燦々たる蜂起

 夜が明ける。朝が来て漁船が何隻を港を発ち、昼が来て何隻か船が戻り、市場は賑わう。いつものポート・ド・ルーブだ

 しかし、大通りは例外。この日のポート・ド・ルーブは様子が違った。


「さあさあ道を開けろっ! ここにおられるはあの絶望的な撤退戦、ナティフの引き口を成功させたレオン・スフォレッド様とその麾下の軍勢である!」

「あ、ある!」


 フルージュ姉妹はずかずかと街道を進んでいく。後に続くはレオンと、その軽傷だった配下たち。

 群衆はどよめき、わさわさと道を開けるのだった。


「この国を憂うものよ、立ち上がれっ! 今ならこの偉大な革命を起こしたものとして偉人になれるであろうな!」

「革命政府を担う人員を絶賛募集中ー! 財政とか政務に明るければ貴族じゃなくてもうぇーるかーむ!」


 何を思ったのか、はたまた酔狂な夢を見たのか、この行進の人員は徐々に増えていた


(ずいぶん強引な手段をとるんだな。……しかし、ここは堂々としてよう。首魁に求められるのは威容だ)


 レオンは何も言わず、その後ろを黙ってついていく。

 しかし、何も知らない人間から見れば、その姿は凱旋を果たした将軍のように感じられた。


 実態はというと、散歩で飼い犬に引っ張られている飼い主、と例えるのが適切であろうが。

 港を抜け、議事堂に向かう大通りに差し掛かったところで、ふと思うところがありレオンはヨゼフィーネを呼び寄せた。


「……まさか、本当に喝采を浴びるとは」

「大衆なんてそんなもんですよレオン様。深く考えられる能力があるやつはそもそも大衆じゃありません。蹄がある鶏は鶏ですか? 否、それは怪物なのです」


 ヨゼフィーネはそう言ってけらけらとした笑みを浮かべる、レオンはなんだかとんでもない例え話をされたなと思った。


「なんだか、人間に失望しそうなんだが。いや、失望はしないぞ、大衆に失望した英雄は悪役だ」

「鶏に嘴があることを嘆く人間はいません。同様に、大衆が愚かであることを嘆く必要は無いのです!」


 ヨゼフィーネはやたらにたとえ話に鶏を使っていた。


「鶏、好きなのか?」

「好きですよ? 朝が来ればコケコッコーと鳴いて、卵も食えるし肉も食える、羽も布団に詰め込める。骨も煮込めばスープがおいしい。人にとって都合が良すぎる生き物ですが、それは養鶏家が長年にわたって飼いならしてきた成果なのです」


 しまった、とヨゼフィーネ。口元にはっと手を当てる。


「こほん、レオン様が大衆を愛さなくとも、大衆がレオン様を慕っていればそれでよいのです。大事なのは印象です、政治家どもはともかく、君主は民衆に支持されてなきゃいけません。でなければ暴君です」


 きょろきょろ辺りを見回した後、ヨゼフィーネの声は小さく、そして低くなった。


「お姉ちゃんの動きがうまくいっていれば、議会の動きは鈍いでしょう。その間に、私たちは無理くりにでも大衆を抱え込む。……ここに、意思の介在する余地なんてありません。……これは、もう動いてるんです。止める手段なんてない」


 少しの間があった。


「……そうか、俺は謀略とかそういうのには詳しくない。ええっと、良きに計らえ、というやつだ」

「ははーっ」


 ヨゼフィーネは再び先頭のシャルロッテと合流し、レオンの反応を報告する。


「……わかった。どうやら我々政治家や官僚にとっては、レオン様は良い皇帝陛下のようだ」

「半端に頭いいのが一番困るんだよね。口は挟むし、おしょ……こほん、誤魔化しや便宜は見逃してくれないし」


 姉妹二人でやれやれという反応をとる。


「しかし、思わぬ収穫かもな、貸した船代のちゃくふ……ではなくて、職務に対する当然の手当が吹っ飛んだときはどうなるかと思ったが」

「お姉ちゃん、だから議会に金を出させようって言ったんだよ。危うく大損するとこだったじゃん」


 つくづく危なっかしい会話である。


「……ともかく、なんにせよ革命政府の樹立が今の目標だ。そうなれば……まず、私は外務大臣になってやる」

「私は憲兵の組織がしたいな、お姉ちゃん」


 憲兵、という言葉を聞いて、シャルロッテは少し怪訝な顔をする。


「憲兵……? ああそうか、軍隊は軍事行動のみに専念させたいのか。貴族どもの力を削ぐには確かにそれが良いか……? そうだ、憲兵ならぬ傭兵だが、その傭兵ってのはどこだ? 」

「議事堂前で落ち合う予定。あんまりこういう政治的、軍事的な動きは好きじゃなさそうだった」

「好都合だな。知らんでいいこと、理解できないことを無理に理解しようとする必要はない。傭兵は傭兵だ、高貴な知的労働者たる我らとは身分が違う。貴族どもは貴族とそれ以外という風に世界をとらえたがるがな。なんにせよ、身の程を弁えているというのはいいことだ」


