1章 3話 蜂と羊と馬3

城に着くと、馬車を引いていた男に案内され

広間に通された。



広い割に何も装飾品が置かれていなく

カーテンを締め切られ光量の弱い照明だけが照らす室内は牢獄様な雰囲気だった。


サナが入って行った時には15人程が先に居たが

サナと同じ様に行者に連れられた人々がどんどん入って来て、最終的には30人程になった。

年齢も性別もバラバラで、近付くでもなく、離れるでもない微妙な距離感で広過ぎる部屋に散っている。


誰も口を聞くこともなく押し黙ったまま、重たい時間だけが過ぎて行く。

もしかするとこのまま、何もなく解放されるのでは無いかと淡い期待を抱き始める程の時間が経過した時、扉がのっそりと開いた。


現れたのは、この部屋に良く似合う雰囲気を纏った、漆黒のドレスを来た女性だ。

誰も見た事がないのだから確証はないが

恐らく王女なのだろう。


黒いヴェールで顔を隠し、背を丸めながらスルリスルリとした足取りで部屋の中央まで歩みを進めた。

まだ10代と聞いているのに、動きだけならまるで痩せこけた老婆の様だ。


「そこの女、それとその柱の影の女、そしてお前…前に出ろ」

妙に幼さの残る声で次々と集められた人々の中から指名していく。最初に呼ばれたのが部屋の中央付近に居た若い女性はキョロキョロとあたりを見回しながら前に出る。

2番目に呼ばれたサナの斜め前に居た肩にショールを掛けた小柄な中年の女性はそのまま倒れそうな程緊張しているようだ。足が悪いのか片足を引きずっている。

最後に呼ばれた細身の男性は平然としている様に見えたが、手が酷く震えている。


怯えながら前に出た3人に告げられたのは、無慈悲極まりない言葉だった。

「今からお前達の中の誰か1人を処刑する。

逃げようとすればその場で即処刑する。

選ばれたくなければ命乞いをしろ」


小柄な中年女性は小さな悲鳴を上げその場にしゃがみ込み、若い女性は泣き出した、細身の男性は頭を押さえたまま柱に倒れかかり

誰一人喋り出す気配がない。


「命は惜しくないのか。そうか。ならば3人とも処刑にしよう」

そうヴェールで隠されていても分かるようなニヤニヤ顔で王女が告げた。

そんな理不尽な!と集められた全員が抗議の為に1歩王女に近付いた時、しゃがみこんで居た中年女性はショックの余りに王女のドレスに縋り付いた。


すると王女はバランスを崩しよろめき、その弾みでヴェールが外れ、顔が露わになったのだが

その場に居た誰もが、時を止めたように言葉を失った。




__王女の顔には半分以上を覆うような、黒い痣が浮かび上がっていた。




ワンテンポ遅れて護衛の兵士が中年女性をドレスから引き離したが、女性は驚きで腰を抜かした様で、抵抗していないのにモゾモゾと苦労している。

足元でまごつく兵士に蹴りを入れると、王女はヴェールを乱雑に付け直し


「この者達を全員投獄せよ!!!!」と叫び

入って来た時とは別人の様に素早い動きで部屋を後にした。




サナ達処刑候補者は、王女の命令通り地下の牢獄に入れられた。

冷たい石で囲まれた牢獄は、1人1部屋だが十分に身体も動かせない程狭い。


「本当にごめんなさい…」と左隣の牢獄の先程の中年女性が啜り泣く

「あの状況では仕方ないですよ」とサナ声を掛けると、続いて他の牢獄からも「貴方が悪い訳じゃないわ」「これから殺されると言われれば誰だって取り乱しますよ」と慰めの言葉が掛けられる。


確かに彼女せいではないが

「しかし困った事になったな(わ)…」

と右隣の牢からサナと全く同じタイミングで同言葉が聞こえて来た。

驚きのあまり柵があるのに身を乗り出してしまう。


「そうですよね…」

と右隣の牢獄に声をかける。


「……今までの処刑対象達とは全く違うのは確実だろうな」

少し間があり、落ち着いた声が返ってくる。

サナはそのまま右隣の人へ話しかけ続けた。


「あの、ここにいる人達は「国益にならない」から連れて来られたんですよね?」

「まぁそうだろう」

「でも私にはどうもそうとは思えないんです。

あの、左隣の女性…」

「ステラよ」

「ステラさんは、肩に掛けているショールは手作りですよね?ご自分で?」

「えぇそうよ」

「ならばとても裁縫がお上手です。国の何の役にも立たない人材とは思えません。だとしたら、他の皆さんも特技を持ち寄りアピールすれば、少なくとも処刑は間逃れる事が出来るかも知れませんよ!皆さん得意な事は無いんですか?」

サナの問いかけに口々に答え出す

「そうだな…俺はずっと大工だったから大工仕事は大抵出来る」

「私は絵を描くのが趣味なんですけど…」

「私は実家が牧場だから動物の飼育が出来ます」

などと牢の柵越しに次々と特技を出し合った。



「後は左隣の貴方ですね。何か特技はありますか?」

「そう言う君は何かあるのか?」

言われてみれば、サナが1番国益になる特技など持ち合わせて居なかった。

「えっと……正直思いつきません。参考までに貴方は?」

「……虫に詳しい」

「虫…ですか?」

「俺は元々国に雇われている科学者だったんだが、虫の研究にのめり込んだ結果クビになったんだ。国益にならないと言われてしまえばそれまでだ」

「科学者…ですか…」



そんな事を話していた時、突然入り口のドアが開き、メイドが数名食事を運んで来た。



サナの牢獄の前にも金属のプレートに置かれた食事が運ばれて来た。

食事の内容がまともかどうかのチェックに夢中になっていた時に、突然頭上から息を吞むような小さな悲鳴が聞こえ驚き顔を上げた。

「……サナなの?」

「貴方は……カタリナ?」

「そう!カタリナよ!小さい頃貴方の近所の家に住んでいたカタリナよ!」

一瞬抱き合う程の感動の再会の雰囲気になったが、お互いの間にある頑丈な柵の存在に気が付くと、2人とも現実に引き戻された。

「じゃあ王女のヴェールを取ってしまったというのは、サナ達だったのね…」

「そうなの。ねぇやっぱり王女は顔を見られるのを嫌がっているのね?」

「そうよ。特定の使用人以外の前では絶対ヴェールを外さないし、その使用人ももうずっと固定なの。その役職に着いた人は…城の外に出る事は許されないわ…」

「じゃあ、私達も…」

と、話を聞いていたステラが思わず口を挟んだが、声色からも絶望が滲み出ている。


「私が候補に選ばれた時は、実際に処刑に選ばれた人は居なかったし、今までも処刑に選ばれる人は多くても2人程度なのに……全員牢獄に入れられるのなんて前例が無さ過ぎて、どうすればいいのか分からないの……」

そう言いながらカタリナはいまにも泣き出しそうだ。

サナは幼い頃の様に、カタリナが悲しんでいるならどんな時も励ましてあげたかったが

今は彼女悲しませている原因が自分の置かれた状況なので何も言葉が出なかった。

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