美容オタクが転生したら、国を救ってしまうかもしれない。
夏目 夏実
1章 1話 蜂と羊と馬
「ねぇ…今日もまた1人選ばれたみたいよ」
「本当に?今月2人目じゃない」
「最近選ばれる人数がどんどん増えて行っているみたいなの」
「怖いわ……どうにか、心を鎮めて貰えないものかしら」
街角で、ヒソヒソと喋る女達は、周囲を気にしている。
今この国を納めて居るのは
年端もいかない王女だ。
5年前、王女の両親である先代の国王と王妃が
外交の為に出掛けた先で事故に逢い帰らぬ人となった。
当時まだ14歳だった王女には王位を継ぐ事は出来なかったので、形式上は国王の母である高齢の先代女王に王位は戻された。
だがそれはあくまでも形式上であり、この国の実権を握っているのは、1人遺された可哀想なお姫様だった。
しかし王女は国民の前に姿を表した事は1度もなく、国の実権を握ってからは
国の利益にならないと判断した国民を無作為に選び
見せしめに処刑する事が唯一の楽しみだった。
国民は皆恐怖しながら、選ばれないよう
目立たず地味に生活するようになり
着飾るどころか地味であればある程良いという
思考が蔓延っていた。
そんな国の田舎町のごく平凡な家庭に生まれた少女
サナは、平凡とは言い難かった。
照り付ける日差しの中、鍔の広い麦わら帽子を被りスカートにたっぷりのボリュームのある赤いワンピースを着ている。
地味であることが美徳とされるこの国では
かなり目立つ格好だ。
「あぁ…日焼け止め塗りたい……紫外線が1番皮膚を老化させるのに!」
そんな独り言をブツブツと言いながら
家の手伝いである買い出しをするのに
重そうなカゴのバッグを引きずりそうな姿勢で運んでいた。
この国には、王女が実権を握る前からメイク用品もスキンケア用品も存在しない。
勿論【日焼け止め】も存在する訳がない。
彼女は前世の記憶を持っているのだ。
日本という国でオシャレやメイクに憧れる幼少期を過ごした前世の彼女は
大人になり、化粧品を販売する仕事に就いた。
給料の大半を新作のメイク用品に使い
それをSNSでレビューする【美容オタク】が
彼女の前世の生き様だった。
そんな彼女は新作コスメを沢山買い込んだ帰り道
不幸な交通事故で命を落とした。
しかし買ったコスメを使えなかった事が
強烈な心残りになったのか彼女は転生出来た。
だが残念な事に彼女が転生したこの世界は
メイクどころか、庶民が着飾るという概念すら存在しない世界だったのである。
そしてこの5年間は更に質素に暮らすことを強要されている有様だ。
そんな世界でも彼女はめげず、ありとあらゆる植物をすり潰しては肌に塗り、保湿作用がある植物を突き止め
顔に施すのは洗顔しかない世界で【スキンケア】をして
メイク用品が一切存在しないなら木の実を潰して口紅を作り、綺麗な石をすり潰してアイシャドウを作ったりして自分なりのメイクを楽しんでいた。
サナは家の近くの森に来ては、化粧品の材料になりそうなものを探すのが日課だった。
今日も買い物カゴ片手に森の中に居る。
「あ〜どうせ転生するなら中世ヨーロッパとかで絢爛豪華に暮らしたかった〜!!!!あ、でもメイク用品はあってもラメとか無かったのかな?そもそもラメって何?アレは何がキラキラしていたの?私は何を顔に塗っていたの?」
前世の記憶の話を今の世界の人にする訳にもいかないので、一人で材料採集している時だけは好きな事を話せるので、自ずと独り言が多くなる。
「はぁ……こんな事ならもっと成分について勉強しておけば良かったー。
この世界って別に文明が発達してない訳じゃないのよね。電気もあるし、プラスチックもあるし樹脂とか作る技術はあるのよ。
本当オシャレの方面にその技術が発揮されなかっただけの世界って感じなのよね」
そんな独り言をブツブツと言いながら木の実を摘んでいると、背後からかすかに足音が聞こえた。
サナは振り返らずに
「マノンね?」と尋ねると
「あぁーもう何で気づいちゃうの」と少女が頬を膨らませて不満そうに木の陰から現れた。
近所に住む七歳の女の子のマノンは、たまに遊んであげる内にサナの「お化粧」に興味を持った少女だ。
「ねぇねぇサナ、私にもクチベニ塗ってくれる?」
「えぇ良いわよ!とびきり可愛くしてあげる!ここじゃ暗いから広場の方に行きましょ」
そう言って積んだ木の実をカゴに入れて、広場にある女神の噴水の前まで2人で小走りでやって来た。
指先で木の実を潰すと、赤い汁が出る。それをマノンの唇に塗ってあげた。
鏡を見た彼女は大喜びして飛び跳ねる。
「ねぇ見て可愛い?」
「えぇ凄く素敵よ」
そう言いながらサナは自分の唇にも付ける。
本物の口紅の様にはならないが、ティントリップの様に粘膜を染めて自然な色になる。
「私はピンクが好きなんだけど、ピンクになる木の実は無いの?」
「そうね…木の実だと赤か紫にしか出来ないのよ……色の主張が強過ぎて服を選ぶのよね」
「ねぇねぇこれママにも見せに行きたい!サナ来て!」
「ちょっと待って、引っ張らないで」
そう言いながら2人は赤く染めた唇を大きく開き、笑顔で広場を駆け出した。
その時、不気味な黒い馬が牽く黒塗り馬車が彼女達の横を通り過ぎた。
この時はまだこれが、彼女の運命どころか、この国を変える瞬間だとは誰も気付いていなかった。
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