 そうこう話してるうちに、一行は議事堂の前までやってくる。

 路地裏でガラクタの詰まった木箱に腰かけていたガットネーロは、表通りの騒がしさに気が付いてひょっこり顔を出した。


「……なんじゃそりゃあっ!?」


 目の前の光景を見てガットネーロは一瞬で後悔する。

 それはどう見てもデモ、いや反乱。まるで自分は猿におだてられて囲炉裏の栗を拾いに行く猫だ。ガットネーロはそう思った。


(あ、ああ、あたしは反乱の片棒を担がされるんですか!? ……がーっ! こんなことなら我慢して聞いとくべきだった!)


 ―――


「は、反乱だとっ!?」

「はい、ガイ公爵の敗残兵とあの忌々しいフルージュ姉妹が結託したようです」

「船の代金を私費で出すと言った時には多少は見直したが……シャルロッテの奴め! 最初からこういう腹積もりだったか!」


 一方、この様子がポート・ド・ルーブ議会に伝わると、対応をめぐって緊急議会が開かれた。


 しかし


「忌々しいとはなんだ! シャルロッテ殿とヨゼフィーネ殿がいなければ、帝国政府の干渉は今よりずっと酷くなっていたであろうに!」

「貴様、買収されおったか! あのような汚職に堂々と加担する奴らに敬意を払う必要などあるものか!」

「……まあまあ、まずは使者を送りましょう。交渉こそ我々のテーブルではありませんか」


 とまあ議会は空転。対応は遅れに遅れた。


 そんな市庁舎を前に、フルージュ姉妹は顔を見合わせ、うん、と頷きあう。


「レオン様、ここは我々にお任せを」

「政治家の相手は政治家がやるべきなのですっ、あいつらは怪物みたいなもんだし」


 まるで自分たちは違うというような言い草だが、十分同じ穴の狢である。


「……いや、俺も行こう。戦場だろうが何だろうが、将が前線に、現場に行かずしてどうする」


 これはフルージュ姉妹にとって、あまり歓迎できない発言だった。

 ばりばり、びしゃんと、二人の心象に稲妻が落ちていく。


(どどど、どーすんのお姉ちゃん! あいつ思ったより現場主義だよ!)

(ちいっ! 私としたことが軍人気質を計算に入れ損ねるなど! ……らしくないな、不意の好機に舞い上がっているのか? この私が?)


 慌てて二人は取り繕うように進言した。


「レオン様、くれぐれも、相手は文民です、軍人ではありません! うっかり刃傷沙汰の一つでも起こせばどう思われるかわかりませんよ!?」

「議会のほうは私とお姉ちゃんが抑えます。レオン様には、警備兵とか、あいつらが雇っていたらそういう私兵の相手をお願いします……。ほんっとに、くれぐれも文民を傷つけないでください。お願いしますよ?」

「わかったわかった、十分に理解したから」


 群衆の先頭で作戦会議。もとい、予定の確認を行う三人。

 そしてフルージュ姉妹は集まってきた群衆に呼びかけるのだった。


「皆さんには、この場で待機していただきます。我々の支持者として、あくまで多数の支持のもと、平和的に権力の移管が行われた。ということを明確にする必要がありますので」

