類、いや台本というべき代物を最後に見直すと、レオンを追ってとてとて駆けていく。

 ちなみにヨゼフィーネの足はレオンに比べはるかに遅かった。当たり前である。




 いっぽうレオンはというと、伝令を済ませたヨアヒムに会いに行っていた。


「ヨアヒームっ! 大至急だ、準備しろ、強襲だ! 兵営から動ける兵士かき集めろ!!」

「はっ!」


 ヨアヒムは何も聞き返さない。ただ、強襲という言葉のみで己の役割を理解する。


「てめーらぁっ! 出撃だぁっ! レオン様直々の命だ!」


 レオンはそのまま北、ヴィラ=ルーブ街道に向かうため兵士をどんどん集めていく。

 がけ崩れの情報は聞いていた、背後を突かれる心配はない。


 そう判断して、ありったけの戦力で一撃を入れるつもりでいたのだ。

 後から兵営に到着したレオンの下に、ヨアヒム麾下の騎兵隊はそれを迎え入れるように集結していた。


「よーし、先行偵察を行っておけ! 歩兵、および射手隊が揃ったら改めて攻撃だ!」

「了解っ! ……っしゃおらぁ! 騎兵の一番大事な仕事だおめーら! 気合い入れていくぞ!!」


 蹄の音が鳴り、ヨアヒムと偵察役として選ばれた少数の騎兵たちは先行して駆けて行った。

 引き続き歩兵を集めるレオンに声を掛ける者がいる。


「レオン様、その様子は……出撃ですねっ!? 敵は!」

「ルイーズ! 動けるか!」

「問題なく!」


 現れたのはレオン配下として遠征に帯同した司令官三人衆の最後の一人。

 アンゲルスシュタット伯爵ルイーズ・ダウロートである。


 帝都近くの土地であるアンゲルスシュタットの女伯爵ルイーズ。ガイ公爵の封臣として頭角を現し、帝都貴族としてそこそこ名の知られた存在だ。

 遠征の際にはガイ公爵の後詰役を担うも窮地に陥り、その際に雇われ指揮官だったレオンの技量を目の当たりにする。

 それ以来、命を救われた恩義などから臣従している形だ。

 やはり彼女もしばらく療養に専念していたが、つい先ほど、本当についさっきに「もう大丈夫だろう」との診断が下りたところだ。


「ヴィラ=ルーブ街道だ! こっちの使節が襲われた! 北の都市どもが下手人! 落とし前を付けに行く!」

「……了解! 文民に手を上げるとは見下げ果てた不届き者!! 成敗してくれるっ!」


 すうううっ、と、音が聞こえるほど大きく息を吸い込む。

 そして


「しょーーーしゅーーーー!!!」


 至近距離にいれば吹き飛ばされてしまいそうなほどの大爆音。これこそルイーズ最大の武器「肺活量」である。


 その傍らに、ふらふらと現れる人影があった。


「ミハイル隊、準備完了でございます」

「素晴らしいっ! こっちが先行する、後詰は任せる!」

「了解!」


「……うふふ、また敵が撃てる、嬉しいなあ、死の瞬間まで戦場にたつことができる」


 危なっかしいと言えば危なっかしく、しかし、いつもの調子でミハイルは、気が付くとそこに射手隊を連れて立っていた。


「いたぜいたぜ! 集団だ! しっかり槍と弓で武装してやがる!! 市章も確認した! ありゃ言い逃れできねえ!」

「でかしたっ!」


 ヨアヒムが戻ってきた。それともう一人。

 その後ろからおぼつかない足取りで、ようやくヨゼフィーネは追いついた。


「ぜ、ぜひ、レオン様、ふこく、の、書状を……」

「わざわざ用意してくれたのか!? ……ありがたく受け取っておこう。これを読み上げれば、俺たちの行為は正当なものになるんだな?」


 息を切らせてよたよたやってきたヨゼフィーネ、なんとか気力を振り絞って一枚の書状をレオンに手渡した。


(ぜ、全部が全部そういうわけじゃないんだけど……いけない、反論する体力と気力が)


