2章 3話 憂いの兵士

サナの化粧品の最初のお客様、マノンへ口紅を届けてから、ユリウスは口紅を量産していた。

沢山の人に試して貰うと同時に、資金集めにもなるからと化粧品の開発と同時に販売もしようというユリウスのアイデアだった。


勿論、この国は着飾る事を良しとしないので、こっそりではあるが、抑圧された人々の好奇心を刺激するには十分だったようで

地味な色味の口紅の売れ行きは好評だ。



そんなある日、研究所に1人の男性が訪ねて来た。



兵士の恰好をした40代くらいの男性だ。

「あのぉ〜こちらにご相談したいことがありまして…」

何とも気弱そうな兵士だが、階級を表す腕章を見る限り、隊を率いるかなり階級が高い人物だと分かる

「とりあえずお入りください」


「私はこの国の近衛兵を率いる隊長をしているカルロスと申します。

最近貴方達の事は部下の間でも噂になっていて、なんでも「メイク」で顔の印象を変えられると聞いたんですが、本当ですか?」

「えぇ柔らかくしたり、クールにしたりなど出来ますけど、印象を変えたいんですか?」

サナの問いに、カルロスは自分の身の上に起きる不幸を語り始めた

「私は今、隊長を任されて居ます。ですが……その手前味噌になりますが、技量的には団長を任されてもおかしくないのです、でも隊長止まりで…

同期達はどんどん出世していくのですが、自分だけは変わらなくて…

理由を聞くと、どうにもこの人相にあるそうなのです」

「人相…ですか?」

ユリウスが不思議そうに聞き返す。


「やはり隊を仕切る物は威厳が必要なのですが、私の顔はどうにも迫力が無くて、部下をいくら注意しても舐められて聞き入れない程なのです。

なので、メイクで人相を変えられるのであれば、威厳のある顔にして貰えるのではと思ったんです」

「そうですか…ご要件は分かりました…」

サナは、そう言ってカルロスの顔をじっと見たまま固まってしまった。


カルロスが居心地悪そうにする程たっぷりと観察した後やっと口を開いた。

「やはり印象を大きく変えるのは眉ですね。

威厳がないと仰って居ましたが、眉が下がっていて困っている様に見えるのが1番の原因だと思います」

「それは、変えられるんですか?」と恐る恐る尋ねたカルロスに、本当に何でもない事かのように

「はい。もちろんです」

とあっさり返答すると、ユリウスに作らせていたアイブロウを取り出した。

「それはなんですか?鉛筆?」

「眉毛を書く道具です。鉛筆より柔らかくて粉っぽい感じですかね。

眉は顔のパーツの中でも、特に感情を表すので、形は整っているだけじゃなくその人の顔立ちに合っているかどうかも重要なんです。まず理想の形を書いてから邪魔な部分を剃っていきます」

そういって手際よく眉毛を描くと、男性にもう一度訊ねた。


「眉を剃ってしまうと、毎日書いてもらわなければいけないですし、綺麗に書く練習もしてもらわなければなりません。大変で面倒ですがその覚悟はありますか?」と訊ねた

カルロスは少し悩んだが

「理想に近付くのにリスクを伴わない訳がないですよね。わかりました。練習を頑張ります」

と答えた。


そして、綺麗に眉を仕上げ、鏡を覗く。


下がって見える部分を切り落とし、適度な角度を付けて描かれた眉は、綺麗に左右対称で

威厳があり目の力強さを強調したように思える。

「凄い!本当にこんなに顔が変わるんですね!」とカルロスは興奮を隠し切れない様子で鏡をまじまじと見続ける。


それからカルロスの、メイク練習の日々が始まった。

「あ、ダメです力入れ過ぎ!」「あまりペンを寝かせ過ぎないで」「もっと手首を柔らかく持って下さい」

そんなサナのダメ出しにもめげず

カルロスは上手に書けるようになるまで仕事の合間を縫って通い続けた。


そして、1週間ほど経つ頃には大分上達して来た。


「もうこれで私が居なくても大丈夫そうですね」

「ありがとうございます」

「大変そうでしたね」

とユリウスが労いの言葉をかけると、カルロスは意外なほど笑顔になり

「難しかったですけど、その分上手に出来た時は嬉しい。そして上手くできれば、嬉しい以上に得る物がある。メイクとは楽しいものなんですね」

と意外な感想を口にした。


その言葉を聞いてサナは

「そう……そうなんですよ!!分かってくれて嬉しいです!メイクって楽しいですよね!」

と飛び上がる程喜んでいる。

そしてカルロスの手を強く握りながら

「楽しんで貰えて、うれしいです」

と真っ直ぐ目を見据えながら伝えた。


それから、カルロスの隊は劇的に武力を上げ、兵団の中でもトップクラスの隊になれたそうだ。

昇格の話も出ているらしく、彼の願いが叶うのも、もう少しだろう。

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