機を熟させる方法
ポート・ド・ルーブの支配者がレオンに移って早四日。
急ごしらえではあるが、かつてのポート・ド・ルーブ市庁舎、および議事堂の模様替えはおおむね完了した。
商人の街にありがちな華美さはなくなり、軍人らしく簡素だが洗練とした未来の皇帝の居城として、まあまあ体裁の整ったものとなっていた。
「~♪」
そして、中心的な役割を果たしたのは当然この女、シャルロッテ・フルージュである。
今までの、商人や貴族、聖職者の有力者同士の会合を刷新し、君主の下の議会という形を作るために奔走したのだ。
「なぜ人は帝国に、貴族に税を納める? それは庇護があるからだ。自前で傭兵や大規模な自警団を組織するより、税を納めて貴族お抱えの騎士団を使う方がはるかに安上がりだからな。貴族としても、せっかくの金づるを手放したくはない。だからここに相互関係が成り立つ……しかし!」
常人なら手続きと慣例の山という存在は見るだけでも気分が悪くなるようなものだが、彼女は違う。
シャルロッテにとって書類は武器であり防具である。いわば、役所は権威ある羊皮紙で作り上げられた牙城なのだ。
「今の帝国を見るがいい! 遠征の失敗、相次ぐ反乱! もはや我々を守る軍はどこにもないではないかっ!? 東側ではエブナードが挙兵した、北ではアーブ公も準備を進めている! 帝国貴族どもに税を納めるなど損をするだけだっ!!」
シャルロッテは税制の改定をちらつかせて、既存の有力者に斬り込むことにした。
彼女は(自分より能力が劣ると考えた)他人を風に揺蕩う凧とほぼ同義に見なしていた。利益と恐怖で釣ってやれば組織はどうにでもできる、そう思っていた。
「いいか、私とて無計画に反乱に手を貸すわけではない。レオン様は……この腐った国を変えられる、そう思ったから私は立ち上がったのだ。貴君らにはぜひ一度考えてみてほしい。その金の使い道を、な。」
力を持ったものが、こちらに利益を提示してくる。首を横に触れるものなどいなかった。
「商人、職人、聖職者、学者に芸術家、軍人だろうが……いずれも、どんな優越をも認めぬ。全て、未来の皇帝であり執政官たるレオン・スフォレッドの下に平等である。この体制こそ、理想であると考える。あらゆる慣習的不利益は排除しよう。何なら我々が手を貸そうではないか」
意外かもしれないが、彼女は平等の重要性をよく理解していた。しかし、純粋な平等など不可能というのもまた事実。
人間には力や頭脳、その他もろもろの個人差がある。そこに平等などと言ったところで絵に描いた餅に過ぎない。
ゆえに、シャルロッテは「強大な一つの組織に権力を集中させ、それ以外はみな平等」という体制を理想としている。
もちろん自分は権力を持つ側だ。
そういうわけでポート・ド・ルーブ議会は、執政官レオンの下の平等。という形になったのであった。
さてさて、執務室に向けてルンルン気分で歩いているはそのシャルロッテ本人。感情を表に出さないように心掛けている彼女だが、思わず笑みがこぼれる。
(……くっくっく、はーっはっは! やってやったぞ私はっ! 見たか、我らを港の管理組合宿舎の管理人などに冷遇した愚か者どもめ! このシャルロッテ・フルージュはいま! ポート・ド・ルーブの実権を握ったといっても過言ではない!)