「ここにいるということが立派に役に立つのです! 大丈夫、危ないことはレオン様と私たちにお任せをっ!」


 雑多な反応から大体の了承を得たと判断すると、二人はまたも向き直る

 この騒ぎが伝わったのか、一行の前に警備兵が現れる。人数は8名ほど。根回しが効いたのか、動員が間に合ってないらしい。


「おいでなすったぜ。全員まとめてかかってきな、英雄レオン・スフォレッド様を見せてやるよ」


 その脇をフルージュ姉妹とガットネーロが、縫うように駆け抜けていく。


「さあて、と。おめーらは下がってな、このポート・ド・ルーブの市民たちに、俺の実力を見せるのも悪かねえ」


 そう言ってレオンはおつきの兵士を下げさせる。

 余裕の表れとも取れるし、ここで実力を見せれば統治が楽になるだろうと、そう感じたからだ。


「コイツっ! 舐めやがって!」

「違うね、これは自信の表れってやつだ。なんてったって俺はレオン・スフォレッド、南大陸帰りの英雄様さ」


 そう言ってすらりと鞘から剣を引き抜く。

 炎を思わせる波打った形状の両手剣、レオンはお気に入りのそれを、事も無げに振るって見せる。


 一目見ればわかる、この男が持つのは常人の膂力ではない。


「かかってきな! 立派に仕事を果たしたと思われるように、全力で相手しよう」


 ざあっと、あたりをどよめきが通っていく。


「それとも、こっちから行ったほうが良いか? ……そうさな、今の俺は侵略者だ。先に仕掛けたほうが見栄えもしよう」


 レオンは見得を切って戦闘態勢に移る。早い話が、一度やってみたかった、というやつだ。


 剣を両手で水平に構える。


 だん


 と勢いよく地面を蹴って突撃した。


 さながら剣と一体化した鉄塊が飛んでくるようなものだった。


 一撃で警備員の半分がまとめて吹っ飛ばされる。

 何とか避けた残りがレオンに打ちかかろうとするが


「ぬるいっ!」


 突進の勢いを流し、レオンはくるりと回転して両手剣で攻撃を打ち払う。

 そのまま振るった剣の切っ先をがちんと石畳の切れ目に引っ掛けて、杖のように器用に体を前に押し出す。

 体勢を崩したところに潜り込むと、一人を殴りつけ、さらに回し蹴りまでもう一人に打ち込む。


「覚えときな! 戦ってのは剣でやるんじゃあねえ、全身でやるんだよ!」


 足が戻った拍子にさらにもう一発、上段から斬りかかる。これで三人目。

 残るは一人、図らずも一騎打ちの形になった。


 ……が、レオンは剣の勢いに逆らわず頭上で一回転させ構えなおし、もう一度甲冑突撃、やはり衝撃で吹っ飛ばして決着した。


「他愛もない……、しかし、お前たちは立派に職務に当たっている。その姿勢には敬意を表そう」


 決まった。とレオンは思った。事実、背後からは大歓声が響く。多少なりとも、今の指導者層には不満が溜まっていたことの表れだ。

 するとレオン、急に言葉を吐き捨てて駆け出す。まさしく突然のことだった。


「立ち上がらないのなら命までは取らん! そこで伸びていろ!」


 直感的に嫌な予感を感じ取り、レオンは議会場に向かう。

 あの二人を見張らずに放っておいたら絶対にロクでもないことをするに決まっている。


 出会ってまだ日が浅いにも関わらず、レオンは十分にそのことを理解していた。


 ―――


 ばったーん


 乱雑に扉が開け放たれると、議場に闖入するはフルージュ姉妹と傭兵ガットネーロ


「これからこの町はレオン様のものです!」

「ここにいるはレオン様の敵だ、さあひっ捕らえろ! 払った金分は働いてもらうぞ!」


(ひ、人使いの荒い奴! あたしが雇われたのは妹さんの方なんですけど)


 シャルロッテが号令をかけると、錘付きのロープが飛んでいく。1本2本と次々に、その場にいた議員たちの体に巻き付いて自由を奪う


(へーん、間合いのカンさえ掴んでれば、錘を当てずにロープの所だけ巻き付かせるなんてラクショーなんですよ?)

 ガットネーロは静かに得意気だ。


 巻き付いたロープを引っ張り、手繰り寄せては端同士を手早く結び合わせていく。そして終わったところからフルージュ姉妹に引き渡した。


「な、約束が違う、私は言われたとおりに!」

「ふはは、もう少し人を疑うということを覚えるんだな、間抜けめ!」


 追いついたレオンはこの様を目の当たりにして、少し苦い顔を浮かべた。

 謀略とはそういうものなのだろうが、やはりどうにも好きになれない、と。


「ああ、やっぱり……。いや、分かってはいたが……」

「れ、レオン様? もう片付いたのですか!?」

「え、5人ぐらいいましたよね!?」


 フルージュ姉妹はぎょっとした表情で振り返る。


(も、も、も、もう終わったのか!? こいつ、体よく担ぎ上げるつもりだったが予想外にヤバいぞ!?)

(いやいやいや、強すぎるよこの人!? これじゃ好き放題やれないじゃん!?)


 フルージュ姉妹は血の気が引いていく感触を覚えた。目の前にいる人間の強さを知れば、場慣れしていない人間は誰だってそうなる。


「もうちっと骨のあるやつがいれば良かったんだがな。ま、たいしたことは無かったよ」


(ちょちょちょ、まるで楽勝だったって風だよお姉ちゃん!? 何なのこの人!? というかホントに人なの!?)

(これじゃあイザってときに黙らせられないじゃあないかっ!? もしかして、我々は首根っこ掴まれたに等しい状態に、自らを追い込んでしまったとでもいうのか!?)


 残念ながら、そういうことだ。


「お、おい、シャルロッテ、議会を止めれば革命後も……!」

「おおっと!」


 言うが早いか、シャルロッテの拳が口を挟んだ議員の顔面に叩き込まれる。

 これにはたまらずレオンも思わず横やりを入れた。


「おい、そいつ今……」

「いやあ! 危ないところでしたね! こいつらは我々フルージュ姉妹が責任をもって処分します! さあ歩け!」


 フルージュ姉妹と取り押さえられた議員は議事堂をどさどさと慌ただしく出ていった。

 残ったのはレオン一人、そして、ふとあの言葉を思い出してぼそりと呟くのだった。


「鶏、か……。俺はそうは思わない。やり方が違ったとしても、身分が違ったとしても、志を同じくするならば即ち仲間だ。決して、鶏なんかじゃないぜ、ヨゼフィーネ」

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