極夜に降る光 <虹の国のメイシア 短編1>

メラニー

前編

「雪が降って来たか……、早い目に切り上げた方が良いかなぁ、」

 にび色の空を見上げた。

  

 チラチラと雪が降る。

 この土地は、冬が長く深い。

 オラの仕事は、トナカイの放牧だ。

 本当は男性がすることが多い仕事なのだが、オットォのいないオラの家ではオラの仕事になっている。オラも家で縫物をしたりするよりも、よっぽどこっちの方が向いているから問題はない。

 放牧は代々やっている家業だ。


 オラが生まれるずっと昔。ご先祖は広大な土地を、餌のハナゴケを求めて一年中大移動をしていたらしいのだが、ある時期からこの土地に村を築き、定住して小規模な放牧をしている。

 放牧は村の数件がグループになって、トナカイを連れて辺りを回って帰ってくる。

 もう子供のころからやっている日常。もう慣た暮らしだ。


 ────星が降る夕方。

 おかしな表現だが合っている。

 この土地は世界のずっと端に位置するそうだ。なので、今の時期は極夜きょくやと言って一日中が夜のように真っ暗なのだ。

 オラは特にこのイナリ湖での夜空が大好きだ。

 秋には地上に零れ落ちてこないのが不思議なほどの星とオーロラが湖面に映り、この世ものとは思えない景色に包まれる。

 残念なことに今はもう冬真っ只中。乾燥した土地なので豪雪ではないとはいえ、白い雪と氷に閉ざされてしまい、湖も大地と代わり映えしないのだが、ここ一帯に立ち込める神々しい雰囲気が、この場所をお気に入りにしていた。

 ここからもう少し歩くと家に着く。

 今の時間は、トナカイの今日最後の食事と言ったところだろうか。


「はぁ。」

 息を吐く。当たり前だが息が真っ白になる。よく飽きもしないで息は白くなるもんだ。

「何を考えているんだ? 」

 幼馴染のアルマスが声をかけてきた。


「ん?寒いなぁって思って。」

「あはは、何当たり前の事を言っているんだよ。冬は寒いもんだ。今日はクリスマスだぞ。」

「あぁ。そうだったね。」

 そうだ。今日はクリスマス。

 そうは言っても何か特別な事をお祝いをするほど、生活に余裕がある訳ではない。

 ただ、クリスマスは家族で過ごす。

 そうだった。家族で過ごすといえば、今日はクリスマスだからあんちゃんが、久しぶりに帰ってくるはずだ。

 そんな事をふと思った。


 出来るだけ心の中で遠ざけようとしていた事実が鮮明になって、目の前に突きつけられたような、そんな気分。

 言葉にすることの暴力とでもいえばいいのだろうか。…いや、それはちょっと言い過ぎか。兄ちゃんの事を悪く言うつもりはない。

「ストローは何かプレゼント用意したのか?」

「オラは……裁縫とか編み物とか苦手だからなぁ。毎年一緒。」

 オラの苦笑いに、アルマスが察してくれた。


「ククサか。そういえば、放牧の合間に作っていたもんな。まぁ、毎日使うものだしな。」

 ククサというのは、白樺の木のこぶをくりぬいて作るコップの事だ。

 寒いこの土地では、陶器や金属のコップだと飲むときに具合が悪い。少しの水分で肌が張り付いてしまうのだ。なので生活の必需品でもある。

 しかも木工ならお手の物なので、毎年その年に使うコップを作ってプレゼントしている。ささやかなプレゼント。


「そういうアルマスは、何か用意したの?」

「俺は別に……いつも通りだ、」

 だと思った。

 いつも通り、という事はプレゼントなんて用意していないという事だろう。

 アルマスはそういう気が利くタイプではないことは、幼馴染のオラが一番よく知っている。

 今までオラがもらったことがあるものと言えば、幼い頃にもらった、きれいな泥団子と食べられないキノコぐらいのものだ。

「ふぅん。さ、そろそろ、帰ろう。今日は、兄ちゃんが帰ってくるんだ。」

 オラは勢いよく立ち上がった。



  *** *** ***






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