過言だ。
「お姉ちゃんご機嫌だね」
「……おや、そこにいたか」
ひょっこり現れたのはヨゼフィーネ。
彼女もまた、このポート・ド・ルーブの革命政府の立ち上げに大きな役割を果たしていた。
「本日はレオン様配下の指揮官の一人が療養を終えて帰参する予定になっている。挨拶にいくぞ」
「軍人さんだよねー……、苦手だなぁ」
「苦手だろうが何だろうが礼を失するわけにはいかない。……もしかすると、我らの力になるかもしれないんだからな」
二人は革命当日のレオンの暴れっぷりを思い出していた。暴れてるその場にいたわけでは無いが、複数人をあっという間に叩きのめして自分たちに追いついたことからも脅威は明白だ。
「レオン様、滅茶苦茶強いもんねえ」
「主君はダメでも配下であれば我らの意見を通す余地が生まれるかもしれない。そういうことだ」
「全員揃ったら、何とか軍の統帥に関する法を作ろう。個人ではなく、議会で決めて動かせるように」
言いたい放題である。
「レオン様が無能だとは思わない。……むしろ優秀過ぎるくらい。でも、そのことが私たちの幸せとイコールになるかというと、それも違う」
「やはり軍を動かす権利は政治家が持つべきだ、王、軍の一存で動いていいはずがない!」
「いっつ・しびりあんこんとろーる!」
その考えはいかんせん早すぎると言わざるを得ない。
「よし行くぞっ!」
「おー」
さて、執務室の椅子に座るレオンの前には、堂々とした大男が一人。
「聞きましたぜっ! ここから、俺たちの! 英雄物語が始まるんですなあ!」
「おう、ヨアヒム、傷の具合はもういいのか?」
遠征に帯同していた騎兵長官、ヨアヒム・ミューロッソが帰参した。
レオンにしていわく、騎乗技術なら帝国一、直の殴り合いなら負ける気はしないが馬上槍試合なら自分が負けるだろう、とのことである。
豪気にしてさっぱりとした、騎士かくあるべし、という男である。
「俺はすぐにでも動けるつもりだったんですが、医者の言うことを無視するわけにもいきませんので、遅れちまいました! ……そして!」
「ひゃいっ!?」
ヨアヒムは隣で立っていたフルージュ姉妹の方を向いて歩み寄る。
「あなた方がレオン様が一国一城の主となる大舞台、その立役者、あいや、劇作家というわけですな! お名前は聞いておりますぞ! シャルロッテ殿! ヨゼフィーネ殿!」
「あ、あはは……」
「ど、どうも……」
生返事をする。こういう手合いは苦手なのだ。
(お、お姉ちゃん、コイツうるさいし、なんかもう、嫌)
(我慢だ、レオン様配下の騎兵長官ともあれば粗相をしでかすわけにはいかないからな……しかし、コイツ本当にうるさい!)
「俺は政治というもんがわかりませんでな! ゆえに、この政府のこともお二人とレオン様に任せようと思います! もし伝令などで騎兵が必要ならいつでも言ってください! では!」
言い残すと、室内だというのにヨアヒムはどたどた走って出ていった。
つくづく騒がしい男である。
「……レオン様」
「……あの者は、いつもああなのですか?」
「……そうだ」
やっぱり、と姉妹二人で肩を落とす。
「そういうわけで、あいつは馬に乗って戦場にいる間は最高の働きをするんだがなあ」
「はい、そんなことだろうとは思いました」
何も悪いことはしていないのに、何故か取り残されたような、そう言う空気が執務室には漂っていたのだった。
「それよりも!」
「現状の整理をせねばなりません。……ヨゼフィーネ、この帝国自由都市群の情報収集を頼めるか? 打って出るにしろ話し合うにしろ、相手方のことを知らないといけない」
「はーいお姉ちゃん、ここから近い都市ってーと……インスハーフェン、セーレンブルク、ドストンダムとかだね? まっかせといてー。それじゃ、レオン様、失礼します。吉報をお待ちくださいっ」
ヨゼフィーネはそう言って執務室を後にした。それを見送って、ふー、とシャルロッテは息を吐く。
この二人、姉妹だというのにお互いを心の底から信用しているわけではないのだ。
要因はいくつかある、根本的な政治思想の違いとかそう言うことなのだが、この姉妹はお互いにその妥協点とか、そう言ったこともしたがらない。
「さてレオン様、重要なのは……このポート・ド・ルーブもそうでしたが、主要な指導者層と民間人の間には意識の乖離があるということです。そして、もともと南西都市は自治権を侵害されることに敏感でした」
こほん、と咳払いし、真剣な面持ちで切り出す。