 慣れない運動でヨゼフィーネはふらふら。それを見て軍人貴族ご一行は早合点する。


「よ、ヨゼフィーネ殿!? ……襲撃を受けて、体もボロボロだってのにこんなに仕事してくれて……うおおおおおおっ!! ここでやらなきゃ男が廃るっ!! レオン様、やったりましょう!!」

「私が離れている間に、こんなにも帝国が腐敗しているとは……、元帝都貴族でありながら気が付かなかったとは!! 不肖ルイーズ・ダウロート! 命に代えてでもこの革命を成功させるっ!!」

「……老いぼれの死に場所は見つかったようだね。レオン様、ご命令を」

「ああ!! いくぞっ!! 目標はヴィラ=ルーブ街道、会敵した場合は俺が宣戦布告する! いなけりゃ制圧して野営地を築き、攻城戦の準備だ!」


(ち、ちーがーうー!! そういう意味じゃないんだけどーっ!?)


 ヨゼフィーネは息切れで声が出せなかった。


「休んでろヨゼフィーネ! ここのベッド使っていいぞ。……さあ、全軍出撃っ!!」

「「「ははっ!!」」」


 ヨゼフィーネを置いてレオンに連なる軍勢が一斉に兵営から駆け出していく。

 置いて行かれたヨゼフィーネにできることは何もなかった。


「ヨゼフィーネ様、許可は出ています。一番上等な寝床でお休みください」

「う、うぷ……ありがと、肩、貸して」

「はっ」


 わずかに残った警備兵の一人に連れられて、ヨゼフィーネは兵営の中で一番良いベッドに体を沈ませた。


(……もう、しーらない)




 ポート・ド・ルーブより北、ヴィラ=ルーブ街道。

 この街道はヴィラグーナとポート・ド・ルーブをつなぐ、帝国に全部で15ある――学者によっては違う学説や認識も主張されてはいるが――帝国主街道の一つである。


 この街道沿いに中継地として点在する自由都市群のうち、ポート・ド・ルーブに動乱が起こったことを掴んだ諸都市はお互いに自警団を出し、合同軍として南へと向かっていた。

 その軍容は歩兵が中心。古典的ではあるが規律がある限り、その辺の野盗や賊では相手にならない。


 古来より、蛮族は規律ある軍隊によって打倒されてきた、レムレスの人間にとっては常識である。

 レムレス帝国はそうして生まれた国家だからだ。



「おめーらぁっ! うちの要人に手ぇ出しておいてタダで済むと思うなよっ!」


 さてさて、都市合同軍はやってきたスフォレッド革命軍と遭遇する。レオンが発したいきなりの喧嘩言葉に、慌てて陣形が組まれ始める。

 そこまで言ってレオンは預かった書面のことを思い出す。正直なところ、もう手遅れではあるが。


「……あっ、えー、ごほん、貴殿らが傭兵を雇い入れ、此方の使節に危害を加えたことは明白だっ! 今すぐ詫び入れて……じゃねぇ、ポート・ド・ルーブの監査を受け入れろっ!!」

