1章 2話 蜂と羊と馬2

マノンの家の前で、母親が洗濯物を取り込んでいた。


「ねぇねぇママ見て!」

マノンはそう言いながら母親の足に抱き付く。

しかし笑顔で見上げるマノンを見て、母親は僅かに顔をしかめた。

「ごめんなさいサナ…マノンの面倒を見てくれて凄く助かるのだけれど…マノンがせがんでもお化粧はさせないでもらって良いかしら?」

マノンの母親が化粧を良く思って居ないのは薄々気付いていたが、こんなにハッキリと言われるとは思わず少し驚いたが、理由は訊ねなくても分かって居た。

「分かりました」

無理に口角を上げながら答えると、不満を述べたのはマノンの方だった

「どうして?サナは私を可愛くしてくれたんだよ?どうしてお化粧はダメなの?」

「マノン…可愛くなる事が悪い訳じゃないの。でも今この国では可愛くなり過ぎて目立ってしまうと、お姫様に連れて行かれてママと一生に暮らせなくなってしまうかもしれないの」

それでも不満を色が強いマノンに、サナも諭すように続けた

「マノン……ママは貴方が心配なだけ。分かるでしょ?」

「うん」

「大丈夫よ。きっといつか、好きな時に好きな格好をして歩ける世界になるわ」

マノンの母親も、申し訳なさような複雑な表情だ。

「サナも気を付けてね?ここら辺は田舎だから連れて行かれた人は殆ど居ないけれど、何時どこで王室の人間に見られているか分からないから、そんな色の服で出掛けるのは程々にね…」

心配からの言葉なのは分かっているし、何も間違っては居ないけれど、着ている服の色すら気にしなければならないのが凄く悲しかった。



少し悲しい気持ちで家に帰ると、丁度父親が家から飛び出して来た。


どうしたの?と笑顔で声を掛けたが、父親の顔色を見ると只事ではないと一目で分かった。

「何?どうしたの?」

「た……た…大変だ……」

唇を震わせながらやっと出た言葉だったが、事態は何も分からない。

慌てて家に入ると、母親は血の気なんて一滴も感じさせない程、顔を蒼白させ椅子に倒れ込んでいる。


最初は母の不調かと思ったが、テーブルに置かれた王室のシーリングが施された封筒を見て

最悪の事態だという事は強制的に理解した。


___処刑対象に選考された事を告げる封書だった。


「私宛…なんでしょ?」

父と母はお互いを支え合う様に抱き合ったまま、応えはしなかった。

私は震える父と母の手の上に手を重ね

「大丈夫よ。全員が処刑される訳じゃないわ」と励ます事しか出来なかった。


この手紙が届いた人間は、指定された日時に王室へ出向かなければならない。

そこで何らかの審査が行われ、国益にならない人材と判断されれば即処刑。

国益になる見込みが多少あると判断されれば城に残留させられ労働を課せられる。

そこで十分な成果を上げられれば無事帰宅が許されるのだが、候補に選ばれ帰って来られた人は、今の所存在しない。


王室に呼び出された日の当日の朝は、母親はサナの好物を沢山作り、父は目に涙を浮かべながら送り出してくれた。

「必ず戻って来てくれよ」

「約束よ」

「えぇ勿論よ」

そう言って家族3人強く抱き合った。

震える両親の手を握りながら、こんなに悲しんでくれる両親の為に必ず帰らなければいけないとサナは強く誓った。


サナは普段より随分と地味な、くすんだねずみ色のワンピースを身にまとい、王室から来た人生で1度も乗った事な無いほど上等な馬車で田舎町から城のある国の中心部へ向かった。

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