「ゆえに、先の南大陸遠征での追加徴税で帝国そのものに対する不満はかなり溜まっており、またそれを受け入れた現指導者層に対しての不満もまた同様。というのが実情です」
「平たく言ってくれ。……俺たちにチャンスはあるんだな?」
「択一的に言えば、肯定します。ですが……」
レオンは椅子の背もたれに体重をかけた。ぎいっと小さく軋んだ音がした。
「なら政治的には任せる。つまるところ、民間人には被害を出さずに、都市の自衛軍を撃破して見せればいいんだろ?」
「ですから、そこが問題なんです。どうやって都市の防壁の外に軍を引きずり出すおつもりですか。そもそも、喧嘩を吹っ掛けるなら大義名分、もっと言ってしまえばカースス・ベリ、開戦事由というものがありましょう」
「そりゃ反乱への協力だろう。大義に従えってやつだ」
シャルロッテはカチンときたのか机を殴りつける。
「そりゃレオン様の都合でしょうが! いいですか! 我々はガタガタとはいえ国を相手取るんですよ! つまり! 都市一個ではなく! より多くの領地を手にし! 税制だろうが兵役だろうが多くの力を束ねる必要があるんです!」
「だからそれに大義がいるっつってんだろうが! 人間は日銭だけで動いたりしない。ならもっと平和な仕事なんて山ほどあるからな、だから魂に訴えかけねばならん。それこそ大義が必要なんだ!」
「それを人様に押し付けるつもりですか!? みんながみんな自分みたいな人間だと思わないでくださいよ!」
白熱する舌戦を、戸の外で聞く影があった。
議員拘束の際にヨゼフィーネが雇っていた女傭兵、ガットネーロ。
(あーあーあー、見てられませんよもう。……あのヨゼフィーネとかいう人、金払いは良かったんでもう少し長居してやろーかと思いましたが、あの姉の方と主君はねえ……、ま、ここいらが潮時ですかね)
皮肉っぽい笑みを浮かべながら、静かにその場を去るガットネーロ。
彼女は、大義とか思想というものが嫌いだった。
(あたしは戦争で金儲けがしたいんです。大義とか、思想っつうのは面倒くさくてかないませんね。……それに、戦うしか能のない傭兵にとっちゃあ、大事な大事な食い扶持なんですよ? そこに気持ちとか、仕事をなめてんのかって話ですよ)
心の中ではっきり侮蔑しながら、ふらりと邸宅を後にした。ちなみにフルージュ姉妹とは、あともう一週間契約の予定である。なんだかんだと金の力には逆らえず、ズルズルと延長契約を結んでしまったのだ。
意図せずにして、ガットネーロはこの帝国の混乱に足を踏みいれる羽目になるのだった。
いっぽう部屋の中はというと、シャルロッテが冷静さを取り戻していた。
「……申し訳ありません、私としたことが」
「いいんだ、むしろ安心したよ。あんたにもそういう感情があったんだな」
「はあ、痛み入ります……。しかしですね、少しでも敵意を和らげようとする努力はするべきですよ。いずれ……あなたは皇帝となるべきお人なんですから。その途上で不満を買っては元も子もありませ……ん?」
自然と口から出た、不満という単語に、シャルロッテは違和感を覚えた。
「……待てよ? 今の帝国に対する不満と一口に言っても、あくまで、一番不満を受け持ってるのは皇帝ではない。軍を持ってるくせに非協力的だったり、選帝侯という名目で国を右往左往させたりする貴族に対して、なんじゃないか? 私はそうやって説得したじゃないか、方便のつもりだったが……これは案外……そうだ、この前読んだ王政の論文にあったな。革命のゴールをそこに置くとなると、レオン様を皇帝として、……いけるっ!!」
そう語気を強めたシャルロッテの表情は、いつもの人を食ったようなものへと変わっていた。
「勝算があるって面だな?」
「ええまあ、実行に移すには少々準備が必要ですが、大義名分が思い付きましたよ。……ふふふ、レオン様のように大義だなんて言葉、私は使いません。より私らしい名文が思いつきました、名文がね」
凍てつくような沈黙だった。
「は?」
「ごっ! ゴホンゴホン!! うん! なんでもありません! それでは! 準備の方に取りかかろうと存じます!」
照れ隠しのように急いで部屋を後にするシャルロッテ。廊下に出ると、何かを感じ取って辺りを見回す。
(ん、誰かいた気配が……? ふん、まあ良い。そういう陰謀は妹の領分だからな。どうせ、またなにか企んでいたんだろうさ)
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