「な、何を言ってるんだコイツは!?」


 当たり前の反応である。彼にそういう交渉的機知を期待してはいけない。


「……交渉は決裂!! ヨアヒーム!」

「おうよ、突撃!!」


 レオンの号令でいきなりヨアヒムの騎兵隊が突っ込んでいく。ほとんど奇襲だ。

 もしこの場にフルージュ姉妹のどちらかでもいたならば、卒倒しそうな狼藉である。


「こ、後退! 陣は崩すなっ!!」


 なんとか槍兵によって陣形の構築は間に合い、裏では射手隊が曲射の準備を進めていた。


「よっし、突っ込むな! 槍投げたら馬を痛めねえように旋回!」


 ヨアヒムの騎兵隊はまばらに投槍を放った。

 帝都などのお高くとまった上級貴族は嫌っているが、実用性のほうを優先する下級貴族にとって、馬上投槍はごくごく一般的な接敵の際のけん制である。


 左右に分かれてUターンし後退する騎兵隊、その様子を逃さず都市合同軍はじりじり押し上げようとする。

 しかし、そこに突っ込んでくる連中がいた。


「全軍、ぜ「うおおおおおおおおおおっ!!!!」」

 号令をかき消す大咆哮が響く。声の主はルイーズ。耳を抑えたり、ショックで倒れる者もいた。


「崩れたっ! ……すうううううーっ……とーつげーき!!! うがあああああっ!!!!」


 大声は武器である。音の衝撃を盾や鎧で防ぐことはできないし、指揮にも影響する。

 崩れた戦列にルイーズの歩兵隊が突撃。戦線はもはや大混乱に陥った。


「あーっはっはっは! ルイーズの突撃はいつ見ても気持ちがいいなあっ!!」


 レオンも総大将だというのに両手剣を振り回し走っていく。勢いをつけてブンブンと剣を振り回し、嵐のように追撃が行われる。


「俺たちも負けるかあっ! 騎兵が歩兵に突撃で負けたとあっちゃ名折れよっ! 突撃!!」


 さらに後方から突っ込んでくるのは再突撃の準備が終わったヨアキムの騎兵隊。戦列が崩壊したため、崩れた歩兵をどんどん薙ぎ払っていった。


「んー、背を向けて逃げるだなんてなってないなあ、死んじゃったらどうすんのさ、まったく。……君たち、片づけといて、僕はより深く追撃に移るから」


 逃げる兵士をなおも追撃するのはミハイルの射手隊。そもそもミハイル愛用の改造クロスボウは、射手同士のスカーミッシュよりもこうした追撃戦や迎撃を得意としている。


 慣れた手つきで箱にクロスボウのボルトを詰め込み、ミハイルはやはりふらふらと戦場から外れ、街道脇の林に身を隠した。


 林の中で人が撃たれたという噂が瞬間的に広まるにつれ、誰も、林を伝って身を隠し帰還しようというものは現れなくなった。それはつまり、多くのものが捕虜になるという選択肢をとった、ということでもある。



「大勝利ぃっ!!」


 見るも無残な姿になったヴィラ=ルーブ街道で、3人は喜びを分かち合う。ミハイルはしばらく帰ってこなかった。


 大規模な戦いなら複数日はかかるだろうが、これは都市の自警団と反乱軍の衝突。言ってしまえば今のレムレスにとっては瑣末な小競り合いもいいところだった。

 規模はお互いに小さい軍同士ではあるが、しかし練度に歴然たる力の差があった場合、このように一日足らずで戦いが終わってしまうことはよくあるものだ。


「生きてるやつは捕まえろ、丁重に扱え? 俺たちは誇り高き革命軍だからな!」

「了解! お前たち! 我らが主君に、軍旗に泥を塗るような真似は絶対にするなよ!」

「レオン様は寛大なお方だっ!! それに、今の俺たちには優秀な政治家もいる!! いやー、こういう戦いは大歓迎ですなあっ!」


 一行は帰路につく、この後始末を誰が付けるかなんて、今は全く考えていなかった。




 さて

 レオンたちが帰ってくるまで、ヨゼフィーネは兵営のベッドで考えを巡らしていた。


(この状況……もしかしたら結果オーライ、かなあ。アルフシア公は介入できないっぽいし、アーブ、エブナードのほうが反乱の規模としては大きいだろうからこんなとこまで軍は動かせない。……レオン様、瞬間的に判断したのかなあ、軍人様なら、そういう知識が骨身にしみついてるだろうし)


 もそりと寝返りを打った。


(はーあ、うまいことお金をためて……そりゃ野心くらい私にもあるけどさ、のんびり悠々自適な生活がしたかった。そのはずなんだけどなあ。どうして革命なんかに乗っちゃったんだろ、あの人、やっぱ普通じゃないって。……うん、お姉ちゃんに任せるには不安だなあ)


 ヨゼフィーネは少しだけ自嘲気味に、こう思うのだった。



(猛獣の手綱を握る役。うまくやらなくちゃ)

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